001.澱み
「野茨の血族」に登場する三つ子の母方の親戚の話(最終ページの家系図参照)。
掃除のコツも少しは書いているので、リアル大掃除の参考になったりならなかったり。
明けない夜はありません。
コツコツ片付け続ければ、どんなゴミ屋敷でも、必ずきれいになります。
ここから暫く、真穂の視点で話が進みます。
十二月一日の夜、どこかから電話が掛かってきた。
お祖父ちゃんが、ゴキゲンで喋ってる。生まれて初めてかもしれない。お祖父ちゃんがこんな嬉しそうに話せるなんて、知らなかった。
相手が誰か、ちょっと気になったけど、私はお祖父ちゃんに嫌われてるから、そんなコト聞けない。
お祖父ちゃんは、何も言わなかった。
お祖母ちゃんも、何も聞かなかった。
次の日の夕方、お祖母ちゃんが廊下で転んだ。
私は、階段の途中から少しだけ顔を出して、廊下を覗いた。
生まれて十八年、ずっとこの家に住んでるけど、廊下の壁を見た事がない。
廊下には、台所に納まりきらない食器棚と戸棚とカラーボックスが、ぎっしり置いてある。
家具が部屋の入口を幾つか塞いでいて、入った事のない部屋もある。っていうか、何部屋あるのかも知らない。
棚とカラーボックスの上には、段ボール箱が天井まで積み重なっている。
天井は、煙草のヤニと油煙と蜘蛛の巣と埃で真っ黒。蜘蛛の巣に絡まった埃の塊が、氷柱みたいに垂れ下がっている。
私は、生まれてから一度も、廊下の床を見た事がない。
フローリングなのか、台所の続きでクッションフロアなのかさえ知らない。
床には、古新聞、古雑誌、チラシ、潰れた段ボール、お祖父ちゃんとお父さんが脱ぎ散らかした服、ご近所さんのお裾分けの野菜とかが入った袋が、敷き詰められている。
お裾分けの袋は、中身が入ったまま、年単位で放置されている。
夏は特に、廊下を通るのがキツイ。
鼠やゴキブリ、ナメクジ、ダニ、ハエ、ダンゴムシ、カマドウマ、ヒメマルカツオブシムシ、カナブン、蛾、百足、蜘蛛、ヤモリ、トカゲ、イタチ……お裾分けを食べに来る生き物と、うっかり迷い込んだ生き物と、それを食べる生き物で、廊下に生態系ができている。
今は寒いから、生き物の種類は少ない。
お裾分けの袋から漏れた黴と腐汁が、段ボールや古新聞や汚れた服に染み込んで、ゴミ収集車みたいにクサイ。いや、ゴミ収集車の方がマシ。あれは毎日、中身捨ててるし。ウチと比べたら、ゴミ収集車に失礼。
歩く度に、丸々と太ったハエのウジが、足元でプチプチ潰れる。顔の周りをハエの親がブンブン飛ぶ。
スリッパなしじゃ絶対、無理。
鼠やゴキブリの排泄物で、いつか病気になるんじゃないかってくらいキケン。
堆積物の上や隙間に転がる楕円形の黒い粒は、鼠やゴキブリの糞。鼠やイタチの尿臭が、鼻の奥を通り越して目に沁みる。
真夏の掃除してない公衆トイレよりヒドイ。
廊下を通るには、物理的にも精神的にも、色々な物を乗り越えなきゃいけない。
こんな所で転んだら、身体的にも精神的にも酷い事になってしまう。
「お前らが掃除せんからだ。儂は知らんからな」
お祖父ちゃんは、立ち上がる事もできずに唸っているお祖母ちゃんに冷たく言って、居間に引っ込んでしまった。
お父さんは、コタツでぬくぬくしてるだけで、様子を見に来もしない。
お祖父ちゃんとお父さんが、ゴミを捨てさせてくれないから片付かないのに、お祖母ちゃんと私のせいで、家が汚いって事になっている。
いつからあるかわからない段ボールも、お父さんが生まれる前から溜め込んでる古新聞も、「その内使うから捨てるな」って言われてる。
捨てたら超怒られる。
紐で縛って束ねても、二人が間から抜いて使って、バラバラにしてしまう。
実際、ウチは農家だから、古新聞とかはちょくちょく使う。でも、そんな汚い新聞で包んだ白菜とか、絶対要らない。
お裾分けは、収穫期になると、ご近所さんが玄関先に置いて行く。
この辺は、昔から住んでる農家ばかりの過疎地で、地区の人はみんな知り合い。作物の種類と大きさで、誰がくれたのかわかるレベル。
食べられないのはウチの都合なので、くれた人には、きちんとお礼をする。お礼しないと後が怖いから。
折角のお裾分けも、冷蔵庫がいっぱいで入りきらないから、廊下で朽ち果てて、鼠や害虫の餌になってしまう。
台所のテーブルも物がいっぱいで、床も物がいっぱいで、置く所がない。取敢えず、ご近所さんの目に触れない家の中に移動させて終了。
先に使えばいいんだろうけど、お祖父ちゃんが自分で作った野菜を優先させるから、お祖父ちゃんが生きてる限り、お裾分けの野菜を使える日は来ない。
お祖父ちゃんが食べさせてくれないから腐ってるのに、朽ちたお裾分けも、「折角○○さんがくれたのに、勿体ない。後で堆肥にするから捨てるな」って、生ゴミも捨てさせてくれない。
こっそり捨てたのがバレて、超怒られた事もある。