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【ニ】

【ニ】 富多子


「どうしたの? 浮かない顔して。なんかあったなら話聞くよ」

 あざみはホーム上に設置されているベンチに座り、隣にいる痩せこけた女子高生に話しかけた。

「もう...ダメかもしれないんです私」

「何かあった? 言ってみて。楽になるとおもうけどな」

「実は...」

 ぽつりぽつりと話し始める女子高生は、自分が部活内でいじめにあっていることを告白した。

 テニス部に所属している彼女は浅黒く締まった体をしている。見た感じいじめられるようなタイプではない。その逆で、誰からも好かれるような容姿を持っているように見える。

 部室内で彼女のラケットやシューズが頻繁に無くなったりゴミ箱に入れられるようになったのは最近の出来事だ。

 最初は何かの間違いかなんかだろうと気にも止めていなかったが、毎日のように重なって起きると、さすがにこれは気のせいなんかじゃないと思うようになったが、ついに昨日、決定的な言葉を耳にしてしまったということだ。

富多子ふたこを仲間はずれにして、今後の試合にも出さないことにしようって部員全員が話してた」

「富多子ちゃんはそれを聞いて何か言ったの?」

「言えないよ。だって部室の外で聞いちゃったんだもん。怖くて、何も聞けないし」

「なんでそうなったか、覚えは無いわけ?」

「......」

「で、今この時間にいるってことは、今日は部活は休んだってことだ?」

「そう。行けなくて。だってもうどうしたらいいのか分かんないし。どうしよう。これからどうしたらいいんだろう。私何かした? ぜんぜん分からない」

 顔を両手で覆い、うわっと泣き出した富多子にあざみは骨のように白いハンカチを差し出した。

 子供の頃から続けているし、テニスが好きだから辞めたくない。でも、こんな状態じゃ怖くて部活なんて行けないし、学校にだって行きたくないと言った。


「行かなければいい」

「...」

「部活なんて辞めちゃえばいい」

「何言ってるんですか。できるわけないじゃん」

「なぜ? 出来るよそんなこと簡単に。じゃぁ、なぜ辞められないわけ? そこまでしてそこにいる必要があるかな?」

「そんな簡単なものじゃないよ...だって」

「ね。そう思ってるだけ。自分でそういう風に考えちゃってるだけで、今は確かにそう思うけど、私みたいになっちゃえばそんなこと思いもしなくなる」

 あざみのある意味では的を射た答えにびっくりした富多子は隣に座っているあざみの目をじっと見た。

 いくつか言っている意味が分からないところがあるが、それを頭の片隅に置いて聞くと、妙に納得させられるところもあった。

「ここにおいで。嫌なことは忘れさせてあげられると思うよ」

 あざみは富多子の手を取った。その手はひんやりと冷たく、決して心地のよい手触りとは言えなかった。

「相談に乗ってくれて、どうもありがとうございました」

 その冷たい手の感触に気味悪さを感じた富多子は、失礼の無いように手を振りほどくと、咄嗟にベンチを立ち、深々と頭を下げた。


「きっとまたここに来ると思う」

 下げた頭の上からあざみの声が聞こえたが、顔を上げるとそこにあざみの姿は無い。

 富多子の視線の先には今にも雨が降りそうに灰色く色のついた雲、顔を撫でる風は生暖かく、決して気分のいいものじゃない。

 誰もいないホームは横倒しにした墓石のように思えてならない。左右を見回すが、どこにもあざみの姿はなかった。さっきまでそこにいたはずなのに、跡形もなく、気配すらも無い。生唾をごくりと飲んだが、喉が渇ききっていてうまく喉を通らなかった。

 足下から風が吹き上げた。

 足首から順に撫で上がるように上がってきた風は、制服のスカートを焦らすように揺らした。

  長い髪の毛の先をさするように抜けた風は、雨の降る前の生臭い臭いを緩やかに漂わせ、行くべき場所へと流れていった。

 最後にもう一度前後左右を見回した。

 甘い血の臭いがどこからともなく富多子の鼻腔にたどり着く。

 臭いのする方へ顔を向けると、黒いカラスが1羽、ホームの端っこのほうで何かをついばんでいた。

 どこから咥えてきたのか分からないが、小動物のようにも見えた。足で器用にそれを抑えているがその黒い小さな塊はまだ動いていた。最後まで生きようとしているその塊は、カラスから逃れようと、もがく。

 富多子はカラスが自分を見ているような気になった。

  目をそむけようとした時、カラスは足で抑えつけている獲物に鋭いくちばしを突き刺した。

                                   

 ぎえぇぇぇ......ぐぐ...ぐぐ...ぐ...


 不気味な鳴き声が最後の鳴き声となったその小動物は、最後の最後まで足だけはばたつかせていた。しばらく痙攣し、動きがぴたりと止まるまでにはけっこうな時間がかかった。

 血のたっぷりと滴る肉を喰いながら、カラスが喜ばし気に鳴き声を上げて富多子の方を向いた。

 富多子は間髪入れず、階段を駆け下りた。

  走りながらも全身に鳥肌が立ち、怖い気持ちともっと見たいという複雑な気持ちが富多子の脳を支配し始めた。

 墓石の下に置かれている骨壺に向けて降りて行く、そんな複雑な心境なのに、心臓は高鳴る気持ちにさせられたのか、ドクドクと血液を体に流す。



 あざみは駆け下りる富多子の姿をホームの端から眺めていた。


 姿が見えなくなると、目の前で仕留めた獲物にくちばしを突き刺すカラスを手で持ち上げ、自分の目の前で握り潰す。

 小骨がばきばきと折れる音を辺りに響かせ、カラスの口から流れる血肉を飲むように自分の口元に持って行く。

 嬉しそうに微笑みながら、長い舌を出してそれを受け入れた。

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