姉の申し出
一般家庭出身の姉が、名家に嫁いだのは、今から五年程前の事。
日本屈指の名家、大貫家に嫁いだ姉の大貫和葉 既に三十五になろうとしている。
私は妹の本城香乃子 二人の子持ちのシングルマザー。三十になる。
元々無理な姉の結婚。あちらのご両親は厳しい方だし、エリート一族である。
そんな中に飛び込む何て、無謀にも程がある。
しかも結婚して五年近く経つのに、子供、いわゆる跡取りが生まれないなんて。
嫌味ばかりの姑の愚痴は最高潮。
「家が絶えてしまう。 あんな嫁もらったから。 もっと反対しておけば……」
実家に帰っては、姑の愚痴話をする。
「お義兄さんは? 何て言ってるの?」
久しぶりに実家に帰って来た姉。
リビングのテーブルにお茶を置きながら尋ねた。
「あの人はダメよ。 パパママ大好きだから。 全部私が悪いって……。 離婚されるかもね」
「へぇ。 離婚? 私と同じじゃない。 面倒臭いなら、 帰って来れば?」
安易に答えた。
「でもね、 それも中々難しいのよ。 名家の名に傷が付くとか何とかって。 離婚なんて縁起悪いみたい」
「でも、 そんな事言ってもさ。 旦那さんにその気があれば、 親なんてどうにでもなるんじゃない? 」
「さあね。 坊ちゃんだから。 言いなりでしょ。 まあ、 子供さえできればね……」
姉がふと我が子に目をやった。
幼稚園の年長組と年少の姉妹。
「養子とかやだよ? それに! うちの家系嫌いでしょ? そちらのお家は!」
「血筋とか何とか、 どうでもいいのにねぇ。 しかも男の子じゃなきゃ」
ため息まじりに姉が呟いた。
ごく普通の家柄のうちの血筋とか、家系とかが気に入らないらしい。
全く厄介な結婚。 しかも、妹がシングルマザーと言うのも気に入らないらしい。
大きなお世話だ。
「私、 もう帰るね。 今日は父さんと母さんの体調が悪いって言ってきただけだし、 夕飯までには戻らなきゃ」
そう言ってバタバタと帰って行った。
隣の部屋では元気な両親がテレビ観てるのに。
厄介だ。
私も夕飯の支度をしなきゃ。
リビングで遊ぶ子供達。 今日は子供達のリクエストでもあるオムライスにしよう。
父と母は、和室で食事を摂る。
健康の為だか、面倒なだけなのか、私への気遣いか。 宅配弁当を注文している。
朝と昼は母と順番に料理をするが、お互い遠慮がちになってしまう。
離婚して戻った娘を、それでも温かく迎えてくれた事は感謝だ。
「ママ〜。 今日のご飯なにぃ?」
上の娘が尋ねる。
下の娘も真似をする。
「今日はオムライスだよ。 手、 洗ってきてね」
「分かった!」
駆け足で洗面所へ向かう。
離婚して、寂しい思いをさせてしまってるし、仕事があり家をあけがちにもなる。
だから、一緒の時間を大切にしたい。
しかし、父と母がいてくれるのは、本当に有難いし、家が一軒家の持ち家な所も有難い。
一般家庭と言うが、父の実家はそれなりの家だ。田舎だけど。
ともかく、姉の事は気になるが、私の生活が優先。
選んだ結婚。 今更愚痴るな。
しかし、事態は安易ではないらしい。
気楽に子供ができるまで。はもう通用しない。 早く跡取りを重圧が姉の神経を蝕む。
元来健康では余りない姉。
お義兄さんに見染められ、幸せ夢見て結婚した。
しかし現実は違った。
義兄は一人息子。姉がいるが他のいいお家に
嫁いだ。
万歳三唱だったろう。
しかし、もらった嫁は。落胆したとか。
いつの時代だよ。と思うが、今の世の中にも、そういう家が多数あるらしい。
そんな家柄に嫁いだ姉。毎日の様に色々言われ、ストレスで入院してしまった。
病院の個室では、あちらのご両親にひたすら謝る父と母の姿があった。
苦虫を潰した様な顔をして、あちらのお母様が嫌味をチクリ。
「全く。 面倒は困りますよ。 体裁も考えられないんですかねぇ」
「本当に申し訳ありません……」
その姿に胸が痛む。
姉を追いやったのは、そっちじゃないか。
出せない言葉を飲み込んだ。
元はと言えば、あんたの息子が姉を嫁に欲しいと言ったのに。
姉はモデルの仕事をしながら、家計を助けていた。そんな姉に惹かれたはずでしょ?
味方になってもいいのに。
素知らぬ顔で姉を見ていた。
姉は申し訳なさそうにするだけで、何も言わない。
それ以来、姉は明るさを益々失った。
笑顔さえ、余り見せない。
そんなに大変なのか。嫁ぐと言う事は。
姉の味方は、私達だけ。
何とかしてあげたい……。けれど何もできない。
ただ、見守るしかない。
そんな矢先、姉が家に帰って来た。
真剣な顔をして。
私は仕事があったが、急に呼び出された為、帰宅した。
「急にごめんね……。 忙しいのに。 ちょっと話しがあって」
両親の部屋に呼ばれた。
「何? 急用?」
麦茶を飲みながら、姉の話を待った。
「実は……。 前々から不妊治療してるんだけど、 中々上手くいかなくて。 卵子にはまあ余り問題はないらしいんだけど、 母体にちょっと問題があって……。 彼も子供ができない訳ではないみたいなの。 産めない私に問題があって。 体外受精を考えていて。 もちろん、 ご両親には内緒よ? 体外受精で上手くいっても、 母体に問題があると……」
姉の告白に一同驚いた。
不妊治療、体外受精までは分かる。
母体に問題がある。
年齢の問題だけではないらしい。
私は姉が言わんとする次の言葉が何と無く分かった気がした。
「今の日本では合法になるけど、違法でもないの。 彼の知り合いの病院が全面的に協力してくれるし……」
敢えては言わない所が決定的だった。
「あんた、 まさか……」
母が口を挟む。
「方法がないのよ! 私の身勝手だってわかってる。 だけど、 限界なのよ! もう」
悲鳴とも呼べる心の叫び。
痛い程分かる。 しかし……。理解して、寄り添う事ができない。
「無理なお願いだって分かってる。 本当に分かってる。 でも、 もうどうしょもないのよ。 全面的に協力するし、 負担もなるべくかけない。 だから、 香乃子……」
やはり、そうか。
私に代理を頼みに来たんだ。
姉は、私に代わりに産んで欲しいって。
そんな事、無理に決まってる。
しかし、経産婦の私。リスクは少ない。
確実に成功するかは分からないが、もう後がないのだろう。
けれど、そんな事無理だ。
ばれてしまったら?どうするの?
実子扱いにできないんじゃない?
姉の気持ちに応えてあげたい。
だけど。私にも子供がいる。
厳しい現実、慎重な判断。
直ぐに何も言えなかった。