第七話 サン・ミシェルの一時間(1)
『こちら、アルファ1。各機、聞こえるか』
『こちら、アルファ1。各機、聞こえるか』
ルドヴィク中佐の呼びかけに一拍おいて全員が答えた。レーダーには三十を越える敵影が映っている。
アイギス隊は倍以上の敵を相手に、一時間を稼がなければならない。数はもちろんのこと、燃料も重要な問題だ。そのため、各機はF-18Jに標準装備されている密着型増槽の他に、普通の増槽を装備している。
アイギス隊は、開戦前日の戦闘において――実際にはその戦闘こそが宝石戦争の始まりであるのだが――三人のパイロットを失っているが、補充要員はいない。そのため、一人がエレメントを組めないという事態になっている。今まではその一人を待機要員として扱っていたのだが、今回は全機出撃とあってそういうわけにもいかない。
結果、ルドヴィク中佐の独断で、亡命西ベルク人のシュミット中尉が第11飛行隊と共にヴェルサイユへ先行することとなった。シュミット中尉は抗議していたものの、ルドヴィク中佐の「うるせぇ。とっととヴェルサイユに行け」の一言で黙らされ、強制的に第11飛行隊と合流させられていた。
現在、アイギス隊は十二機がサン・ミシェル一帯上空を飛んでいる。ルドヴィク中佐はこれを四機ずつの三隊に分け、それぞれアルファ・ブラボー・チャーリーと指定した。
ルドヴィク中佐はアルファチームを率いることとなり、ブラボーチームのリーダーはレオンハルトが、チャーリーチームのリーダーは亡命セルシャ人のフメリノフ大尉が、それぞれ勤めることとなった。
ブラボーチームにはランブイエ郊外の戦いで行動を共にしたジグムントとイオニアスが配されている。四人は三隊の中央、サン・ミシェル基地上空を担当していた。
『さっきも言った通り、上は太っ腹にも早期警戒管制機をつけてくれた。各自、周波数を合わせろ』
『――あー、聞こえるかな、物好きなパイロット諸君? こちらはAWACS。コールサインはルナール1』
ここ数日で聞き慣れた男の声が聞こえてくる。サン・ミシェル基地を含む、ラピス南西部一帯を管轄とするAWACSだ。
ラピス南西部が敵の手に落ちた後、彼らはどうなるのだろう、などとレオンハルトがとりとめもないことを考えていると、同じく聞き慣れたハスキーボイスが聞こえてきた。
『ブラボーチーム、聞こえますか? こちらルナール6。ブラボーチームの管制誘導を担当します』
『ヒュー、ついてるぜ! よろしく頼むぜ、ルナール6さん!』
『あら。こないだのお喋りさんもいるのね』
盛り上がって一人で騒いだジグムントを、ルナール6は軽くいなす。これも聞き慣れたやり取りだ。
『んんっ。私語は慎みたまえ。こちら、ルナール5。アイギス全機に警告。敵編隊が接近中』
『ルナール1よりアイギス・スコードロン。交戦を許可。生き残れ』
ルナール1の交戦許可が出ると、アイギス各機が次々に交戦を宣言する。サン・ミシェルの空はにわかに騒がしくなってきた。レオンハルトの視界にも敵機の姿が見えてくる。
『レーダーに映ってるってことは新型じゃないな』
「油断はするな。常に確認を怠るなよ」
『あいよ』
軽口を叩きながら、敵編隊と真正面から向かい合う。ミサイルロックオン。発射した後、上空へと離脱する。ほとんど同じタイミングで警報音が鳴り響く。小刻みに旋回しながら、フレアを射出すると、ミサイルは逸れていった。
無論、敵も同じ――と思いきや、六機の内、一機が回避し損ねたのか、主翼を失って炎を上げながら墜落していた。
『ブラボー4、スプラッシュ1』
「まさか当たるとは、な」
『ナイスキル、ブラボー4』
淡々と撃墜報告したイオニアスに、レオンハルトも思わず感嘆の声が漏れた。ここまで感情の起伏が少ない人間もなかなかいないだろう。
