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01

 その日、彼は馴染みのゲームショップに立ちよった。

「ごっ、ごめんなさい」

 店の入り口で、慌てて出てきた少女とぶつかったものの、少年はいつもどおりにレトロゲームを眺める。

「よ、永見くん、久しぶりじゃん」

 ゲーム屋の店長が気軽に話しかけてくる。それもいつもの光景。

「それがよ、さっき永見君とぶつかった女の子、なんとスーファミのマリオワールド、万札で買っていきやがった。しかもお釣りはいらねぇって、とんだマリオファンだよ」

「へぇ、変わった人もいますね」

「俺からすりゃ、ずっとレトロゲームを眺めてる永見くんも変わってるけどな」

「余計なお世話ですよ。俺は金がないんですって」

 永見がいつも眺めているのは、そのゲームショップでも端によせられたレトロゲームコナー。周りを見渡せば、最新のゲームのポップがいくつも並んでいるのに、永見はまるで興味を示さない。

「それに俺、どんなにグラフィックが凄くなっても、やっぱしスーファミぐらいが一番面白いと思っているし」

「保守的だね、永見くんは。ゲームは技術と共に進化する、つねに新しい遊びを作ってきているんだ。それなのにずっと同じような技術ばっかり遊んで、しまいにはソフトなんて遊びつくすぞ」

「いいんですよ、遊ぶソフトがなくなったら無くなったで」

 値段シールの貼ってないソフトを、永見は見つけた。スーパーファミコンのゲームソフトは等しくROMカセットであり、鼠色した外装に張ってあるシールでゲームタイトルを知ることができる。しかし、永見のとったソフトはタイトルのシールが剥がれていて、なんのソフトか分からない。

「あの、店長これ」

 永見はレジにそのソフトを持っていった。

「あれま、こんな欠陥品買いとってたんだな。ったく、使えないアルバイトもいたもんだ。……なに、もしかしてコレが欲しいの永見くん?」

「いやぁ、欲しいっていうか、タイトルと値段を知りたくて……」

「それならタダでいいよ」

 店長は妙に上機嫌だ。

ほい、と真っ黒な手提げ袋に入れて、店長は永見に渡す。

「さっき儲かったし、いつも永見くんは買ってくれるからね」

「ありがとうございます」

「いいってことよ」

 永見はそのまま鞄にソフトを仕舞う。

 そして、店を後にすることにした。

「じゃあ、また来ますんで」

「あいよー」

 馴染みの店というのはいいもんだ。

 それがあまり売れないゲーム屋でも、永見にとっては心の安らぎとなる。生粋のゲーマーである彼にとって、ゲーム屋は回復スポットかもしれない。

 どんなゲームなんだろう、と永見は想像を膨らませながら歩いていると「ちょっと」と呼びとめられた。振り返ると、そこにいたのは自転車から降りている警官だった。40代ぐらいの人相をしていて、声はドスが利いて低い。

「キミ、この子を見なかったか?」

 警官の手には写真が握られていた。

 よく分からないまま、永見は写真を見る。そこに映っていたのは一人の女の子だった。

「どうしたんですか、この子」

「それが昨晩、家出したらしく、ご両親から捜索願が出されているんだ」

「そうですか……」

 と、永見は思い出した。

 そういえば、ゲームショップの入り口でぶつかった子と似ているような……

「あの、もしかすると見たかもしれません」

「どこで!」

 警官も必死なのだろう。永見の肩をぎゅっと掴んだ。

「さっき、そこのゲームショップから出てきて……」

「どうも」

 話し終わる前に警官はゲームショップに向かいだした。

(家出か……)

