母として。
出産から一週間が経過した。
姉は毎日子供の世話に病院に通う。
母子共に健康なので、退院する事になった。
「香乃子。 本当にありがとう。 私、 ちゃんと母親になるから。 貴女のおかげで母性が目覚めたわ」
意外にもそんな事を口にした。
「命の大切さ、 出産の苦しみを分かってくれたらそれでいいよ」
久しぶりに私の姉の顔になったのが嬉しかった。
昔はお姉ちゃん子で、いつも姉と一緒にいた。
結婚によりお互い変わってしまったが、本質までは変わらない。
「そう。 名前決まったのよ」
「へー。 何て付けたの?」
「一つの心と書いていっしん」
「今時古風な名前だね」
「あちらのお父様が付けたのよ」
少し複雑な顔をした。
本当は自分で名前を付けたかったのだろう。
せめて名前くらいは……。
「私はこれからこの子の為に生きるわ」
そう言った姉は、まさに母親だった。
退院の翌日。
まだ出産後と言う事で、私は家には帰らずにいたのだが、姉と子供の様子を見に来ると向こうのご両親が言ったので、急遽荷物をまとめ私は帰宅する事になった。
「急でごめんなさいね」
「仕方ないよ。 あ、 ミルクは三時間おきで大丈夫だよ。 夜中は余り起きないから」
一通り姉に説明した。
毎日通っても分からない事もあると思ったのだ。
「大丈夫よ。 ありがとう」
長かった私の役目もやっと終わった。
「ママ〜! お帰りなさい!」
子供達に迎えられ、私は母としての日々が再び始まった。
この子達の母で十分だ。
母乳が出るのでそれを絞り姉に届けるが、赤ん坊には会わない。
せっかく姉に抱かれても愚図らなくなったのに、本当の母親が邪魔をしたらまた愚図ってしまう。
赤ん坊は匂いで母親を認識するのだ。
ミルクの匂いのする私はまだ抱けない。
「香乃子。 一心が中々寝てくれないの」
ある日姉の元を訪ねた際、そう言われた。
「興奮してしまうんじゃない? 来客多いの?」
「ええ。 親戚やら何やら……」
「まだ生まれて日が浅いのよ? 余り人に合わせない方がいいかもね」
まだ本宅に戻らない姉の元へ、ひっきりなしに来客があると言う。
「神経質なのね……」
「それも個性よ」
言われた通り、姉は来客をお断りした。
もちろん旦那さんにお願いして。
しかし、育児に慣れていない姉。
思い通りにいかない子供に苛立ちを感じ始めていた。
「誰に似たのかしらね。 全く言う事聞かない」
いくら上手くいく訳ないと言っても、聞く耳を持たない姉。
段々ノイローゼ気味になっていった。
仕方ない事だが、やはり見てはいられない。
義兄さんは手伝いなどしないと言う。
一ヶ月が経ち、検診を無事に終えた子供は、姉と本宅に戻った。
特に問題なさそうで良かったが、姉の疲れはピークであった。
普通の母親同様、育児疲れだ。
自分で生んでない分、分からない事が多いらしい。
「一心が愚図ってばかりで」
事ある毎に愚痴る姉。
ご両親からも嫌味を言われているらしい。
「宅の子供は大人しいはず。 やはり庶民の子供だから仕方ないわね」
心ない言葉が姉を追い詰める。
「お姉ちゃんは望んで母親になったのよ? 子供を守る義務があるの。 母親として二人で成長していって」
気休めの言葉かも知れない。
しかし、子供と共に親になるのだ。
愛情を持って育てて欲しい。
母として、沢山の事がある。しかし母ならばこそ、乗り越えられるはず。
子供を生むだけが母ではない。
子供と成長して母になる。
私は自分らしく子供を育ててこそ、母だと思った。
確かに一つの命を誕生させたが、だからと言ってその子の母ではない。
生んだから母にはなるが、その子を愛情を持って育てる訳ではないから。
姉は子供を生んでいない。しかし色々あっても育てる義務があるし、愛情を持ち接している。だから姉は母なのだ。
上手くいかない事だらけ。それが子育て。
苛立ちもある。けれどそれが成長。
母として、定義はなんだろう。
ふと思うけれど、どれだけ愛情を持って育てられるか。どれだけその子を愛せるか。
大切なのはそういう事だと思う。
私は我が子を抱きしめた。




