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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第一章 宝石戦争開戦
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第九話 第一次ヴェルサイユ市街戦(1)

 ラピス共和国首都ヴェルサイユは、二千年以上の歴史を持つ古い都市である。

 10世紀後半、ブレントール帝国にヴェルサイユ伯爵領が創設されて以来、長きに渡ってこの地方の中心都市として栄えてきた。第二次世界大戦で王政が断絶した後も、城郭都市ヴェルサイユはその有り様を変えることなく、楼州大陸西部の雄、ラピス共和国の首都として発展を続けてきた。


 そのヴェルサイユ外縁部には、ヴェルサイユを守る壁として築かれた大規模な要塞群「ティエール線」がグルリと横たわっている。

 要塞そのものの軍事的価値は、航空機の登場によってほとんどなくなってしまったが、ラピス国防軍はこのティエール線を対空陣地として整備し、ヴェルサイユ防空網を形成していた。

 ラピス国防陸軍の内、第1・第2・第4の計三個師団がヴェルサイユ南西部に展開し、環太平洋条約機構(PATO)ラピス特別展開部隊(LSDF)もオーヴィアス連邦が派遣している二個旅団と、ブリタニア王国が派遣している一個旅団をヴェルサイユ市に展開している。


 そのヴェルサイユ上空は、ラピス空軍とPATO空軍が常に哨戒飛行を続けている。レーダーに捉えにくい新型機が登場したことで、哨戒飛行の重要性は増していた。


 6月28日午前4時22分。哨戒飛行中のラピス空軍機が、敵機と交戦、という通信を最後にロスト。ラピス国防軍はレウスカ人民軍によるヴェルサイユ攻撃が開始されたと判断し、市街全域に避難命令を出し、同時に南西部に展開する部隊に対して、防衛戦の準備を命じた。

 そして、午前4時50分。レウスカ空軍の大規模な航空支援の下、レウスカ人民軍がティエール線への攻撃を開始。


 後世、第一次ヴェルサイユ市街戦と呼ばれることとなる戦いの幕が開いたのである。




 レウスカ人民軍の攻撃開始から一時間、ティエール線は未だ持ちこたえていたが、通信が途絶する部署も出てきており、防衛側は不利な状況であったと言える。


 ティエール線の中でも一番の要所と言える、ティエール線と高速道路(オートルート)A12号線の交差点、通称「バスティーユ門」では、ラピス国防陸軍第1機械化歩兵師団の精鋭部隊第1狙撃連隊が、レウスカ人民軍の猛攻を防ぎ続けていた。

 要塞の中を通り抜ける構造となっているA12号線は、隔壁によって完全に閉鎖されており、第1狙撃連隊は要塞線からの支援砲撃を背に、各所の塹壕や廃墟を利用した市街戦を繰り広げていた。


『連隊本部より各員。敵の第三波が到来。所定の位置で待ち伏せせよ』


 この要所を守る第1狙撃連隊の兵士には、M501装甲服「ノイス」が支給されている。このM501装甲服は、1989年に日本が開発した世界初の軍用パワードスーツである、HAC-1重甲冑「迅雷」をモデルに、オーヴィアス連邦が制作したものだ。

 高い防弾性能もさることながら、人工筋肉の補正によって、従来であれば砲兵が運用していた重火器を個人携帯することが可能になったり、あるいは二階程度の建物ならばジャンプで飛び越えることができたりと、市街戦においてとても有用な兵器となっている。


『チーム・ホテル、左方、マドレーヌ通りに敵部隊』

「了解」


 六人で構成された戦闘班が、建物の陰に潜んで敵部隊を待ち伏せする。彼らは敵部隊を視界に捉えていなかったが、拡張角膜が視界に投影する戦域情報システム(WAIS)には、敵の詳細な配置が表示されていた。

 建物を挟んで反対側の大通りを、装甲車二台と分隊規模の兵士たちが駆け抜けていく。最後尾が通過した瞬間、装甲服の六人は建物を飛び越えて通りに躍り出た。

 ガシャン、という音と装甲服の人工筋肉が発する独特の空気音にレウスカ兵たちが振り向くと、そこには戦闘ヘリや装甲車に搭載されているような大口径の重機関銃を抱えた装甲兵が立っている。