 そう一瞬考えたものの、永見の思考はすぐに鞄の中のゲームソフトに戻る。

 それがゲーマーというものだろう。


 ゲームショップに警官が入って行った。

「すみません、この子がここに来たとの情報を得たのですか」

 先程、永見に見せたのと同じ写真を店長に見せる。

「あぁ、さっきゲームソフト一本買っていきましたわ」

「なるほど、そうですか」

 と、警官は耳に着けているイヤホンに手を当てた。

「……はい……はい……そうか、保護しましたか……なに、ソフトが違う……例のブツではなく、マリオのゲームになって……」

「あぁ、そうですよ、その子マリオのゲーム買って行きました」

 その店長の言葉に、警官は反応する。

「他にソフトを持っていませんでしたか?」

「ソフト……さっ、さぁ? 何も持って無かったと思うけど……」

「そうですか……、では、分かりました」

 何を思い立ったのか、警官は入り口に向かうと、店のシャッターを勝手に下ろした。

「おいちょっと、営業中なんだけど」

 そう怒る店長へ向けて、警官は銃口を向ける。

 店に流れる軽快な音楽に、パスっという渇いた音がのった。

警官のフリをした男の手に握られているのは、サプレッサーを装着したオートマチックの拳銃。それは日本の警察官には支給されていない型だった。

男は無線にこう告げる。

「例のブツは恐らく、モノレール駅近郊のゲームショップにある。まったく、ゲームソフトを隠すなら、ゲームショップの中か」

 その独り言に、店長は反応しない。



 モノレールに乗って、永見は帰路についていた。

 現在、大学2年生である永見は、大学からモノレールで5駅離れたアパートに暮らしている。その中間の駅に、先程のゲームショップがあり、永見はわざわざゲームショップに立ちよるためにモノレールから降りたのだ。

 本日遊ぶ分を鞄に忍ばせ、外を眺める。

 彼ら暮らしている街は近代化の進んだ大都市だ。多くの人々が行きかい、とても賑やかしい場所なのに、永見にはどこか空虚に感じていた。

 こんなにも人がいるのに、知り合いは誰もいない。一緒にご飯を食べることも、一緒にお喋りすることも、挨拶さえすることもない。そこにいてそこにいない。同じ人間でありながら、どこか違う存在に感じてしまう。

 今日も、ゲームか……

 モノレールから降り、アパートに着くと、永見はまずペットボトルに入ったミネラルウォーターの口を開けた。水道から水は出てくるものの、それは田舎育ちの永見にとってあまりにも不味いものだった。

 水を飲み、携帯電話を開くとメールが一通来ていた。


『送信者:母親

 件名 :なし

 内容 :ちゃんとご飯食べてる?

     たまには電話しなさいよ』


 あまり友達のいない永見にとって、母親は一番のメル友かもしれない。そう思うと寂しいかもしれないが、このメール一通だけでも永見にとって嬉しかった。

「夜にでも電話するかな」

 携帯を閉じ、鞄からゲームソフトをとりだす。

 永見家のテレビにはいつもスーパーファミコンが繋がれている。次世代と呼ばれるハードは姿形もない。この家での最新ハードはスーパーファミコンってことだ。

 しかし、この家のスーパーファミコンは少々変わった構造をしていた。というのも、スーパーファミコン本体の下に、本体よりも大きな機械がついている。これはサテラビューといって、かつて衛星を使ってデータを受信して、新しいゲームを楽しめた優れモノだ。

 だが、時代の流れというものか、そのサービスはとっくに終わっており、いまとなってはコレクター商品でしかない。その事実を知ってか知らずか、永見は気に入ってサテラビューをつけていた。

「ふーーー」

 ROMカセットの端子に息を吹きかけ、永見はソフトを本体に差す。そして、電源を入れるとテレビ画面には……なにも映らなかった。

「あれ、壊れてんのか」

 何度か電源スイッチを切ったり入れたりしていたとき、急にぱっと白い線が画面を走った。数秒後、小人が画面端から顔を出した。ドット絵で描かれたキャラクター。それがトコトコと歩いて、画面中央で立ち止まった。

『コンニチ ハ』

 ぴぴぴという音に合わせて文字が表示される。

『アナタ ガ ヒメサマ ヲ スクウ ユウシャ カ?』

 そして選択肢が現れた。

『Yes / No』

 何気ない質問。

それに対してYesを選ぶことは多くのゲーマーにとって当然の行為だろう。

『Yes』

 永見がそう、コントローラーのAボタンを押したときだった。

 画面が真っ白になり、そして先程までドット絵のキャラクターだった小人が、まるで最新ゲームのCGのように綺麗に表示された。さらに、カタカナで喋っていたのに、文字が表示されることなく永見に喋りかけてきた。