上空に避けたレオンハルトたちに対して、敵は高度を下げている。好機だろう。レオンハルトが切り込むように敵機に向かって降下を始めると、カエデたちもそれに続いて降下する。
ほぼ垂直で敵編隊に突入しながら、トリガーを引いた。わずか二秒の間に数百発の機銃弾が降り注ぐ。必死で回避しようとした敵機に機銃弾が突き刺さり、燃料タンクを撃ち抜いたのか、三機が爆散した。
残りの二機も主翼を撃ち抜かれてコントロールを失い、きりもみしながら墜ちていく。それを確認しながら、レオンハルトは操縦桿を思い切り引き、機体を水平に戻した。
『さすがですね。ブラボーチーム。ですが後続が接近中です。敵数、同じく六』
『また来たのかよ。ご丁寧に数まで一緒だ』
再び正面から向かい合おうとした瞬間、コックピットに警報音が響く。舌打ちしながらも速度の犠牲を避けるためにスプリットSで回避する。
ギリギリまで引きつけた後、フレアを発射してミサイルを逸らす。それと同時に左右に散開すると、直進した場合の予測進路上に機銃弾がばらまかれた。
「ちょっと単調すぎるな」
『あーちくしょう! 面倒でしょうがねぇ!』
ジグムントが叫びながらも、機体を引き起こして突っ込んできた敵機と向かい合い、すれ違いざまにトリガーを引いた。惜しくも主翼を掠る。
ジグムントと反対側へ散開したカエデは敵機とすれ違った後、急旋回して後ろを取ろうとした敵機に対して、ストール寸前まで減速してオーバーシュートさせ、機銃弾を叩き込んだ。目の前でコントロール失う敵をギリギリで躱して加速。何とか体勢を立て直すことができた。
「ブラボー2、大丈夫か?」
『ちょっと無理しましたけど大丈夫です』
少しきつそうに答えるカエデのカバーにはイオニアスが入っていた。失速寸前のカエデを狙った敵機を牽制し、自分に引きつけている。地味ではあるが、とても重要な仕事だ。
「そろそろ片付けるぞ」
そう言うやいなや、レオンハルトはシザーズ機動から外れてイオニアスを追う敵機の予測進路上を射撃する。敵機はレオンハルトが動き始めた時点でブレイクしようとしたが、機銃弾は機体に吸い込まれるように命中、爆散した。
一方のイオニアスも、レオンハルトと鍔迫り合いを続けていた敵機をロックオンし、ミサイルを発射。フレアを射出しながらスプリットSで回避しようとしたところを、上空から襲いかかったジグムントが撃ち抜いた。
きりもみしながら墜ちていく敵機にトドメとばかりにミサイルが突き刺さり、爆発する。
残った三機は、立て続けに僚機が撃墜されたことでレオンハルトたちを警戒したのか、他の編隊と合流しようと撤退していた。
「とりあえず、ここまでか。追撃はしなくて良い。無駄な弾と燃料はないからな」
『了解』
戦闘開始から十五分。非戦闘要員が安全圏へと脱出するまでは、あと四十五分あった。
ちょうどその頃、サン・ミシェル村上空で戦闘状態に突入したルドヴィク中佐率いるアルファチームは、八機のBol-31に囲まれていた。
すでにアルファ2――開戦前日に戦死したルドヴィク中佐の僚機に代わって新たに僚機となった――の機体は、敵が放ったミサイルが至近で爆発したため、その破片を受けて煙を噴いている。
「アルファ1より各機。敵は多いし、機体が傷ついてる奴もいるが…… なぁに、心配いらねぇさ。機体の性能はこっちが上、腕もこっちが上とくれば、負ける要素がねぇ」
『確かにその通りだ。オッサンもなかなか良いこと言うぜ』
「おい、アルファ3。てめぇヴェルサイユに着いたら市街地百周だ、馬鹿野郎」
それはご勘弁を、と笑うアルファ3――カエデと同じ日本人パイロットだ――の冗談にピリピリしていた空気が和む。意図してやったのだとすれば、さすがは空気を読むことに長ける日本人と言うべきだろうか。
