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【ゴ】

【ゴ】 新町 桜


 目覚めると玄関でうつぶせになっていた。

 桜は飛び起きて足下にあるはずの新聞紙にくるまれた首を探した。

 何も無い。

 玄関には自分の靴とサンダルが無造作に置いてあるだけだ。

 ドアに手を当てて押してみると、昨夜は絶対に開かなかったドアはすんなりと開き、蒸し暑い空気がここぞとばかりに流れ込んできた。

 玄関を全開にして、ストッパーで止める。

 まだ日の昇りきらない夏の朝は、涼しくて綺麗な空気で辺り一帯は潤っていて、暑い空気で涼しすぎる部屋の温度が快適になる。

 寝室の戸を開けてみるが、取り立てて変わった様子は無い。エアコンは付きっぱなしでひんやりとした風が吹き抜ける。

「夢? だったの?」 

 昨日のあれは夢なのか現実なのかの区別がつかなかった。現実と夢との間で踊らされているような、そんな不思議な感覚。宮前タイラに電話をしてみたが、そう、繋がることは永遠に無い。


「タイラ、なにやってんだろこんなときに」

 飼っている猫の姿もどこにも見当たらない。

 居ても立ってもいられなくなった桜は、デニムにタンクトップというラフな格好に着替え、財布と携帯だけ持って外へ飛び出した。

 今日は家に帰りたくない気分だった。

 猫が帰ってくるかもしれないのでエサと水、それからいつも通り台所を少しだけ開けておいた。

 バイト先に行ってみたが相変わらず忙しそうに動き回っていた。

 これでは話をする時間もないしタイラのことを聞く余裕もないなと諦め、邪魔にならないように店の端っこの席に腰をかけた。

 勝手にやれと言われた通り、自分で作ったコーヒーを飲む。

 カウンターの上に乱雑にに置いてあった新聞に目が釘付けになった。客が読みっぱなしにしたのだろうか。几帳面な店長が読みっぱなしにするはずが無いと桜は思い、もう一口コーヒーに口をつけて新聞に目をやった。

 また、あの駅で事故があったと書いてある。

 若い女性というワードに桜の心臓が跳ねた。

 まさかという思いが全身に走る。

 もちろん名前は書かれていないが、見覚えのあるホームなのは、確かだ。

 カウンターに音を立てて置いたコーヒーカップからコーヒーが跳ねて、カウンターの上に茶色い水たまりを作った。


「店長......これ」

 震える手で新聞を持つ桜は、記事を読みながら他のことを考えた。

「何? どうしたの? なんでそんな震えてるわけ?」

 手を休めることなく傍らで桜の呼びかけに答える。

「これって、だって......」

「どれ?」

「これなんだけど」

「何? どうした?」

 無言になる桜の目の前には店長の顔。気になって手を休めて桜の前に両手をついた店長は桜の目をじっと見た。

「これ、まさかと思うけど、知ってる?」

「ん? あぁ、最近多いんだよな。ここなんかの曰く付きなんかじゃないの?それがどうした?」

「.........タイラ、バイト来てる?」

 店長の顔が曇り、眉の間に皺が入る。

「まさかこれが? とか思ってねーよな? 確かにタイラちゃん最近無断欠勤続いてるんだよ。電話しても出ないし、実家にも帰ってないみたいでちょっと問題になってるのは確か。お前が来た時にでも聞いてみようかって思ってたとこ」

