012.噂話
万一、お祖父ちゃん達に聞かれるとマズいので、車が走り出してから、口を開く。
「宜しくお願いします。無理言ってすみません」
「話は全部聞かせて貰った。ウチはこんくらいが手伝えんげ、すまんな」
「えぇが、えぇが、気にせんでも」
「いえ、そんな……充分過ぎるくらい有難いです。ご迷惑をお掛けしてすみません」
「なぁに、えぇが、えぇが。ウチもアレは何とかせにゃと思っとったげな。ウチの四トン出すげ、重機でまとめてガーッと持ってこうが?」
「あ、いえ、そこまでして戴くのは申し訳なさ過ぎます。お兄ちゃんが帰って来るんで、ウチの軽トラで頑張ります」
「お? ケンちゃん帰って来るんげ? 立派になっとろうなぁ」
「んー? さぁ……私も長い事会ってないんで……」
メールでは時々連絡してるけど、リアルでは四年近く会っていない。
「真穂ちゃん、卒業したら、畷さんと結婚させられるって、ホント……? う……噂、聞いて……」
硬い表情でずっと黙っていた菜摘ちゃんが、私の顔を覗き込むようにして言った。
語尾が震えて消える。
畷さんは、農協の隣にある大きな家だ。
長男はもうお爺さんの歳だけど、未だに独身で、お見合いセンターにも登録してるけど、全然ダメらしい。
「あぁ、それ? 法話会でそんな話が出たみたい。区長さんと住職さんが、歳が釣り合わないからって、駄目出ししてくれたらしいよ。ウチのお祖父ちゃんと畷さんは、割と本気だったみたいだけど、他のみんなは笑ってたって」
「それって、ヤバくない? 畷さん、もう後がないし、諦めてくれればいいけど……」
菜摘ちゃんの蒼白な顔を見ている内に、私も心配になってきた。
「く……区長さん達が反対しても、真穂ちゃんのお祖父ちゃん公認って事で、何されるか……ごめんね、脅かす訳じゃないんだけど……このままホントに旅に出て、そのまんま帰んない方がいいんじゃない? おウチ丸ごと捨てましたーってコトで、ねっ?」
震える声で一気に言って、幼馴染は私の目を見た。
少し考えて、小さく首を横に振る。
「お祖母ちゃんの事もあるから……大掃除が終わったらね。有難う。心配してくれて」
「絶対……絶対、無事に逃げ切ってッ! もっと危機感持ってッ! 私、何でもするから、全力で逃げてッ!」
私の手を痛いくらい強く握って、本人より必死な菜摘ちゃんにちょっと引いてしまった。
「あ……あの、菜摘ちゃん……? 落ち着いて。噂って、何聞いたの?」
「…………言えない。……でも、卒業式は出ちゃダメッ! 私が卒業証書届けたげるから、卒業式より前に逃げてッ!」
相当アレな噂らしい。
今まで私の耳に入らなかったのは、私への配慮なのか、畷さんの結婚の為なのか。
「教えてくれて有難う。逃げる所はもう用意してあるから、後は身ひとつでいつでも行けるし、心配しないで」
受験する大学の近くに、母方の親戚の知り合いに頼んで、親戚名義でアパートを借りてある。
合格してもしなくても、そこでお母さんと二人で住む事になっている。
お母さんは、もうそっちに住んで、私が来るのを待っている。
参考書とかも買ってくれてて、あっちで最後の追い込みができるようにしてあった。
安心したからか、菜摘ちゃんは何度も「よかった」と言いながら、泣き崩れた。