101.負傷-妹
ここから真穂視点開始。
マー君が「コンビニ行って来る」って怖い顔して車で出て行った。
何だろ?
クロエさんが、ノリ兄ちゃんと三枝さんに湖北語で何か言ってる。ノリ兄ちゃんが答えると、クロエさんは三枝さんと一緒に家に入った。
暫くして、ゆうちゃんが箪笥を抱えて出て来た。三枝さんに軽くする魔法を掛けてもらう話だったみたい。
ゆうちゃんは、ゴミ山の手前で手を滑らせた。足の上に箪笥の角が落ちる。
あぁあ……
「ゆうちゃん、大丈夫?」
ノリ兄ちゃんが安全地帯から出て、ゆうちゃんを心配する。倒れたゆうちゃんは、何も言わない。三枝さんとクロエさんも駆け寄る。
「優一さん、玄関まででよかったんですけど……」
クロエさんの言葉で、魔法が解けて重くなって落としたのがわかった。
先に言われてたっぽいのに、何で注意を守らないかな?自業自得じゃん。
三枝さんが傷の具合を調べて、ノリ兄ちゃんに報告する。靴下が血だらけ。
「ゆうちゃん、爪は割れてるけど、骨は大丈夫だって。よかったね」
入院レベルの大怪我じゃなくてよかった。
ゆうちゃんはノリ兄ちゃんを睨みつけてる。
「これだったら僕でも治せるから、ちょっと待ってね」
ノリ兄ちゃんが杖を地面に置く。クロエさんに支えられて立って、呪文を唱え始めた。
私が魔法に興味を持ったから、ノリ兄ちゃんは色々教えてくれた。
魔法の呪文は、湖北語じゃなくて「力ある言葉」。
どっちも何言ってるかわかんない。でも、「力ある言葉」はとってもキレイな響きだ。
わかんないけど、何か好き。
ノリ兄ちゃんの可愛い声が、歌みたいな感じで「力ある言葉」を紡ぎ出す。
あたたかい何かが体を包む。
全身にやさしい何かが行き渡る。
霊感がある人には、これが何かわかるのかな?
筋肉痛でギシギシ言ってる体から、痛みの素が消えてゆく。こないだと同じ。体が軽く楽になる。
ノリ兄ちゃんは唱え終わると杖を拾って、ゆうちゃんに大丈夫か聞いた。
三枝さんが、倒れた箪笥をゴミ山に追加する。
ゆうちゃんが靴下を脱ぐ。爪は全部ちゃんとしてる。靴下が血だらけじゃなかったら、怪我したのが嘘みたい。
「よかったね。ちゃんと治ってて」
「いや、あ……ああ。うん」
「何でそこで『ありがとう』の一言が言えないのかなー」
それまで黙っていた藍ちゃんが、通り過ぎ様に言った。箪笥の前にゴミ袋を置いて、ゆうちゃんに向き直る。
「部屋掃除しなくてタンスに虫涌かして、捨てるのに自分じゃ運べないから、三枝さんに魔法で手伝ってもらったんだよね? クロエさんに玄関まででいいって言われてたのに、調子に乗って運ぼうとして怪我したのは、自業自得だよね? その怪我もノリ兄ちゃんに魔法で治してもらったのに、何で誰にも『ありがとう』とか『ごめんなさい』とかが言えないの? 何もかも誰かにやってもらって、当たり前だとでも思ってんの?」
藍ちゃんはそこまで一気に言って、言葉を切った。
誰も何も言わない。