「お待ちしておりました、勇者さま」

突然のことに戸惑いながらも、永見はAボタンを押す。

 ……反応がない。

「壊れてのか、これ」

「いいえ、壊れておりません」

 永見の独り言に対して、画面の中にいる小人は反応した。

「あれ、スーパーファミコンって音声認識機能あったっけ?」

「さぁ、それはどうでしょう?」

「どうでしょう、って喋っているし」

「そうですね、じゃああるのでしょう」

 音声認識機能はスーパーファミコンではない。

 この次のハードである、ニンテンドー64ではマイクを使ってキャラクターに話しかけるゲームもあったが、それよりも遥かに高度な処理を行って小人は会話しているようだ。

「そんなことより、勇者さま、姫様をお救いください」

 画面には衛星写真が表示される。

「姫様はここで捕まりました。このワタクシを守るために、姫様は頑張ってくださったのに、それなのにワタクシは何も出来ない……」

「これって、ゲームショップの近くだよね」

「そうです、そこで貴方はワタクシを見つけてくださいました」

 そして写真が切り替わる。

「このお方が姫様です」

 一人の女の子が映し出される。

 もう忘れかけていた、永見とゲームショップの入り口でぶつかった女の子だった。

「この人を救う?」

「えぇ、貴方は先程契約してくださいました。姫様を救うと」

「だって、あれはゲームの始めるための選択肢だろ」

「ゲームですか、そうかもしれませんね。これはゲームなのです」

 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。

 小人の言葉を遮るように、ドアがどんどん叩かれる。

『永見さん、警察です。開けてください、警察です!』

 その声が永見を恐怖させる。

「なんだよ、これ……」

「まずは逃げましょう、貴方はまだ弱い、逃げて強くなるのです」

「逃げるってなんで」

 その問いに答えるように画面に見たことのある光景が映される。

「またゲームショップ……」

「えぇ、その監視カメラです」

 右上の時刻は、永見が店を出た後を指している。

 映像の中で店長は警官と話している様子で、音声までは記録されていない。会話の内容は分からないが、それが異常事態を示していることは永見でも理解できた。

 なぜなら、警官が突如拳銃を持ち出すと、店長を撃った。

「殺したのか……」

「それがヤツらの手口です」

 小人は冷静にそう言う。

「貴方は勇者でも、まだ彼らには勝てない。だから、逃げるのです」

 画面にはベランダを指し示す矢印が表示された。

「さぁ、はやく!」

 と、言われても永見は動かない。

 それはそうだ、こんな突拍子もない話しを誰が信じるものだろうか。

 しかし、確実にその時は迫っていた。

 玄関のドアノブがガチャっと回る。合鍵か、もしくはピッキングか、何らかの手段を用いて警察は突入してこようとしている。すでに迷っている時間はない。決断しなければ、ゲームオーバーになることは目に見えている。

「ヤツらが来ます!」

 小人の忠告と同時に、玄関が開いた。

 そこに立っていたのは、三十分前、永見に話しかけてきた警察官。そして、監視カメラに映って店長を殺した犯人。

「まさかキミが、ね……」

 警官が拳銃を持ちだす。

「さぁ、はやくソフトを渡せ」

 と、警官は永見がコントローラーを持っていることに気づく。

「まさか、起動させたのか! しかし、条件を満たすためには……」

 銃口は宙をさ迷い、スーパーファミコン本体に焦点があう。

「貴様! なぜ、サテラビューを!」

 銃弾がスーパーファミコンを壊す。

 テレビ画面から小人は消え、ノイズが走る。

 そうして、やっと永見は信じれた。さっきの小人が言っていたことも、あの映像のことも、少なくとも逃げなくちゃいけないってことは本当だって。

 だが、遅い、もう彼一人の力ではどうにもできない状況に陥っていた。

 銃口が永見を捉える。



☆時間は一時間遡る


 そこは港にある倉庫街、二人の人影が駆け抜けていた。

「姫様、お体は大丈夫ですか」

「えぇ、ゼアル、心配には及びません」

 姫様と呼ばれた女性は、あまり体力がないのか息を切らしている。それに比べて並走する男は平然とした表情をしていた。二人はどうやら逃亡しているらしい。彼らに遅れて、複数の足音が響いている。追手だろうか。

