003.親戚
分家の米治叔父さんは、すぐ来てくれた。
玄関を開けて、元気いっぱい、奥に声を掛ける。
「親爺ーッ! 兄貴ーッ! 酒貰ったから、お裾分けーッ!」
玄関は、古い靴や泥だらけの長靴、底が取れたサンダルや破れたレインコート、折れた傘や破れた傘で三和土が見えない。
家族の人数の何十倍もの傘が、公民館用みたいな大きさの傘立てにギュウギュウ詰めになって、その上にも突き刺さって詰み上がっている。
靴箱は、天井までの高さの大きいのが二つと、その半分の高さのがひとつ。
三つとも、中身はギュウギュウに詰まってて、開けられない。
小さい靴箱の上には、干からびた水槽と、何処かの土産物の提灯や置物、枯れた盆栽、枯れたサボテン、埃で黒い翡翠像、郵便物や何やかやが、ごちゃごちゃ詰み上がっている。
米治叔父さんは、ミニ酒樽を抱えて、集金の人もドン引きの場所に土足で上がった。
「おぉ、米治、よく来たな。近所に住んどるに、顔も出さんで。養子にやっても血は繋がっとるんじゃて、いっつも言うとるが。ホレ、上がれ、上がれ、一緒に呑もう」
お祖父ちゃんが、居間から顔を出して手招きした。
米治叔父さんは「たった今、気付いた」みたいな顔で、お祖母ちゃんの前にしゃがんだ。
「お袋、何しとるが?」
「米治……転んでしもうて、立てんのよ……」
米治叔父さんが、お祖母ちゃんの足を見る。
左足が有り得ない部分で曲がっているのが、毛玉だらけのフリース越しにもわかった。
叔父さんが、大袈裟に驚いて見せる。
「あッ! 足が折れてるッ! 真穂ちゃん、これ、祖父ちゃんに渡して、俺は病院行く」
「病院? 大袈裟な。そんなもん、唾付けときゃ治る。ほっとけ」
お祖父ちゃんが、笑いながら言った。
私はミニ酒樽を受け取って、米治叔父さんを見た。
叔父さんは、お祖母ちゃんを抱きかかえて立ち上がった。
「お袋、偶には俺にも親孝行させてくれよ。年寄りの骨折は寝たきりになりやすいらしい。病院行った方が早く治るし、俺が医者代出すから、注射が怖いなんて子供みたいな事言っとらんで、病院行こう」
「米治や……」
米治叔父さんは、お祖父ちゃんに聞かせる為に殊更、大声で言った。
お祖母ちゃんにはそれ以上喋らせず、玄関に向かう。
私は酒樽をお祖父ちゃんに渡して、色んな物を飛び越えて外に出た。
お祖父ちゃんは何も言わず、コタツに戻った。
外はもう真っ暗で、玄関灯に照らされた息が、白く曇って消える。
前の農道には、叔父さんのワゴン車が停まっていた。
真知子叔母さんが扉を開けて、叔父さんがお祖母ちゃんを後部座席に乗せている所だった。
私は、通学靴を履いて、叔父さんが通った雪道を走った。
「叔父さん、叔母さん、ありがとう。ゴメンね」
「何言ってんの、真穂ちゃん。困った事があったら、いつでも呼んでね」
「俺にとっても親なんだから、真穂ちゃんが気にする事なんて何もない」
ここ、歌道山町風鳴地区は、日之本帝国の典型的な農村地帯。
一応、インターネットは繋がるし、ネット通販「密林」の配達も三日遅れくらいで届くけど、少子高齢化が進んだ過疎地だ。救急車は山ひとつ越えて来るから、片道一時間以上掛かる。
そもそも、ここには病院がない。
私が小さい頃、お祖母ちゃんは左手の小指を骨折した。
その時も、お祖父ちゃんがさっきみたいに言って、自然治癒させたせいで、指の骨は曲がったままくっついた。お祖母ちゃんの左小指は、動かない「飾り」になってしまった。
もし、足が飾りになったら、寝たきり一直線。
こんな家じゃ介護できないけど、お祖父ちゃん達はきっと、「金の無駄だ」って、老人ホームにも入れてくれない。
「ついでに、他にも悪いとこないか、診て貰うが。入院、長引くかも知れんげな」
「真穂ちゃん、もう大きいから、お祖母ちゃん居なくても大丈夫ね?」
「うん。私は大丈夫」
「真穂ちゃん、すまないけど、ゆうちゃんのご飯、作ってやってくれんが?」
元気いっぱい、大丈夫宣言した私に、お祖母ちゃんは申し訳なさそううに言った。
「うん。いいよ。ゆうちゃん、アレルギーとか大丈夫だっけ?」
「あぁ、大丈夫だよ。好き嫌いしないイイ子だから、何でも残さず食べてくれるが」
アラフォーのニートは、何でも残さず食べるだけで「イイ子」扱いなんだ。
ちょっとムカついたけど、顔には出さず、見送った。