037.解錠
「ケンちゃん、戸を外して、玄関の物、全部出そう。まずは動線の確保だ」
ツネ兄ちゃんに言われ、俺は倉庫に入った。ここも開けたらヘドロと化け物が流れ出た。
ゾクゾク鳥肌が立つ。
住んでて平気だったんだ。別状ない。別状ない。気にしたら負けだ。
俺は自分に言い聞かせ、ごちゃごちゃした棚を手探りした。何か小さい物が色々落ちたが、気にしない。
工具箱を探り当て、庭に戻る。
玄関の戸は、金属格子にすり硝子が嵌り、ネジ式の鍵が付いている。玄関にしゃがんで雑妖を手で払う。俺がやっても素通りするだけで、奴らは平気だった。
戸は上下に小さなレバーがあり、外から外されないようになっている。案の定、錆と埃で固まっていた。
俺は、マイナスドライバーを梃子にして、レバーを押し上げた。
ギチリ。
不吉な音が立つ。一瞬、折れるかと焦ったが、何とかこじ開けられた。上は埃が少なく、簡単に開いた。
外した戸は取敢えず、横向けにして倉庫に立て掛けた。
「箱か袋に入れて全て出し、必要な物だけ戻しましょう。クロエ、こちらのお二人に指示された物を運びなさい」
「はい、双羽隊長」
クロエさんが期待に満ちた目で、俺と真穂を見る。
俺は、戸がずり下がらないよう、工具箱を置いた。
真穂がぎこちない笑顔で言う。
「じゃ、じゃあ、クロエさん、ゴミ袋に靴とか入れて、取敢えずその辺に置いて下さい」
「クロエ、『靴とか』は玄関の床にあって、ゴミ袋に入る大きさの物全部。『その辺』って言うのは、今日の場合、僕がさっき描いた円の中だよ。真穂ちゃん、クロエは曖昧な指示がわからないから、具体的に言ってあげて」
「はい、ご主人様」
「は、はい、ゴメンナサイ」
ノリ兄ちゃんが、円の前に立って杖で示す。
俺は、クロエさんの頭がちょっと心配になった。
普通、わかるだろう。
「あ、ちょっと待って。ゴム手袋持ってきます」
真穂がヘドロや雑妖をものともせず、家の奥に消えた。
視えないって、幸せな事だったんだな。
俺は、さっき灰を入れたゴミ袋の残りをクロエさんに手渡した。
「手伝うよ」
ツネ兄ちゃんが差し出した手に、黒いゴミ袋を渡す。
視えてるのに手伝ってくれる。何てイイ人なんだろう。
三枝さんは玄関前で雑妖を斬りまくり、双羽さんは水を操って、外した戸を洗ってくれている。埃と煤と泥と黴が取れ、透明感を取り戻した。
すり硝子の向こうがうっすらシルエット状に見える。
真穂がコンビニ袋を抱えて戻ってきた。新品のマスクとゴム手袋を配る。
「僕と三枝さんの分はいいよ」
ノリ兄ちゃんは、直径が杖の長さくらいの円を描いて、その中に入った。三枝さんが外に控える。
真穂はツネ兄ちゃん、双羽さん、クロエさんに渡し、残りをキレイになった戸の傍に置いた。
「じゃ、みんな頑張ってね」
ノリ兄ちゃんが、ひらひら手を振る。
魔法使いとは言え、体が弱い人にこんな重労働、させられる訳がない。
つーか、この人、王族だよ。畏れ多くて頼めねーよ。ゴミ焼だけで充分過ぎる。