「やっぱり。なんかおかしいと思ったんだ」

「おいちょっと待てよ」

「そういうことなんだ」

「まさかお前......」

 これ、タイラだ。絶対これタイラのことだ。

 という桜の直感は当たっているが、まだこの時点では確証は持てなかった。証拠がつかめないし憶測でそうは考えたくなかったということもある。

「私、行ってくる」

 コーヒーを一気に飲み干すと、

 止める店長の手をかわし、桜は店を飛び出した。後ろで店長が何か叫んでいるが、桜の耳には雑音にしか聞こえない。

 熱い空気がそこらじゅうに漂い、風の流れに乗って自由に泳いでいる。

 道路の片隅に無残に転がされた黒猫の残骸のようなものに桜はびくりとして足を止める。

 遠くからじゃ分からない。恐る恐る近づき確認するが、それはただの黒い服のかたまりだった。

 よかった。胸を撫で下ろす桜はそのまま向かう。

 例の駅へと。みんなが死んで行く、あの駅へと走った。


 昼間の駅に人がいないなんてことはありえないんだけど、今日に限っては誰もいない。うるさく鳴く蝉の声とじりじりと焼け付き始める太陽に温められるアスファルト。

 駅構内は静かで、そこだけ現実から突き放されたように冷たい。定期で改札を抜け、あのベンチへと向かう。目の前にはあの墓地の絵の看板があるはずだ。

 たぶん、そこだ。

 階段を上がり、ホーム上に出る。

 生暖かい風が桜を頭から包み込む。

 深呼吸し、一歩前へ蹴り出す。

 ベンチには誰もいない。

 誰も座っていないけど何かがいそうな気配はした。注意深く周りを確認するが、桜以外他に人はいなかった。

 線路の方へ足を向ける。

 茶色い枕木が永遠と続く。カゲロウが立ち始める茶色いレールを見ていると、あの時の記憶が鮮明に思い出された。

 ここできっとタイラが死んだ。

 たぶん、そうだ。

 用賀もここで死んだ。

 繋がってる。だから、やられるなら次は私だ。

 半ば確信している桜は恐怖よりも怒りの感情の方が大きく心を支配していた。


「来るなら来てみろっていうのよ。ふざけるな! なんならもう一回オナジメにあわせてやる」

 こぶしを握りしめながらホームのぎりぎりのところまで歩き、下を見た。

 タイラの残した何かが見つかるかと思ったが、そこには何もなかった。

 きっと長いトングのようなもので、機械的にタイラの肉片はゴミ袋に入れられて業者の元へ運ばれたのだろう。

 でも、ここにはタイラと用賀の血肉がかすかにでも残っているはずだ。

 同じ場所だったら、混ざっているかもしれない。

 その拾われなかった血肉は、この土の中に吸収されて、もしかしたら体液や脂肪などは溶け込んで染みついているかもしれない。

 小さくてもいい、ここにいた証拠が何かが見つかるかも知れないと思い、目を懲らしてよく見た。

 しかし、やはり何も見つけることは出来なかった。


 後ろでにこやかに笑って立っている女が二人いることになど、線路に気を取られていた桜は気付くことがなかった。

                                  

「なに・・・してるんですか?」

 不意に聞こえた声に振り返る桜は、そこには鞄を胸の前で抱えた浅黒い肌の色の女の子が立っていることに気付いた。

「だれ?」

「......」

「何?」

「離れたほうがいいと思いますよ」

「なんでよ」

「そこは、危ないから」

「あんた...なんか知ってるわけ?」

「タイラさんの友人...ですよね?」

 タイラのことを知っていると言ったこの女子は、タイラがここから飛び込む様子を一部始終見ていたと言った。

 なんで助けなかったのかと桜がまくしたてると、硬く口を閉ざし下を向いたまま黙ってしまった。

 それ以降、桜の問いかけに答えることもなく、首を縦や横に振るだけで、視線も合わせようとしなかった。

「だって」

 ちらりと自分の後ろを振り返る。

 桜も目を動かすが、そこには誰もいない。

「なに?」

「あ、やっぱり」

「なんなの?」

「ここには来ない方がいいと思いま......ひゃっ」

「どうしたの?」

 横に1、2歩飛ばされる格好になった女子は、なんでもありませんと下を向いた。

「だれなのあんた? ここで何があったか知ってるなら教えて。確かにタイラは私の友人で、ここで死んだのがタイラなら、どうしてそうなったのか教えて欲しい。お願い」

「...あ......そうですかそこまでは......はい、私は...富多子です。ええと...」

 桜じゃない方、誰もいない方を見て話し始める態度に君の悪さを感じるも、タイラとの経緯を少しずつ話し始めた富多子に桜の顔が歪んだ。

「じゃぁ、やっぱり落ちたのはタイラなんだ」

「はい」

 線路に目を向ける。

 枕木の間には砂利と紙くずが落ちている以外他には何も見当たらない。

 何も無い。

 なんで? どうしてタイラなそうなった? 線路を見ながら考える桜の耳にアナウンスが入る。

 富多子が後ずさる。

 桜はベンチの方まで戻り、そこに腰掛けた。

 汗が頬をつたい顎にたまり、落ちる。

 電車が速度を落としてゆっくりと駅に入って来た。


 警笛は鳴らさなかった。



「桜さん...電車、乗らないんですか?」

「え? あ、あぁ。そう......電車」

 ドアが閉まる合図が聞こえると、思い出したように腰を上げて足早に電車に乗り込んだ。

 ちょっと待って。

 なんであの子、私の名前知ってたの? しかも私、別にこの電車に乗らなくても良かったんじゃない? 取り立てて向かう場所もないし、そもそもがこの駅に用事があって来たわけだ。

 遅い。

 電車が動き出してからその疑問にぶち当たるが、既に降りることは出来ない。

 ベンチの横に立っている富多子は相変わらず下を向いたままで顔が見えない。  電車が通過した後、富多子はのんびりと顔を上げた。

 その顔にはぬめっとした笑顔。

「よかったですね。今日じゃなくて」

 独り言のようで、そうではない。

 見えない誰かと話をしているようにすら見える。

「いつなんですかそれって? はい? まだ分からない? はぁ、そうですか。え? 見たいかって? あぁ......はぁ......そりゃぁ」


『一回見ると癖になるでしょ? 今度はどうやって料理しようか。あなた、好きだからまた見せてあげる』


 声は富多子にしか聞こえない。

 自分の内側から発せられる声なのか、はたまたそこに誰かがいて何かを言っているのか。

 富多子のとろんとした笑みだけがそれを答えてくれる。

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