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一 廃墟楽園



 生きてたって面白い事なんて無い。

 だったら、終わりにしたって良いじゃない?



 地を蹴った身体は思ったよりずっと軽やかに飛んだ。

 一瞬の浮遊感と頭と足の位置が入れ替わるまでの視界に映った青い空。

 これでおしまい。 自由になれる。

 …………て、思ったのに。

「此処、どこ」

 見渡す視界に入るのは、明るくても廃墟。 燦々と光が柱や窓辺らしき崩所から差し込んでるけど、それでも廃墟。

 小鳥の(さえ)ずりに、私は呆然となる。

 私、生きてるらしい。




 ドロテア・フェティシフォード。 それが私の名前。

 年はあと数ヶ月もすれば十六になる。

 職業、さっきまでは二年勤めてもいまだ変わらず雑役メイドだった。

「……死んだと思ったのに」

 別に何か辛い事があったわけじゃない。 けど、不意に思ったの。 このまま生きてどうするんだろう? って。 面白い事なんて特にない。 どうせ最後には皆同じなのに。 早いか遅いか。 ただそれだけの違いしかないなら、もういいかなって思った。

 ハーベルクラスト。 浮遊石が支えるこの大陸は何時からかそう呼ばれている。 ドーナツのように大陸の真ん中には大穴が開いていて、その遥か下には海と呼ばれる青い水面が広がっていた。 勿論、落ちれば助かることはまず無いだろう。 だから飛んだのに。

 青く見える筈の空を見て、いつから青く見えなくなったのかなって考えて目を閉じたのに、あるはずのない土の感触と匂い、小鳥の声でここら辺では珍しくもない緑混じりの青い目を開けたらこの廃墟。

 地面に半分埋まった白い石の朽ちた柱、さらさらと音を立てる方向へ目を向けたら、壊れた石のレリーフを懐かしむような噴水がこんこんと水を湛えている。 視線を動かして、思わずぎょっとして身体を硬くしたけど、すぐにその正体が使われなくなった回転木馬カルーセルだってわかった。 ボロボロに朽ちた姿は昼間に見ても薄気味悪く思える。

「廃遊園地?」

 一度も行った事が無いけど、大きな街には子供たちが遊ぶ物を集めた場所があると聞いたことがある。 遊園地と呼ばれるそこは夢の国。 皆が笑顔になれる場所。 それでも結局は客商売。 子供に夢をなんて言うけれど、夢だけでやっていけるわけもない。 人気の無い遊具や遊園地は棄てられて廃園になる。

 私服に着替えることなんてしなかったおかげで、そのままだった水色と白のストライプワンピースに白いエプロン。 裾や膝をはたいて立ち上がる。

 降り注ぐ木漏れ日に夢の残骸が点々とする場所を見回した。

「とりあえず、此処がどこなのか確かめなきゃ」

 そう呟き、私は少し変な感じがして思わず苦笑する。

「飛び降りて終わりにした筈なのに、生きてたら今いる場所が何処か気になるのも、変ね」

 本当なら今頃、何も感じない何もしなくて良いようになってるはずだったのに。 いざ死に損なうと自分の状況が気になるなんて。

 砕けた空色の煉瓦の路を辿る。 暢気な鳥のさえずりと木漏れ日の透ける緑はこの廃墟に似合わないくらい優しい。

「これがいわゆる天国なら、お腹もすかないはずだけど」

 お腹すいた。 朝御飯の前にお屋敷を出たから、昨日の夕食から何も食べてない。

「やっぱり、天国じゃないわね」

 天国は善い行いをした魂が行き着く場所らしいから、そもそも私は行くわけない。

「廃棄物の分際でそんな大層な所に着くと思っていたのか?」

 なに今の。 何か無駄に冷たくて美声の幻聴がしたような……。

 思わず声の主を探して振り返ると、いつ現れたのか私と数歩の距離に背の高い青年が立っていた。

 黒、という色をそのまま抜き出したような青年で、短く切りそろえた髪も切れ長の瞳も纏う衣も、肌以外は全て黒に染まっている。

「随分最近の人間は傲慢を極めたものだ。 塵芥のようなものがよくそこまで自分を高く見積もれるものだな。 ある意味で感心する」

 美形なのは認める。 けど、口と性格が物凄く悪そう。

「そんなあなたはどちら様?」

 黒いその人は何も答えず踵を返した。 口と性格は物凄く悪そうでも、此処で見た初めての他人だから、私は思わずその背を追いかける。

 不気味。 美形だけど、綺麗過ぎてもそう思うんだって、初めて知った。

 点在する夢の骸と生い茂る緑がまるで迷路のように視界を惑わせる。 見失わないように必死で口と性格の悪そうな美形の後についていくと、視界の開けた場所に出た。

 零れる光に眩しくて目を瞑る。

「嗚呼、やっと起きたんだ?」

 突然聴こえた声がすぐ近くからで、驚きたたらを踏んでしまう。

 声の主は年端もいかない少年だった。

 見えるはずも無い声に艶と瑞々しさが溢れていると錯覚しそうなソプラノボイス。

 足元まで伸びた髪は雪の白をそのまま紡いだみたいな色。 穢れの無い雪の白は影が青くなるけれど、この少年の髪も同じだった。

 大きな丸い月みたいな瞳は、私にはもう見えなくなった空の青を思い出させた。 光の加減なのか、微妙に揺らぐ色彩の空映しの瞳。

 目が覚めるような、というのかそれとも、夢のようなと言えばいいのか。

「おはよう。 なれは今日からわれの世話係だ。 その命が尽きるまで、存分に仕えるがいい」

 天使が天使の声で魔王みたいな事を言いました。


 何でこんな事になったのか全然わからない。

 どうして楽になれないの。 性格と口の悪い美形に天使の皮被った魔王とか、どういうこと?


 次回 空の奇想曲 第二話「汝は我の所有物」


 ……ちょっと、タイトルからしておかしいんだけど? 

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