110.反論-兄
三人が出て行った襖を閉めて、双羽さんが振り返った。
「仮にもご親戚と言う事で、殿下からは『多少の無礼は、大目に見るように』とのご命令を受けておりました」
「隊長さんは『山端優一は、不敬罪に値する暴言を吐いたので、それなりの対処をする許可を下さい』って。で、ノリ兄ちゃんが『少しだけなら許可します』って答えてた」
ゆうちゃんには、どうせわからないだろうから訳してやった。
双羽さんを怖がってるみたいだから、敢えて「隊長」と言う。
真穂は、下座の土鍋にうどんを入れて、一人で食べていた。残すと勿体ないから。
「まず、貴方の勝手な憶測を訂正致します。
殿下が帝国大学にお勤めの件ですが、この国の政府からの招聘に応じられた為です。
近年、両輪の国と科学の国の交流が盛んになり、科学の国でも魔術研究の必要性が高まってきた事と、この国に縁が深いお方である事の二点が、殿下が招聘された理由です。
この国の民は、魔力を持たない人が大部分を占める為、実際に術を行使する機会は非常に稀ですが、基礎研究が完全に無駄になる訳ではありません。
学生さんも、卒業前には概ね、お勤め先がお決まりです」
双羽さんはそこで言葉を切った。
ゴミニートは、蛇に睨まれた蛙のように萎縮した。
「国費の使途の件は、この国の財務を管掌する官吏に直接、ご意見をお伝え下さい。
内政干渉になりますので、殿下は何もおっしゃっていません。
また、殿下は帝国大学の准教授として、お仕事の報酬を受領なさっています。報酬からは、この国に対してきちんと納税なさっています。
学術誌などの原稿料や、出版物の印税に関しても同様です。
殿下はこの国の『税金泥棒』などではなく、れっきとした『納税者』でいらっしゃいます。
この国にお住まいで、税をお納めの殿下が、この国の行政制度を利用する権利を、何の権限もない貴方から、不当に妨げられる謂れはありません。そうですね?」
双羽さんに同意を求められて、ゴミニートは、何度も頷いた。
藍ちゃんが、バットに残った肉と椎茸を全て上座の土鍋に入れ、卓上コンロの火力を上げた。
「ムルティフローラは実力主義の国です。血縁だけでは王族と認められません。
公務を果たし得る強い魔力をお持ちで、善良なお人柄でなければ、王位継承権が付与されません。
殿下は毎年、長期休暇中に帰国なさって、公務を執り行っていらっしゃいます」
双羽さんの口調は淡々としている。
理路整然とした説明なのに、底に冷たい怒りが籠っていて、怖い。
「殿下は『三界の眼』と呼ばれる特別なお力をお持ちです。
三界の眼で『結界の保守管理』と言う重要な公務を担い、それを立派に果たしていらっしゃいます。
そして、お優しいお人柄は、多くの民から慕われております。
治癒の術は、強力な魔力を制御する訓練の一環による、副次的な物に過ぎません」
話について行けなくなったゴミニートが、しどろもどろで質問しようとする。
「宗教は、王族でも滅多にいない特殊能力の持ち主で、その力を使って特別な仕事してんの。
癒しの術は、魔法の練習用に簡単なのを習っただけで、それがメインの仕事ってワケじゃない。
ちゃんと役に立ってるし、誰彼構わず暴言吐いたりしないし、大人しくて優しいから、国民の人気者なんだ。
ムルティフローラで『要らん子』って言うか『居ない子』扱いなのは、魔力のない俺や経済の方なんだよ」
マー君がわかりやすく噛み砕いて説明した。