「すみません、ゼアル、貴方まで巻き込んで」

「いいんです。私は姫様に忠を尽くすのみ」

 そう言ってゼアルは胸に手を当てた、そのときだった。

「みぃーつけた!」

 彼らの前方の倉庫の屋根に、不穏な男が立っていた。

 妙に舌の長い男で、ペロッと鼻尻を舐める。目つきは異様に鋭く、彼らを見下ろす視線には愉悦が含まれているようだ。これからまるでゲームを始めるかのように。

「姫様、ここは私が」

「でも――」

「ヤツは能力者です。貴方には太刀打ちできない」

 ゼアルは路地を指差した。

「あそこから逃げてください。すぐに後を追います」

 姫様はうなづくと「生きてください」と走っていった。

 残された二人は、互いに視線をぶつけ合う。

「あー逃がしちゃったよ、しかたねぇーなー」

「その割に、追わないのですね」

「そりゃそうだろ、てめぇを殺した方が面白いに決まっているからな!」

 と、不気味な男は腕を広げる。

 途端、真っ赤な炎が羽を広げるように噴き上がった。

「ひ、ひゃひゃひゃ、燃やす、燃やしつくしてやる!」

「この狂人が……」

「狂人じゃねぇ、オレ様は炎のマジシャン・ファイアーレッド様だ!」

 噴き上がった炎が、一斉に天から降り注ぐ。それは真っ赤な雨だった。倉庫の屋根を燃し、道路のコンクリートを溶かし、ショートした電線が火花を散らす。

「ひゃははははは! これが芸術、これがイリュージョン!」

「くだらない」

「はぁ?」

「くだらないと、言っているんだ!」

 瞬間、いかに炎の雨をかいくぐったのか、ゼアルがファイヤーレッドの目前に迫っていた。血管が浮き出るほど、強く握られた拳をゼアルは振りかざす。

「――終了だ」

 拳はファイヤーレッドの顔面に食い込み、そして吹き飛ばした。その屋根から、地面にたたきつけるように。

「うぎゃああああああああ」

 ファイヤーレッドは隣の倉庫、そして、その隣の倉庫と、あらゆる倉庫を突き破りながら、吹き飛ばされていく。その際に、体からは炎がもれ、倉庫に内蔵されている物資を燃やしつくしていく。

「ちくしょう、まだオレ様は――」

 やっと止まったとき、彼の目に留まったのは一つの注意書きだった。

『火気厳禁』

 ファイヤーレッドの背後には山積みになった荷物があった。そのどれにも、火気厳禁のマークがついている。そう、彼が止まったのは運の悪いことに火薬を保管している倉庫だった。

「んな……ばかな……」

 体から漏れる炎は、それらに引火した。

 直後、倉庫は大爆発を引き起こす。

 倉庫からは色とりどりの花火が撃ちあがった。夕暮れの空に、唐突に始まった花火大会。何も知らない人々は、遠くからそれを興味深く眺める。

 同じようにゼアルもその光景に浸っていた。

「本当にイリュージョンが出来るのですね」

 しかし、すぐに緊張した面持ちに戻る。

 しょせんこれは雑魚の追っ手を一つ片付けたに過ぎない。ゼアルはすぐに姫様を追うことにした。


 ここ、未季市は、人口十万人の大きな港街だ。街の中央には、海辺から山間付近まで繋ぐモノレールが走っている。多くの市民はモノレールを利用して、通勤、通学を行っている。平日の朝や夕方となれば、駅はごった返すほどの人だかりになり、モノレールは多くの人を掃き出し、同じぐらいの人を吸い込んでいく。

