013.空港
空港に着く頃には、菜摘ちゃんも落ち着きを取り戻していた。二人であれこれ、思い出話に花を咲かせる。
「真穂ちゃん、今まで有難う。……小学校の時、私、いじめられてたの、覚えてる?」
「えっ? あぁ、うん。米田達のアレ、酷かったよね」
「真穂ちゃんが助けてくれたから、私、学校に行けてたの。真穂ちゃんが居なかったら、私もお兄ちゃんみたいになってたかも知れない」
菜摘ちゃんには、八歳上の兄が居る。
いじめで対人恐怖症になって、不登校になった。
高校には行かず、大検で高卒認定を受けて、通信制の大学に進学した。
本来なら、高校に行ってる筈の期間は、カウンセリングに費えてしまった。
大学のスクーリングには出られるようになって、ちゃんと卒業できた。
今は、家業の農業と林業を手伝ったり、ネットで翻訳の内職をしたりして、働いている。まだ人が大勢いる場所は苦手だけど、家族と一緒なら、外に出られるようになった。
こんな家庭の事情がダダ漏れになるくらい、この歌道山町風鳴地区は田舎だった。
でも、ウチのゆうちゃんがひきこもった理由は、知らない。何をしてるのかも知らない。
しょっちゅう、ゆうちゃん宛の密林の箱が届くだけだ。何を通販してるのかも知らない。
姿を見た事もないし、いつお風呂に入ったり、トイレに行ったりしてるのかも知らない。
声は聞いた事あるけど、何を言ってるのかは、聞き取れなかった。
何となく、ウチに住みついた妖怪か何かなんじゃないか、と言う気がしている。
空港は、二つ隣の県にある。
辺りはもう、すっかり夜だ。帰省ラッシュには、まだ早いから、人は少ない。
予定通り、出発ゲートの前でアリバイ用の写真を撮って、菜摘ちゃんを見送った。
格安ツアーだから、出発がこんな時間。エコノミークラス。宿も申し訳ないくらい安い。
「真穂ちゃんは、私の一生の恩人だから、これ、恩返しだから、お金、後で返すよ」
「いいって、いいって。お互い様だし、実行の労力だけでもハンパないし、おじさん達に車出してもらっちゃったし……」
「えっ……でも……」
「ぐずぐずしてっと遅れるげ、金の話ぁ帰ってからにせい」
「じゃ、じゃあ、また後で!」
菜摘ちゃんは、お父さんに背中を押されて、慌てて走って行った。
私は、予約しておいたビジネスホテルまで送って貰って、菜摘ちゃんの両親と別れた。
「何から何まで、すみません」
「えぇが、えぇが。お互い様だげ、なっ」
「有難うございます。有難うございます」
部屋で一人になると、大きな溜め息が出た。
もう、後戻りはできない。
※大検=大学入学資格検定(リアルの世界で言うところの「高等学校卒業程度認定試験」の旧称)
まぁ、これは科学と魔法が混在するファンタジー世界の話なので、深く考えずに……