015.幸せ
「ん? ケンちゃん、覚えてないが? あんな遊んでもろたに。従兄の政治だ。瑞穂姉ちゃんとこの」
「あッ! あのマー君!?」
お兄ちゃんは、思い出したらしい。顔がパッと明るくなった。
わからないのは、私だけだ。真知子叔母さんが教えてくれた。
瑞穂伯母さんは、お父さんと米治叔父さんの姉で、高校卒業してすぐ、帝都に出て就職した。
そのままあっちで結婚して、旦那さんの実家に住んでた。
お兄ちゃんが生まれるずっと前に交通事故で亡くなった。
従兄は三人。政治君、経済君、宗教君。
三男の宗教君は、体が弱くて長距離の移動に耐えられないから、一度も来た事がない。
次男の経済君は、瑞穂伯母さんの生前は来てたけど、亡くなってからは来なくなった。
長男の政治君だけが、二十歳になるまで毎年、お正月に本家と分家に顔を出していた。
「……お年玉目当てでな」
米治叔父さんが苦笑した。でも、ちょっと嬉しそうな顔だ。
政治君が来た最後の年の夏、私達のお母さんが入院して、そのまま離島の実家に帰った。当時、お兄ちゃんは小学三年生、私は幼稚園児だった。
「今年は三人とも来るそうだげ、宗教君はともかく、どっちか一人くらい、手伝ってくれるだろ」
どういう心境の変化か知らないけど、ずっと寄りつかなかった人達が、あんなゴミ屋敷の大掃除、手伝ってくれるんだろうか。
何か、無理っぽい。
私だったら、冬休みに親戚んちに遊びに行って、特殊清掃を頼まれたら、ゴメンナサイして帰る。
お金貰っても無理。
「ツネちゃんはわからんが、マーくんは、小遣いやれば手伝ってくれるげ、心配すんな」
「えっ!?」
お兄ちゃんと私の声が重なる。
「いざとなったら、俺が金出すげ、心配すんな。なぁに、お年玉だ、お年玉」
叔父さんはそう言って笑った。
今日は自分の家には帰らず、コーちゃんと一緒にお兄ちゃんに共通語を教えて貰った。
うっかり忘れるところだったけど、私も受験生だ。
お兄ちゃんは、水都市立外国語大学の四回生。旅行会社の内定が出てて、卒業したら添乗員になる予定。
共通語は、世界の四割くらいの国の公用語だ。海外旅行の添乗員なら、必須なだけあって、お兄ちゃんの発音は完璧だった。
勉強は捗ったし、ご飯は作って貰ったし、キレイなお風呂に入って、清潔なお布団で休ませて貰った。
きっと、他所の家はこれが普通で、当たり前なんだろう。
でも、私にとっては、凄く幸せな夜だった。