119.発見-妹
白バイが白黒のワンボックスを引率して戻って来た。
「お待たせ致しまして恐れ入ります。殿下、お手数お掛け致します」
「こちらこそ、お忙しい時期にお呼び立て致しまして恐縮です。恐らく時効が成立済みで立件できず、身元確認だけになるかと思いますが、宜しくお願いします」
整列して敬礼する警察の人達に、ノリ兄ちゃんは大人の口調で言って丁寧にお辞儀した。
ノリ兄ちゃんを先頭に双羽さん、三枝さん、警察の人達、身内がぞろぞろ続いた。
縁側に沿って庭を歩いて、仏間と座敷の前を素通りして、閉まったままの引き戸の前で立ち止まる。
「このお部屋です。室内の骨には触らないで下さい。多分、ここはその骨を閉じ込める為のお部屋です。それに触って何かあっても、僕には何もできませんから、気をつけて下さい。お部屋の入口に近い、床下に埋まっている人を出してあげて欲しいんです」
ノリ兄ちゃんが、淡々と怖い事を説明する。
「真穂ちゃん、藍ちゃん、あっち行っとこう」
ツネ兄ちゃんが小声で呼ぶ。
三人と叔母さんがそっと離れる。軽トラの前まで戻って、パトカーの傍に残るお巡りさんの所に行った。
「私達も、ちょっとよくわからないんですけどね……」
「子供の頃、幽霊の声が聞こえるって言ったら、ひっぱたかれましたし……」
事情を聞かれて、叔母さんとツネ兄ちゃんが、歯切れの悪い説明をした。
スコップの音が聞こえる。
「出ました」
お巡りさんの硬い声に続いて、鑑識のシャッター音が響いた。
私達は、分家に引き揚げた。まだ本家では現場検証が続いてる。
座敷には重苦しい沈黙が降りていた。
お兄ちゃんと私は小さい頃、お母さんと三人で、お父さんの部屋の奥の部分に住んでた。
開かずの間の隣。
あれはきっと、ゆうちゃんのお母さん……
自分で床下に埋まるなんて無理だから、誰かに埋められたとしか思えない。
誰が犯人なんだろう。っていうか、あんな奥の部屋の下、他所の人は入り込めないし、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもお父さんも、知らない筈ないよね?
誰が犯人でも、家の誰かが人殺しなんだ……
ホント、もうやだ、この家。
ゆうちゃんのお母さんが居なくなったのが、えーっと……三十年くらい前?
じゃあもう、時効は成立してちゃってるのかな?
罪に問えるとか、問えないとかじゃなくて、悪いことしてそれを隠して、何にもなかったみたいに普通に生活してたのが、信じられない。
あの縁側、いつからゴミで埋まってたんだろう?
開かずの間の床下に埋めたってことは、三十年前は最低でも、あの部屋に出入りできるくらいの隙間は、あったのかなぁ。
だとしたら、悪いことをなかったことにする為に、ゴミで埋め立てちゃったんだ……
お父さんって、誰かが悪いことするのを窘めるとか、自分の罪を償うとか、そう言う発想自体なさそう。
もしかしたら、ゆうちゃんが部屋から出て来なくなっちゃったのも、それが理由なのかもしれない。
もしそうだとしたら、ちょっと可哀そうだけど……うん、無理。
やっぱり、今まで色々、いっぱい言われた酷い事とか、お祖母ちゃんへの仕打ちとか、許せない。無理。
もう、あんな家、二度と戻らない。
お母さんは、私たちにも内緒でこっそりお金を積み立ててくれていた。
私たちが積み立てを知ってしまったら、お父さんに暴力で聞き出されて、取り上げられるって思ったんだと思う。
お母さんの独身時代の貯金は、そうやって全部、取られたって言ってたから。
お母さんは若い頃、本州の街で働いてて、お父さんは出稼ぎに行ってて、三年くらい付き合って結婚したらしい。
付き合ってた当時は、会えるのが冬の間だけの遠距離恋愛で、お父さんは会える時も会えない間も、とっても優しかったらしい。
そんなお父さん、全然、想像もつかない。
結婚した途端、変わってしまったらしい。
お母さんが、こっちが本性だって気付いたのは、私が三歳くらいの頃だったって言ってた。
それまでは、お母さんが殴られたりするのは、お母さんが至らないヨメだからで「ちゃんとすれば、元の優しいお父さんに戻ってくれる」って本気で思って、頑張ってたって言ってた。
世の中には、頑張らなきゃいけないことと、頑張っちゃいけないことがある。
そのことに気付くのに、何年も掛かってしまって、私たちに「しなくていい苦労をさせてごめんね」って、島へ行く度に泣いて謝られた。
お母さんの体調や、私たちの学校の事とか、色々あって、なかなか離婚の手続きが進まなかった。
でも、年が明けたら、それも一気に進む。
お母さんがこの家と縁が切れたら、私たちも、安心してこの家を捨てられる。
殺されて埋められるより、薄情者と罵られる方がずっとマシ。人殺しなんかに何を言われても、平気。
あれがゆうちゃんのお母さんだって、確認できたら、その後、どうするのかな?
ゆうちゃんのお母さんの親戚とまだ連絡取れるのかな?
供養は勿論、お墓とか、どうするんだろう?
そう言うの、ゆうちゃんにできるのかな?




