010.仕込
お祖父ちゃんは毎週水曜日、区長さんちでやってる法話会に通ってる。
住職さんの有難いお話を聞いた後、お茶を飲みながら世間話をする会だ。特に信心深い訳じゃないけど、近所付き合いで行ってる。
火曜の夜、卒業旅行に行きたいって言ったら、やっぱり一喝された。
「寝言は寝て言えッ! 女だてらに旅行なんぞッ!」
自分達は組合さんの旅行に行きまくりの癖に、私はダメと言う謎理論。旅先で何してんだか、わかったもんじゃない。
でも、これで仕込みは完了。
私は大人しく引き下がった。
次の日、法話会でお茶しながら、まんまとみんなに愚痴をこぼしてくれたらしい。後で住職さんがケータイに掛けて来て教えてくれた。
住職さんと区長さんで、巧い事言って、私を旅行に行かせるって、みんなの前で約束させてくれたらしい。
「まぁ、そう言う事だから、みんな承知しとる。堂々とやったらえぇが。一人で無理せんようにな。いつでも頼ったらえぇ」
胸が詰まって、暫く声が出なかった。
やっとの思いで何とか絞り出した声は、ちょっと震えてしまった。
話が決まったので、真知子叔母さんにメールして、旅行用のスーツケースを借りた。
堂々と分家に行って、受け取りがてら、作戦の説明をする。
米治叔父さんと真知子叔母さんも、喜んでくれた。
「ゴミ捨ては、俺が軽トラ出すげ、庭に積んどいてくれ」
「えっ、でも、そんな事まで……」
「なぁに、俺にとっても実家だげ、真穂ちゃんは気にすんな。ホントなら、俺らがみなやらにゃならんげな」
「大掃除する間、ウチにご飯食べにおいで」
その件については、素直に甘える事にした。
あんな所、一秒だって長居したくないし、あんな所では、なるべく食事をしたくない。
「俺も何か手伝うよ。力仕事とか。どうせ冬休みだし」
「コーちゃんはいいよ。受験生なんだし、怪我しちゃ大変だから」
従弟の高校受験の足を引っ張る訳にはいかない。
「紅治、大掃除を言い訳に勉強サボる気だろうが。いかんぞ」
「バレたか」
従弟のコーちゃんこと紅治君が苦笑する。つられてみんなで笑った。
「お前は姉ちゃんみたいに賢くないげ、うんと勉強せにゃならんが」
コーちゃんは、米治叔父さんに言われて神妙な顔で頷いた。
従姉の藍ちゃんは、国立琉王大学の医学部一年生。
医学部進学は、歌道山町風鳴地区初の快挙だ。区長さんちで、盛大に合格祝いをしてもらっていた。
「姉ちゃん、二十五日に帰って来るっつってたげ、勉強見てもらえ」
「うん」
模試の成績を思い出したのか、コーちゃんは真剣に頷いた。