030.貸与
声も出ない俺達に、ノリ兄ちゃんが重ねて聞く。
答えられずにいると、ツネ兄ちゃんが鋭く言った。
「宗教、それはどんな術なんだ? 持続時間は? 副作用はないのか?」
「副作用? ないよ。効果は七日間。借りた眼は閉じられないけど」
「いや、それ、眼球乾くだろ」
「肉眼は貸さないから、閉じられるよ。僕がやると三界の眼で、寝ててもオバケとか穢れとか視えたままで……」
「怖くて寝らんないだろうが! お試しで一分だけとかないのか?」
「んー……手を繋いでる間だけって言うのもあるけど、それじゃ、お掃除できないよ?」
「こんなの一瞬視えれば充分だ!」
駄目なテレビショッピングみたいなノリだけど、大体の事はわかった。
「じゃあ、あの、手を繋いで視る方で、お願いします」
俺が手を出すと、ノリ兄ちゃんは、双羽さんと同じ雰囲気の言語で何か言った。
誰かに話し掛ける感じではない。詩やお経を詠じるような口調だ。
ノリ兄ちゃんは言い終えると、俺の手を握った。
「おうち視て」
言われて、顔を向ける。
俺は、吸い込んだ息が喉に詰まった。
さっきツネ兄ちゃんが言った通りの状態だ。
ヘドロのような物が、家の形に盛り上がっている。
庭はヘドロのプール。
その中を種種雑多な化け物が蠢いている。同じ形は一匹も居ない。
虫や動植物、人間の断片を継接ぎしたみたいな、よくわからないモノ達。
人っぽい形でも、異様に手が細長かったりして、一目で人外だとわかる。器物に虫や動物を足したみたいなのも居る。
「私も、視せてもらっていいですか?」
「視るな」
俺は吐き気を堪え、それだけ言った。
怖いのに目が離せない。
無意識に力が入ってしまったらしい。ノリ兄ちゃんが痛そうに「離して」と手を引いた。手が離れると、タダのゴミ屋敷に戻った。
「真穂はオバケとか苦手だろ。やめとけ」
「オバケが居るの?」
「ツネ兄ちゃんの言う通りだった」
真穂は気味悪そうに家を見て、一歩退いた。
俺は少し考えて、思い切って言った。
「俺に一週間、視力を貸して下さい」
「えッ?」
複数の声が重なった。
ノリ兄ちゃんは気にせず、コートの内ポケットからボールペンを出して、俺の右掌に複雑な模様を描いた。
くすぐったいが、動かさないように堪える。
「おい、宗教……」
「本人がいいって言ってるんだし、いいじゃないか」
「はい。あの、ちゃんと見届けたいんで」
俺が、ノリ兄ちゃんとツネ兄ちゃんを交互に見て言うと、ツネ兄ちゃんは溜め息を吐いて横を向いた。
ノリ兄ちゃんは俺の右手を握り、さっきと同じ響きの言葉で、違う事を言った。言い終えてすぐ、手を離す。
さっきのアレが視えた。