106.記録-兄
ここから賢治視点開始。
俺はICレコーダの録音ボタンを押し、ネルシャツの胸ポケットに戻した。
打ち合わせ通り、証拠として聞きとりやすいよう、事務的に説明する。
「今から言う事、記録するぞ。
……二二一三年十二月二十九日、山端賢治と真穂は、もうこれ以上、ゴミ屋敷の住人とは付き合い切れない為、ゴミと一緒に実家も捨てます。
大掃除完了後は、今後一切、山端の本家とは縁を切ります」
「私、山端真穂は、このまま家に居たら、高校卒業と同時に、畷家の長男と結婚させられてしまいます。
祖父が勝手に縁談を決めて、畷家は完全にその気です。
私は、自分の父親より年上の男性との結婚なんて、絶対に嫌です。好きでもない人との結婚は、絶対にしません。
役所には、婚姻届不受理届を提出済みです。引っ越し先も既に決まっています。
歌道山町には、もう二度と、絶対に、戻ってきません」
ゆうちゃんはポカンとしたが、一応、常識的な言葉を口にした。
「いや、でも、そんなの、普通に断ったらいいだろ」
「お祖父ちゃんもお父さんも、向こうの家の人達もみんな超乗り気で、嫌がってるのは私一人なの! ここに住んでたら、何されるかわかんないの! だから卒業前に出て行くの! 頼むから邪魔しないで!」
真穂が食卓を叩いて、ゴミニートを睨みつける。空の茶碗が跳ねた。
菜摘ちゃんから、畷さんがよからぬ事を企んでいると言う噂を聞いて、俺達は真穂が一人にならないように気を配っていた。
ノリ兄ちゃんの魔法で、畷さん本人は近付けなくなったけど、あっちの家族はフリーだからだ。
「いや、お前、家出て、それで、どうやって生活すんだよ?」
「都会の大学に進学するの。お母さんに書類書いて貰って奨学金受けて、バイトもして自分で生活するの。それで、そのまま都会で就職するの」
「いや、お前なんかに大学は無理だって。身の程を知って、身の丈に合った目標立てろよ。どこ受けてもどうせ落ちる。就活も、お前みたいな田舎娘が都会で雇われる訳な……」
「ゆうちゃんと一緒にしないで! 私は命懸ってるの!」
絵にかいたような「お前が言うな」を目の当たりにするとは……
身の丈に合わない目標立てて、大学に落ちて引きこもってる分際で、何でこんな上から目線になれるんだろう?
こんなのと血が繋がってると思いたくない。
真穂は高校に入ってからずっとバイトして、必要な物は自分の稼ぎで賄ってる。成績も見せてもらったけど、余程の事がない限り、志望校には落ちないだろう。