032.水流
水はガラクタを地上に残して、宙に舞い上がった。
三枝さんが剣を一振りした。
どこから出したのかわからない。
光が刃の形をして、金属の刀身は見えない。刃渡り一メートルはありそうな長剣だ。光そのものが刃なのは、魔法の剣だからなんだろうか。
三枝さんは何も言わず、剣を振りながらウチの敷地に足を踏み入れた。
ガラクタの山から広がっても、ヘドロは敷地の外には、漏れていない。見えない壁でもあるみたいに留まっていた。
三枝さんが剣を振るう度に、小さな妖魔が何十匹も消えてなくなった。
悲鳴も何もない。
光の刃が触れた瞬間、音もなく消える。
三枝さんはヘドロに構わず、剣を振りながらガラクタの周囲を回った。
草刈り鎌から逃れるバッタのように、雑妖がガラクタの山へ飛び移る。
三枝さんが農道に戻ると、双羽さんは水に指示を出し、家を流れさせた。
屋根から埃や野焼きの煤、落ち葉が洗い流され、水中を漂う。
水はガラクタの山に屋根の汚れを吐き出すと、壁を流れた。あっという間に濁って灰色に染まる。
雨戸を閉めたままでなければ、窓もキレイになっていたと思う。
双羽さんは庭に入り、水と一緒に母屋の裏に回る。
家を一周して来た水は、ドブみたいになっていた。ガラクタの山に汚れを吐き出すと、水は元通り透明になった。
倉庫と蔵も同様に丸洗い。
汚れを捨てて、蔵の脇で何かしてから、農道に戻ってきた。
「魔法……すっごぉい……」
真穂が瞳を輝かせて、原生生物のように動く水を見ている。
水は庭の地べたを這い、ヘドロをガラクタの山に盛るように渦を巻いた。
ノリ兄ちゃんと三枝さんが庭に入る。
ノリ兄ちゃんは、黒山羊の杖を地面に引きずり、呪文を唱えながら、ガラクタの周囲を歩いた。三枝さんが、ノリ兄ちゃんにちょっかい出そうとする雑妖を容赦なく斬り捨てる。
一周して円が閉じると、水はガラクタの上にヘドロを吐き出し、倉庫の上を漂った。
今度はヘドロが流れない。
ノリ兄ちゃんが引いた円の中に閉じ込められて、汚い円柱を形成していた。
「ケンちゃん、何しとるが?」
駐在さんの声に振り向く。
制服姿の駐在さんと、区長の九斗山長老、隣保長の大山さん、消防団長の大笹さんも一緒だった。
大事件な感じのメンツが揃ってる。魔法に夢中で、全く気付かなかった。