 そんな夕方の駅、多くの人々が唐突に打ち上げられた花火を見上げているなか、警察が睨みを利かせていた。無線からは現在の状況が知らせられる。

『バス、タクシー、モノレール、各種交通手段を全て掌握した。ヤツを捉えるのは時間の問題だ。各自、警戒せよ』

 現在、港地区への交通網は封鎖された。といっても、元々、港地区への出入りは少ない。

 逃走中である、姫様に港地区外への逃走ルートはないはずだった。

「たっ、助けてください」

 港地区、倉庫街に隣接する道路に一台のタクシーが止まっていた。

「あの、開けてください」

 運転手は新聞を顔に乗せている。寝ているのか、反応がない。

 姫様が起こす勢いでドンドンとガラス窓を叩くと、ようやく新聞からサングラスをかけた顔を覗かせた。歳は三十代ぐらいだろうか、だるそうに欠伸をする。

 運転手は助手席の窓を数センチ開けた。

「なに、どうしたの?」

「のっ、乗せてください」

「乗せる……目的地は?」

「目的地ですか」

 運転手は疑うように、姫様に質問を投げかける。姫様も運転手の様子が奇妙なことに気づいたのか、表情をこわばらせる。もしかしたら、この人も組織の人間かもしれない……。

 しかし、それでも助けを求めるしかなかった。

「ないです。目的地はありません、とにかく助けてください」

「ほぉ、面白い。まさに、サスペンスだな」

 その言葉の直後、後部座席の扉が開いた。

 姫様が振り向くと、すでに警官たちは迫っていた。

 慌てて後部座席に乗りこむと、タクシーの扉は閉まり急発進する。

「すみません巻き込んでしまって、実は私……」

「おっと、正体は言わなくていい。俺はこういうサスペンスを待っていたんだ」

 運転手はバックミラーを眺める。

「花火に警官と、これがただことじゃねぇぐらい、バカでもわかる。いいねぇ賑やかで物語の始まりにゃ、もってこいの演出じゃねぇの」

「あ、あの、前!」

 前方の道路は、二台のパトカーによって完全にふさがれていた。

「嬢ちゃん、シートベルトをしっかりとな」

「はっ、はい!」

 車は急旋回すると、倉庫に突っ込んだ。

 破損した扉がタクシーにぶつかり、窓ガラスには罅が入る。そんな状態にもかかわらず、運転手は愉しそうに車体に取り付けている無線を操作する。後方からはパトカーが追いかけてきているのに、焦っている様子はない。

 無線から声が聞こえてきた。

『ヤツは港地区倉庫街を逃走中。タクシーを利用している模様。対象車は市内タクシーとは合致せず、なんらかの組織が加担していると予測される』

「まったく警察は妄想癖がひどいね。俺が何かの組織の一員だと思ってやがる」

 そう運転手は笑うものの、姫様には面白いポイントが分からなかった。

「ヤツらは勝手に世界を制圧していると勘違いしてやがる。だから俺みたいな好奇心の塊がなんの意図もなく嬢ちゃんを逃がしてるって思わねぇ。まぁ、なんにしろあいつらは追ってくるだけだけどな」

「あの、どうして私のためにここまで……」

「助けてって、言ったじゃねぇか」

 バックミラー越しに二人は目が合う。

「……なんてな、ただの好奇心だよ」

 無線から警察官の声が飛び交っていた。

「どうやら、やつらはここら一体の車道を塞いでいるみたいだ。だが、安心しな。逃走ルートは道路だけじゃねぇってな」

 タクシーは倉庫を抜けると、貨物列車の待機所に出た。

「まさか、線路を……」

「おうよ、そのまさかよ」

 さすがに警官はこのルートを想定していなかったのか、パトカーは一台も見当たらない。

「サスペンスに時刻表は当然の知識だからな……、といっても貨物列車までは知らんが」

「んなー、危険です! 危ないです! 死にたくありません!」

 なんということだろう、警察官に捕まった方がまだましだったと姫様は後悔していた。

 窓に映る景色は変わっていく。普通は見れない、車からの景色。ガタガタと揺れて乗り心地は最悪だけど、どこか清々しい思いが姫様にはあった。

 手に握るのは一本のゲームソフト。

 もう手にする人も少なくなった灰色のROMは、少しザラザラしている。

「お嬢ちゃん、それは懐かしいものもってんな」

 バックミラー越しに、運転手は微笑む。

「知ってるのですか、これを」

「あぁ、もちろん、スーパーファミコンだろ。俺もよく遊んだよ」

「遊んだって……今は?」

「遊んでねぇな。最近はゲームも現実みたいになって、綺麗だろ。みんなそっちを遊んでんだろうなぁ。次世代ゲーム機とか、携帯電話とか今はどこでも綺麗なゲームで遊べるようになった。そういうもんだよ、ゲームって」

