姉の主張
姉の切なる申し出から、一週間が経過した。
幾度となく、姉からのメールが入る。
『全面的に面倒は見ます。 知り合いの病院なので、 何も心配はいりません。 勝手なお願いだと言う事は承知しています。 だけど、
他に方法はありません……』
敢えて確信をつかないメール。余計に苦しくなる。
姉さえ身体が弱くなかったら、何の問題もない。
嫌味を言われる事も、私が悩む事も。
そして、姉妹の関係が少しずつ変わる事も。
どうにもならないけれど、一人考えた。
「何か心配ごと? 」
花屋で働いている私。
花のラッピング作業中だった。
同僚が不意に尋ねる。
「ううん。 ごめん、 何でもないよ。 あっ ! 配達行かなきゃね」
普通に装った。
「そーお? じゃあ配達宜しく。 こっちやっとくから」
ひらひらと手を振って、私を送り出した。
「やだやだ。 仕事大変なんだから。 余計な事考えない!」
軽ワゴンに配達の花を積み、私は配達に出掛けた。
働かなきゃ、食べてはいけない。
姉と私は違う。
姉は昔から、色々飛び回り、自由に生きてきた。 でも要領が良く、興味を持つ物があれば、何なくこなす。
色んな資格も取ったりして、私とは正反対。
私は要領悪い。
不器用ながらも、結婚できたが直ぐに別居。
で、離婚。
今の仕事もやっと見つけた。
事務系は苦手だし、面接で落ちたし。
花屋さんに辛うじて拾ってもらったって感じ……。
姉が羨ましかった。
名家に嫁ぐと聞いた時は。
何でも手に入る人だから。 努力家と言えばそうだが。
けれど、姉も焦っていたのかも知れない。
さっさと結婚して、子供を産んだ妹を見て。
お互い無い物を持っている。
圧倒的に姉が沢山色々持ってるけど。
でも、一番欲しい物が手に入らない。
それが悔しいのだろう。
子供は道具でも、見世物でもないのに。
花の配達をしながらも、姉からのメールが気になった。
仕事しているから、返信はしないけど。
日曜日、姉が義兄を連れ、うちへやって来た。
今日は幼稚園が休みな為、私は 家にいる。
「メール、 返信こないから。 直接聞きたくて。 この人とも色々話し合った。 で、 こちらとしてはお願いしたい」
リビングに、皆が揃った。
静まり返る部屋。
子供達は二階で遊ばせている。
「和葉……。 香乃子には子供二人いるんだぞ。 離婚しているからと言っても、 仕事はどうなる? 子供は? 世間の目もある」
いつもは物静かな父が、口を開いた。
「分かってるわよ。 だけど! だけど……。 他に頼めないの。 名家に嫁いだ私が悪いわよ。 子供が産めない私が悪いわよ! でも、 どうしても欲しいの。 子供が! 体外受精だから、遺伝子的には私の子供になるし、 実子扱いにもできる。 今は顕微鏡で、 性別選べるから、 確実に男の子にできるの。 だけど、 母体が。 肝心な母体がダメだと言われた。
近くにあるのに後一歩が届かないのよ」
泣き叫ぶ様な姉の言葉、再び……。
だから一体何の為に子供が欲しい?
名家の跡取りが、そんなに大事なの?
離婚すればいいじゃない。
て言うか、義兄さんが他所で子供作れば?
またしても、言えない言葉が胸を覆う。
「香乃子は妹だから? 他に頼めないのは、他の人だと後々面倒になるから? 名家って言うのは、 何だろうねぇ」
母がため息をついた。
「確かに、 僕の家は面倒な家です。 しかし、 代々続く家です。 正妻に子供が産めなければ、 傷がつきます。 古い考えです。 けれど、 家に生まれた以上従わなければなりません。 つらい思いをさせて申し訳ないと思っています。 ですが、 どうにもなりません……」
体裁と保身。
外面義兄が吠え出した。
「離婚。 離婚すれば? で、 義兄さんは再婚してその人に子供産んで貰えばいいんじゃない?」
我慢していた言葉を吐き出した。
だって、その方がいいに決まってる。
私、何か違う事言った?
一斉に皆が私を見た。
「だから! 簡単に離婚できないのよ! 言ったわよね? 」
「人に物を頼んでおいて、 威張らないでよね! 」
「全面的に支援するって言ってるし、 今日だってわざわざお願いしに来たのに、 余計な事言わないでよ!」
姉妹喧嘩が始まった。
どうしてこうなるのよ。 何で責められるの?
貴女達に子供ができようがどうしようが、私には関係ないし!
怒りが収まらない。
お茶を一口飲んだ。
「和葉。 貴女自分勝手過ぎるわよ? 香乃子の事情もあるし。 名家だか何だかでも。 人を利用してはダメ。 お嫁に出した私達も悪いけど、 自分で何とかしなさい」
母がたしなめた。
黙り込む姉。
私だって、何とかしてあげたい。
けれど、子供を産めなんて。
「ちょっと、 言い過ぎた。 けど。 子供を産めない私の気持ちも解って欲しい。 この人の子供を産めない私の気持ちも……。 悔しいし、 情けないの。 簡単に生める人には分からないわよね? 」
「和葉……。 解るよ。 貴女が辛い思いしているの。 でもね、 やってはいけない事もあるの。 必ず後悔する事になるわ」
「後悔? 遺伝子は私の子供。 ただ身体を借りるだけじゃない。 何を後悔するって言うの? 病院だって、 金銭的にだって万全なサポートするって言ってるの。 ちょっと身体貸してって……」
「和葉! 何て事言うの! 人の、 人の身体を命を何だと……!」
「母さん……。 何を言っても無理だよ」
「名家が、 名家がそんなにいけませんか? 名家の跡取りは、 重要なんです。 血筋を絶やしてはならない。 妹さんなら、 健康そうだし、 離婚している。 それに子供もいる。
条件的に問題ないと」
本性現したな。タヌキめ。
姉さんも、すっかり名家の考えに染まって。
母さんの言葉、理解できてる?
変わってしまった姉に、何も届かない。
それ程まで、追い詰められたのか。
庶民とは考えすら全く違う。
世の中に、子供が欲しい人は沢山いる。
純粋に欲しいのだろう。
けれど、姉は違う。
もう義務になってしまっている。
私はそれが嫌だった。
義務で子供を手にしても、幸せと言えるのか。
純粋に欲しいのだろうが、家の為にとなってしまっている。
そんな事で本当にいいのだろうか。
ピリピリする空気が部屋に漂う。
「子供を生むのは、 凄く大変なんだよ? 時には危険も伴うし。 簡単に言わないで」
その言葉を残し、私は部屋を後にした。
このまま纏まる話ではないし、姉の顔見たくない。
二階に上がり、子供達の部屋へ向かった。
無邪気に遊ぶ幼い子供達。
心から、愛しいと思う。
それが母と言う事じゃないのだろうか。