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母の定義  作者: 七草せり
2/11

姉の主張

姉の切なる申し出から、一週間が経過した。


幾度となく、姉からのメールが入る。


『全面的に面倒は見ます。 知り合いの病院なので、 何も心配はいりません。 勝手なお願いだと言う事は承知しています。 だけど、

他に方法はありません……』


敢えて確信をつかないメール。余計に苦しくなる。

姉さえ身体が弱くなかったら、何の問題もない。

嫌味を言われる事も、私が悩む事も。


そして、姉妹の関係が少しずつ変わる事も。



どうにもならないけれど、一人考えた。


「何か心配ごと? 」


花屋で働いている私。

花のラッピング作業中だった。


同僚が不意に尋ねる。


「ううん。 ごめん、 何でもないよ。 あっ ! 配達行かなきゃね」


普通に装った。


「そーお? じゃあ配達宜しく。 こっちやっとくから」


ひらひらと手を振って、私を送り出した。


「やだやだ。 仕事大変なんだから。 余計な事考えない!」


軽ワゴンに配達の花を積み、私は配達に出掛けた。


働かなきゃ、食べてはいけない。

姉と私は違う。


姉は昔から、色々飛び回り、自由に生きてきた。 でも要領が良く、興味を持つ物があれば、何なくこなす。

色んな資格も取ったりして、私とは正反対。


私は要領悪い。

不器用ながらも、結婚できたが直ぐに別居。

で、離婚。


今の仕事もやっと見つけた。

事務系は苦手だし、面接で落ちたし。

花屋さんに辛うじて拾ってもらったって感じ……。


姉が羨ましかった。

名家に嫁ぐと聞いた時は。

何でも手に入る人だから。 努力家と言えばそうだが。


けれど、姉も焦っていたのかも知れない。

さっさと結婚して、子供を産んだ妹を見て。

お互い無い物を持っている。


圧倒的に姉が沢山色々持ってるけど。

でも、一番欲しい物が手に入らない。

それが悔しいのだろう。


子供は道具でも、見世物でもないのに。



花の配達をしながらも、姉からのメールが気になった。

仕事しているから、返信はしないけど。



日曜日、姉が義兄を連れ、うちへやって来た。


今日は幼稚園が休みな為、私は 家にいる。


「メール、 返信こないから。 直接聞きたくて。 この人とも色々話し合った。 で、 こちらとしてはお願いしたい」


リビングに、皆が揃った。

静まり返る部屋。

子供達は二階で遊ばせている。


「和葉……。 香乃子には子供二人いるんだぞ。 離婚しているからと言っても、 仕事はどうなる? 子供は? 世間の目もある」


いつもは物静かな父が、口を開いた。


「分かってるわよ。 だけど! だけど……。 他に頼めないの。 名家に嫁いだ私が悪いわよ。 子供が産めない私が悪いわよ! でも、 どうしても欲しいの。 子供が! 体外受精だから、遺伝子的には私の子供になるし、 実子扱いにもできる。 今は顕微鏡で、 性別選べるから、 確実に男の子にできるの。 だけど、 母体が。 肝心な母体がダメだと言われた。

近くにあるのに後一歩が届かないのよ」



泣き叫ぶ様な姉の言葉、再び……。


だから一体何の為に子供が欲しい?

名家の跡取りが、そんなに大事なの?

離婚すればいいじゃない。


て言うか、義兄さんが他所で子供作れば?


またしても、言えない言葉が胸を覆う。


「香乃子は妹だから? 他に頼めないのは、他の人だと後々面倒になるから? 名家って言うのは、 何だろうねぇ」


母がため息をついた。



「確かに、 僕の家は面倒な家です。 しかし、 代々続く家です。 正妻に子供が産めなければ、 傷がつきます。 古い考えです。 けれど、 家に生まれた以上従わなければなりません。 つらい思いをさせて申し訳ないと思っています。 ですが、 どうにもなりません……」


体裁と保身。

外面義兄が吠え出した。



「離婚。 離婚すれば? で、 義兄さんは再婚してその人に子供産んで貰えばいいんじゃない?」


我慢していた言葉を吐き出した。

だって、その方がいいに決まってる。


私、何か違う事言った?


一斉に皆が私を見た。


「だから! 簡単に離婚できないのよ! 言ったわよね? 」


「人に物を頼んでおいて、 威張らないでよね! 」


「全面的に支援するって言ってるし、 今日だってわざわざお願いしに来たのに、 余計な事言わないでよ!」


姉妹喧嘩が始まった。

どうしてこうなるのよ。 何で責められるの?


貴女達に子供ができようがどうしようが、私には関係ないし!


怒りが収まらない。

お茶を一口飲んだ。


「和葉。 貴女自分勝手過ぎるわよ? 香乃子の事情もあるし。 名家だか何だかでも。 人を利用してはダメ。 お嫁に出した私達も悪いけど、 自分で何とかしなさい」


母がたしなめた。

黙り込む姉。

私だって、何とかしてあげたい。

けれど、子供を産めなんて。



「ちょっと、 言い過ぎた。 けど。 子供を産めない私の気持ちも解って欲しい。 この人の子供を産めない私の気持ちも……。 悔しいし、 情けないの。 簡単に生める人には分からないわよね? 」


「和葉……。 解るよ。 貴女が辛い思いしているの。 でもね、 やってはいけない事もあるの。 必ず後悔する事になるわ」


「後悔? 遺伝子は私の子供。 ただ身体を借りるだけじゃない。 何を後悔するって言うの? 病院だって、 金銭的にだって万全なサポートするって言ってるの。 ちょっと身体貸してって……」


「和葉! 何て事言うの! 人の、 人の身体を命を何だと……!」


「母さん……。 何を言っても無理だよ」


「名家が、 名家がそんなにいけませんか? 名家の跡取りは、 重要なんです。 血筋を絶やしてはならない。 妹さんなら、 健康そうだし、 離婚している。 それに子供もいる。

条件的に問題ないと」



本性現したな。タヌキめ。


姉さんも、すっかり名家の考えに染まって。

母さんの言葉、理解できてる?


変わってしまった姉に、何も届かない。

それ程まで、追い詰められたのか。


庶民とは考えすら全く違う。


世の中に、子供が欲しい人は沢山いる。

純粋に欲しいのだろう。

けれど、姉は違う。


もう義務になってしまっている。

私はそれが嫌だった。

義務で子供を手にしても、幸せと言えるのか。

純粋に欲しいのだろうが、家の為にとなってしまっている。

そんな事で本当にいいのだろうか。


ピリピリする空気が部屋に漂う。


「子供を生むのは、 凄く大変なんだよ? 時には危険も伴うし。 簡単に言わないで」



その言葉を残し、私は部屋を後にした。

このまま纏まる話ではないし、姉の顔見たくない。


二階に上がり、子供達の部屋へ向かった。

無邪気に遊ぶ幼い子供達。

心から、愛しいと思う。


それが母と言う事じゃないのだろうか。



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