「そういうもん、ですか……」

 ミラーに映る姫様の顔はどこか寂しそうだった。

 運転手は人差し指でサングラスを押さえる。

「まぁ、いくらその見た目が色褪せようと、ゲームを遊んでいたもんにとっては綺麗に残っている。勇者となって冒険した時間は、ずっと綺麗に」

 よく見ればそのROMカセットは半分黄色くなっていた。

 車内では警察官の声が響く。ずっと無線を傍受して、運転手は情報収集に抜かりはなかった。それとは異なり、当事者である姫様には何も聞こえていなかった。まるで思いをはせるように色褪せたROMカセットを見つめる。

 いつの間にか車は線路を外れ、住宅地を走っていた。

「ここで降ろしてください」

 姫様の声に、運転手は急ブレーキをかける。

「どうした、もういいのか?」

「えぇ、これ以上迷惑をかけれません」

 姫様は手提げかばんからお金を取り出そうとした。

 それを遮るようにタクシーの扉は開く。

「お代はいい。俺はサスペンスを堪能した。それだけで充分さ」

「でも……」

「はやく降りろ。そしてとっとと逃げな」

 姫様はタクシーを降りた。

 そして、振り返りお礼を言おうとしたときだった。

「あれ、どうして……」

 そこにタクシーの姿はなかった。

 彼女が立っているのはゲームショップの前。

 これから数分後には永見がやってくるゲームショップの。



☆時は戻る


 銃口は永見を捉えていた。

「これでゲームオーバーだ」

 その言葉と共に警官はオートマチック銃を撃った。

 パスッという乾いた音、それだけで一人の人生が終わるはずだった。

「うおおおおお!」

 撃たれて死んだはずの永見が警官に突進していた。

 呆気にとられたのか、警官は避けることを忘れ、永見のタックルによって備え付けのキッチンに体を打ちつけた。

「なぜだ、なぜ生きている!」

 あの瞬間、永見はとっさに手で頭を庇っていた。

だから考えられる可能性としては、銃弾が手に当たり銃弾が頭に届かなかったということだ。しかし、盾となった手からも出欠が見られない。ということは、外したのか。

 その警官があらゆる可能性を考えていると、玄関から応援がやって来た。

「新谷さん、大丈夫ですか!」

 タックルをかまして、息を切らしていた永見は、ふと我に返ったのかベランダを見つめた。

 ノイズが走るテレビから音がする。

『サァ……トブノデス……ユウシャサマ……アナタ……ナラ……』

 警官の足音が増える。

『ヒメサマヲ……』

 永見は息を飲んだ。

『……スクエル……』

 そして、無謀にも走り出した。ここはアパートの八階、にも関わらずその走りには迷いがなかった。まるで、これから空を飛ぶように、ベランダの柵に足をかけ、飛び出した。

 無謀にも、無茶苦茶にも、永見は宙に身を放つ。

 だが、やはり重力には逆らえなかった。

 永見は放物線を描くように、道路に落ちていく。

(騙された)

 と思っても、遅すぎる。空中では為すすべがない。

(このまま死ぬのか)

 諦めるように目を閉じたときだった。

 永見の体がふっと軽くなる。

「見つけたよ、勇者さま」

 空中で彼を掴まえたのは、箒に乗った女の子だった。



 × × ×


 警官の服装をしていた新谷はベランダから無線で連絡する。

「状況は最悪のことになった。新たなる勇者の誕生は防げなかった。そのうえ、ヤツの仲間はすでに姿を現した。あぁ、そうだ、光の魔女だ」

 無線を切ると、新谷は胸ポケットから煙草を取り出す。そこへ新谷のピンチに駆けつけた新人警官がライターを差し出した。

「火っす」

「……あぁ」

 煙草を咥えたまま火をつけると、新谷の緊張はほぐれる。

「十年ぶりの再会に挨拶はなしか……」

「新谷さん、あの男と知り合いっすか?」

「ちげぇよ……」

 新谷はほとんど吸ってない煙草を若手警官に渡す。

「吸っていいんすか?」

「気持ちわりぃ、捨てとけってんだ」

 そうだ、と新谷は足を止めた。

「お前、名前なんて言うんだ」

「自分っすか、自分は藤沢っす」

 敬礼する藤沢に、新谷は目を細めた。

「そうか……、藤沢、これから長くなるぞ」

「はい! お任せください!」

 二人は部屋を後にする。

 だから気づかなかったテレビのノイズがプツンと切れたことに。


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