撃て(フー)!」


 恐怖に立ちすくんだレウスカ兵たちに対して、容赦のない攻撃が浴びせられた。あまりの威力に、生身の兵士たちは体を吹き飛ばされてしまっている。被弾した装甲車も一瞬遅れて爆発し、わずかに残った惨状を爆風と炎で焼き払った。すでに装甲兵たちは人工筋肉の恩恵を受けたバックステップで安全圏まで退避している。


 このように一見、圧倒的に見える装甲兵だが、無敵というわけではない。市街地をよく見れば、あちこちに戦車砲の直撃を受けたり、爆風に焼かれたりした装甲兵の遺体が転がっている。

 先ほど奇襲攻撃を成功させた装甲兵の集団は、WAISの情報に従って次の目標を待ち伏せしていたが、視界に突如として高脅威目標接近の警告が表示された。敵の攻撃機が接近してきたのだ。装甲兵たちは対空迎撃を試みるが、高速で飛行する攻撃機を歩兵が迎撃するのは至難の業だ。


「総員、退避! 全力機動で逃げろ!」


 爆弾が投下され、装甲兵たちが肉離れの危険性もある全力機動で退避する。だが、退避するにはあまりにも時間は短く、至近で投下された爆弾が炸裂する。強固な装甲服もズタズタに裂かれ、兵士たちは人体の限界を超えた衝撃を受け、戦死する。


 爆弾を投下した攻撃機はそのまま上昇反転して空域を離脱しようとするが、付近にいた別の装甲兵が報復とばかりに対空ミサイルを発射する。ミサイルに追尾された攻撃機は加速して必死に逃れようとするが、対地攻撃のために速度を落としていた機体はなかなか加速せず、ミサイルが命中。爆散した。


『こちら、中隊本部。チーム・ホテルは?』

「こちら、チーム・シエラ。全員やられた」

『了解した。増援は送られない。何とか支えてくれ』


 レウスカ人民軍の波状攻撃の前に、地上部隊は疲弊しつつある。これを支えるべき航空部隊も、地上と同じように圧倒的な物量に悩まされていた。


『こちら、第1狙撃連隊。敵の攻勢が激しく我々だけでは支えられない。航空支援を求む』

『こちら、司令部。手空きの部隊がいない。こちらも敵の攻勢を支えるので精一杯なんだ』


 その言葉通り、レオンハルトたちを含めた航空部隊は総力を挙げてレウスカ空軍との戦闘に臨んでいたのだが、いかんせん数に差がありすぎる。設定された死守ラインを突破されないようにするのが精一杯で、地上への支援までは手が回りきっていなかった。


 地上も空も、レウスカの攻勢に押されているが、それでも何とか支えられているのは要塞線の存在があってこそだろう。

 東から太陽が顔を見せ始めた頃、市街戦は一進一退の攻防を続けていた。




 市街中心部、国防軍庁舎のあちこちで重要書類の処分やデータの消去が行われている中、地下二階に設けられたヴェルサイユ広域防衛司令部では参謀やオペレータが刻々と変化する戦況を監視しながら、各級の部隊に指示を出していた。

 ヴェルサイユ広域防衛司令部は、ラピス国内の師団統括を任務とする第3軍団司令部がそのまま今回の戦いにおいて流用されている。そのため、ヴェルサイユ市街戦における最高指揮官は、第3軍団の司令官であるコルネイユ中将が務めていた。


