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汚屋敷の兄妹  作者: 髙津 央
第一章 真穂の十二月
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003.親戚

 分家の米治(よねじ)叔父さんは、すぐ来てくれた。

 玄関を開けて、元気いっぱい、奥に声を掛ける。

 「親爺ーッ! 兄貴ーッ! 酒貰ったから、お裾分けーッ!」


 玄関は、古い靴や泥だらけの長靴、底が取れたサンダルや破れたレインコート、折れた傘や破れた傘で三和土(たたき)が見えない。

 家族の人数の何十倍もの傘が、公民館用みたいな大きさの傘立てにギュウギュウ詰めになって、その上にも突き刺さって詰み上がっている。

 靴箱は、天井までの高さの大きいのが二つと、その半分の高さのがひとつ。

 三つとも、中身はギュウギュウに詰まってて、開けられない。

 小さい靴箱の上には、干からびた水槽と、何処かの土産物の提灯(ちょうちん)や置物、枯れた盆栽、枯れたサボテン、埃で黒い翡翠像(ひすいぞう)、郵便物や何やかやが、ごちゃごちゃ詰み上がっている。


 米治叔父さんは、ミニ酒樽を抱えて、集金の人もドン引きの場所に土足で上がった。

 「おぉ、米治、よく来たな。近所に住んどるに、顔も出さんで。養子にやっても血は繋がっとるんじゃて、いっつも言うとるが。ホレ、上がれ、上がれ、一緒に呑もう」

 お祖父ちゃんが、居間から顔を出して手招きした。

 米治叔父さんは「たった今、気付いた」みたいな顔で、お祖母ちゃんの前にしゃがんだ。

 「お袋、何しとるが?」

 「米治……転んでしもうて、立てんのよ……」

 米治叔父さんが、お祖母ちゃんの足を見る。

 左足が有り得ない部分で曲がっているのが、毛玉だらけのフリース越しにもわかった。


 叔父さんが、大袈裟に驚いて見せる。

 「あッ! 足が折れてるッ! 真穂ちゃん、これ、祖父ちゃんに渡して、俺は病院行く」

 「病院? 大袈裟な。そんなもん、唾付けときゃ治る。ほっとけ」

 お祖父ちゃんが、笑いながら言った。

 私はミニ酒樽を受け取って、米治叔父さんを見た。

 叔父さんは、お祖母ちゃんを抱きかかえて立ち上がった。

 「お袋、偶には俺にも親孝行させてくれよ。年寄りの骨折は寝たきりになりやすいらしい。病院行った方が早く治るし、俺が医者代出すから、注射が怖いなんて子供みたいな事言っとらんで、病院行こう」

 「米治や……」

 米治叔父さんは、お祖父ちゃんに聞かせる為に殊更(ことさら)、大声で言った。

 お祖母ちゃんにはそれ以上喋らせず、玄関に向かう。

 私は酒樽をお祖父ちゃんに渡して、色んな物を飛び越えて外に出た。

 お祖父ちゃんは何も言わず、コタツに戻った。


 外はもう真っ暗で、玄関灯に照らされた息が、白く曇って消える。

 前の農道には、叔父さんのワゴン車が停まっていた。

 真知子叔母さんが扉を開けて、叔父さんがお祖母ちゃんを後部座席に乗せている所だった。

 私は、通学靴を履いて、叔父さんが通った雪道を走った。

 「叔父さん、叔母さん、ありがとう。ゴメンね」

 「何言ってんの、真穂ちゃん。困った事があったら、いつでも呼んでね」

 「俺にとっても親なんだから、真穂ちゃんが気にする事なんて何もない」


 ここ、歌道山町風鳴地区(うどうやまちょうかぜなきちく)は、日之本帝国(ひのもとていこく)の典型的な農村地帯。

 一応、インターネットは繋がるし、ネット通販「密林」の配達も三日遅れくらいで届くけど、少子高齢化が進んだ過疎地だ。救急車は山ひとつ越えて来るから、片道一時間以上掛かる。

 そもそも、ここには病院がない。


 私が小さい頃、お祖母ちゃんは左手の小指を骨折した。

 その時も、お祖父ちゃんがさっきみたいに言って、自然治癒させたせいで、指の骨は曲がったままくっついた。お祖母ちゃんの左小指は、動かない「飾り」になってしまった。

 もし、足が飾りになったら、寝たきり一直線。

 こんな家じゃ介護できないけど、お祖父ちゃん達はきっと、「金の無駄だ」って、老人ホームにも入れてくれない。


 「ついでに、他にも悪いとこないか、診て貰うが。入院、長引くかも知れんげな」

 「真穂ちゃん、もう大きいから、お祖母ちゃん居なくても大丈夫ね?」

 「うん。私は大丈夫」

 「真穂ちゃん、すまないけど、ゆうちゃんのご飯、作ってやってくれんが?」

 元気いっぱい、大丈夫宣言した私に、お祖母ちゃんは申し訳なさそううに言った。

 「うん。いいよ。ゆうちゃん、アレルギーとか大丈夫だっけ?」

 「あぁ、大丈夫だよ。好き嫌いしないイイ子だから、何でも残さず食べてくれるが」


 アラフォーのニートは、何でも残さず食べるだけで「イイ子」扱いなんだ。


 ちょっとムカついたけど、顔には出さず、見送った。

 山端家の間取図-庭-初期段階

 挿絵(By みてみん)

 上図は、アリの巣の模式図ではなく、山端家の敷地概略図。

 現在は雪で埋もれているが、雪がなければこのザマ。

 人と車の通り道だけが、辛うじて通っている。

 この通路も、ガラクタが倒壊して埋まりがち。

 母屋の前の□―□は物干し台。

 車庫は二台分(軽トラと自家用車)が入る。

 増改築を繰り返したせいで、玄関が変な所(鬼門)にある。

 家の裏に井戸があった筈だが、ガラクタで埋まっている。

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【関連  「汚屋敷の跡取り
ゆうちゃん視点の話で「汚屋敷の兄妹」と全く同じシーンがあります。

▼用語などはシリーズ共通設定のページをご参照ください。
野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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