囲む敵の内、半分がアルファチームへの攻撃ポジションを取ろうと上昇を始める。ルドヴィク中佐は、僚機に牽制を命じながらその四機を相手取った。あまりの無謀さに僚機が諫めようとする。
『アルファ1、無茶です!』
「まあ見てろ。八機で囲んどいて、なかなか墜とせないような奴らには負けねぇよ」
鮮やかな斜め上方宙返りで一機の後ろを取る。ルドヴィク中佐は、自身の後ろに別の一機が食らいついたことを確認すると、そのまま下方の敵機に向かってハイ・ヨー・ヨーで攻撃することなく離脱した。
その瞬間、ルドヴィク中佐の後ろにいた敵機が発砲。ルドヴィク中佐が離脱したその前方を飛んでいた敵機に命中した。
「練度が低い。射線上は常に確認しておくもんだ!」
主翼をもがれ、墜落していくBol-31。フレンドリーファイアに動揺した敵機を、アルファ4がロックオン、ミサイルを放った。一瞬の遅れは死に繋がる。回避機動に入るのがわずかに遅れた敵機の間近でミサイルが爆発。機体は致命的なダメージを受け、コントロール不能になり、墜落していった。
『グッドキル、グッドキル!』
だが、敵もやられてばかりではない。自分たちより数が少ない敵に思わぬ反撃を受けて冷静になったのだろう。円形に飛び回るワゴン・ホイールでアルファ隊の攻撃を警戒し始めた。
「カタログ性能じゃこっちが上だ。内側に飛び込め!」
ルドヴィク中佐のかけ声と同時にアルファ隊が円の内側に飛び込もうとする。その時、敵機がデタラメに放った機銃弾が、幸運にも――アルファチームにとっては不運にも――アルファ2の燃料タンクに突き刺さった。
たちまち爆発。牽制のために発射したミサイルにも誘爆し、残骸が敵機に降り注いだ。
「畜生!」
アルファ2がベイルアウトする余裕はなかった。開戦前日の戦闘に続いて、ルドヴィク中佐は僚機を失ったこととなる。
一方、無事に内側へ飛び込んだアルファチームの三機は、慌ててワゴン・ホイールから通常の隊形に移行しようとした敵編隊に対して、トリガーを引いた。機銃弾に対して自ら突っ込んでいく形となった敵機はきりもみしながら炎を上げ、一拍遅れて爆発する。
これで三対三。数の上ではイーブンだが、機体の性能ではアルファチームが上である。ルドヴィク中佐の言葉を借りるならば、腕でも上だ。
「逃がすなよ、畳みかけろ!」
ルドヴィク中佐はそういうと、面前の敵に牽制のためのミサイルを発射。フレアを撒き散らしながら斜め下方宙返りで逃げようとした敵機に機銃弾を浴びせる。これも何とか避けた敵機の先にいたのは、アルファ4がルドヴィク中佐と同じように追い込んでいたBol-31だった。
回避しきれず、衝突。ルドヴィク中佐が追尾していた方は右の主翼を、アルファ4が追尾していた方は尾翼を失い、どちらもコントロール不能に陥る。そして、ルドヴィク中佐とアルファ4の正面には、アルファ3が追い込んだ敵機がいた。
前後を抑えられて動揺した敵機は、何とか離脱しようと180度ロールし、スプリットSを試みる。彼は高度計を確認するべきだっただろう。高度300フィートという低空からのスプリットSが成功するはずもなく、地面に激突して爆散した。
「ナイスキル」
『マニューバキルは初めてだな』
『ありゃ、敵が高度計を確認してなかっただけだ。ただの運だよ、運』
『運も大事だぜ?』
運良く敵を撃墜することが出来たが、アルファ2は運悪く流れ弾を食らって戦死した。軽口を叩くアルファ3がそこまで意識していたかどうかは分からない。だが、ルドヴィク中佐はレーダーを確認する一方で、そんなことを考えていた。
『ルナール8よりアルファ1。さらに敵機接近。対処を』
「了解。……ったく。キリがねぇな」
戦闘開始から三十分。アイギス隊が稼いだ時間は、まだ半分だった。