「レーダーの調子はどうだ?」

「いえ、まだ復旧しません」

「開戦以来、電波妨害が著しく強化されています。西は新たな電波妨害システムを構築したのでしょうか?」


 参謀の意見に対して、コルネイユ中将は唸る。もしそうだとすれば、PATOは著しく不利な状況での戦闘を強いられることとなる。


「うかつに断言はできんが、現状はこうだ。その仮定に基づいて行動すべきだろう」

「はっ」

「閣下、ポイント・オベルカンフ、バタ行進連隊(RMaB)との通信が途絶しました!」

「何だと?」


 オペレータの悲鳴のような報告に、広域図が表示されたディスプレイを見る。ティエール線の内、オベルカンフ歓楽街に程近い地点を守っていたバタ行進連隊が潰走していた。

 すぐに情報が更新され、バタ行進連隊が守っていた地点から、複数の敵部隊が侵入していることが表示される。おそらく、防衛ラインを突破されたのだろう。


「状況確認を急げ! それから、空軍に支援要請を出せ」

「はっ」


 参謀やオペレータが慌ただしく駆け回る。通信士官の内、一人が手を挙げて叫んだ。


「連隊の生存者を確認しました!」

「通信を回せ」

『……こちら、RMaB、連隊本部所属のブリュネ少尉であります』

「ヴェルサイユ防衛司令部のコルネイユだ。何があった?」


 通信に雑音が混じっている。背後からは、銃撃音と爆音が聞こえていた。


『直上支援の空軍が交替する隙を突かれました。要塞線は完全に分断されています』

「またか……」


 司令部を悩ませている、空軍が交替するわずかな一瞬の戦線崩壊がここでも発生したらしい。通信を聞いていた航空支援担当の参謀が頭を抱える。


『連隊長始め、本部要員はほとんど戦死しました。現在の最上級者は私です』

「少尉、撤退は可能か?」

『……ネガティブです。我々は完全に包囲されています。かくなる上は、我々が囮として敵を引きつけますので、爆撃を』


 コルネイユ中将の表情が歪む。


「……分かった。すぐに手配する。諸君らの粉骨砕身、本官は決して忘れることはないだろう」

『ありがとうございます。それでは、戦闘に移りますので』


 通信が切れた。固唾をのんで見守る参謀たちに対して、コルネイユ中将は命令を下す。


「ポイント・オベルカンフへの無差別爆撃を空軍に要請しろ」

「は、はい」

「爆撃後、穴埋めをする。第11胸甲騎兵連隊を出せ」


 予備部隊としてヴェルサイユ市街中心部に待機していた戦車部隊を、戦線の穴埋めのために投入する。未だ戦況の行方が定かではない段階での予備部隊投入は、数で劣るラピス軍にとっては痛手であった。


 防衛体制再編のために部隊配置について考えていると、オペレータから空軍がポイント・オベルカンフへの爆撃準備を完了したという報告が入った。そのまま支援攻撃を承認。すぐに攻撃機部隊が出撃し、ポイント・オベルカンフの交戦地帯を爆撃した。

 ディスプレイから敵の表示と共にバタ行進連隊の反応が消える。攻撃完了、という簡素な報告を残し、攻撃機編隊は別の空域へと支援攻撃に向かった。


「閣下、第11胸甲騎兵連隊が進出を開始しました。十分ほどで展開を完了します」

「ご苦労。展開が完了したら、また報告をするように」

「はっ」


 WAIS上では、互角の攻防を繰り広げているが、この表示も正しいとは限らない。

 そもそも、WAISはレーダーや偵察機によって捉えられた敵部隊の配置や、兵士一人一人の拡張角膜に内蔵された指向性センサーからの情報を、司令部の戦術コンピュータが統合し、再び前線に情報を送るというシステムだ。その性質上、自軍が把握している敵のみが表示されているものであり、完全にコンシールメントされた部隊は表示されない。

 彼らは決してそのことを忘れていたわけではなかったのだが、敵軍の配置を少なからず把握していて、視覚的にも確認ができるというのは油断を誘うものだ。


 事態の変化は突然だった。オペレータの一人が困惑した声で通信相手に聞き直している。


「バルベス広場? 待ってください、一体どういう――」

「どうした?」

「いえ。至急、司令官に繋げろ、と」


 WAISの表示が更新され、ヴェルサイユ市北東部のバルベス広場に、突如として敵部隊が出現した。配置されている部隊は砲兵連隊とその護衛のための部隊であり、出現した敵部隊の規模と比べると、あまりにも頼りない戦力であった。

 WAISを見ていた司令部要員が揃って動揺し、司令室がざわめく。オペレータは慌てて通信をコルネイユ中将に繋げようとした。


『敵は空挺部隊! 小規模ながら強力な火力を保持! 至急支援を!』


 オペレータが接続先を間違え、司令部全体に通信が響き渡る。参謀たちの表情は蒼白となり、コルネイユ中将も愕然としている。司令室は静寂に包まれた。

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