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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第一章 宝石戦争開戦
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第六話 レウスカ人民軍進撃(3)

 ラピス国防陸軍第3機械化歩兵師団がランブイエ市郊外での攻防戦に敗れて戦線を離脱したその日。

 ラピス政府の国防会議が緊急招集され、ラピス総統府の大会議室には関係閣僚を始め、国防軍参謀本部の将官たちや環太平洋条約機構(PATO)ラピス特別展開部隊(LSDF)の将官、さらには立体映像ではあるものの、PATOの楼州連合軍最高司令部(SHAPoL)の将官が集まり、壮観な眺めとなっていた。


 会議室入口から見て、大円卓の最奥に座っているのが、ラピス共和国の国家元首たるフランシス・ドゥ・ラ・パトリエール総統だ。

 彼は1976年から1977年にかけてオーヴィアス連邦で勃発した第二次南北戦争に、北軍の援軍として派遣され、多大な功績を挙げた元軍人である。1985年には42歳という若さにしてラピス国防陸軍参謀総長に就任し、翌年に勃発したバレンシア連邦と大漢人民共和国の紛争に介入、バレンシア連邦の勝利に貢献している。

 1990年に軍を退役して総統選挙に出馬し、圧倒的な国民の支持を受けて当選。一期目の任期中に宝石戦争の勃発という事態を迎えていた。


 国防会議に参加する人物の中で、そんな輝かしい経歴の持ち主に匹敵する人物はPATO楼州連合軍最高司令官のライマン・ウォーカー元帥以外にいない。

 ウォーカー元帥は第二次世界大戦で歩兵中隊長として活躍、その後もオーヴィアス連邦が世界各地の紛争に介入するたびに、指揮官として参戦して功績を挙げている。ウォーカー元帥がオーヴィアスの英雄と称えられるようになったのは、やはり第二次南北戦争であろう。

 レベイ戦争の敗戦によって威信を失ったオーヴィアス国防軍において、軍政樹立を目指す急進派が台頭。これに一部の野心的政治家が結合して勃発したのが第二次南北戦争だ。

 オーヴィアス連邦の南部五州を制圧していた南軍に対して、北軍司令官として容赦のない鎮圧作戦に打って出たのがウォーカー元帥であった。南軍殲滅とも称されたこの鎮圧作戦において、民間人の死傷者が少数であったことは、ウォーカー元帥の鎮圧作戦に対する世間の評価を大いに上げることとなった。

 内戦後、退役して大統領選挙への出馬も噂されたウォーカー元帥だったが、あくまで軍人であることにこだわり、オーヴィアス国防軍の軍人としては第二次世界大戦以来となる元帥昇進を経た今も、PATO楼州連合軍最高司令官として軍の要職にある。


 英雄と称される二人が参加する国防会議は、皮肉にもPATO軍の劣勢について、が議題であった。


「――ということで、レウスカ人民軍がランブイエを占領した以上、遠からず中央部への進出を図ることは確定事項と言えます。これを阻むには、我が軍の総力を挙げて迎撃する他にありません」


 PATOの参謀が厳しい現状を述べた後、私見を述べる。すると、ラピス国防軍高官が発言を求めた。


「とは言うが、現状は厳しいぞ。第3師団は前線に出せないし、第6師団も大漢の動きに備えてバレンシアからは動かせん。第7師団も再編中とあっては、動かせるのは第1、第2、第5、第8の四個師団だけだ」


 ラピス国防軍高官が述べたように、社会主義諸国の一つである大漢人民連邦と国境を接するバレンシア連邦にはラピスが主体となるPATOの部隊が展開している。社会主義陣営との全面対決が起こりかねない現状、そこから兵力を引き抜くのは困難だった。


「十分な戦力ではありませんか? 正面の敵は第1軍とのことですが、第1軍が擁する六個師団の内、二個師団はバーレン方面に出ています。PATOの部隊も考えれば押しとどめることは可能かと」

「仮に撃退できたとして、回復が困難なレベルの損害を受ければ敗北と同じだ。敵は悠々と増派部隊を投入して我が国を占領するだろう」


 議論は紛糾している。彼らが職務に真剣であるからこそ、意見の対立が生じるのだろう。大まかに意見は二分されていると言っていい。

 すなわち、全軍を結集してレウスカ人民軍の進撃を抑えることを主張する者たちと、全軍は投入せず、敵に無視できない程度の損害を与えながらも、国外での抗戦も視野に入れた講堂を主張する者たちの二派だ。

 前者はラピスの国力に深刻な損害を受ける危険性が、そして後者には一時的かも知れないが、国土が敵国の占領下に置かれるという問題がある。


 両者の議論が白熱する最中、今まで議論を見守っていたウォーカー元帥が発言を求めると、途端に会議室は静かになった。


『まずは謝罪をさせてほしい。かような事態に陥ったのは、PATO諸国の安全保障に関して大きな権限と責任を有する我々PATO軍事委員会が有効な手段を打ち出せなかったことが原因だ』


 冒頭から謝罪をしたウォーカー元帥に対して、会議室には動揺が走る。唯一、微動だにしなかったのはパトリエール総統だった。


『私としては、戦後のことも考えてラピス国防軍の戦力を温存するべきだと考えている。先ほど、国防大臣が仰っていたように、一度撃退できたとしても、敵はさらなる増援を繰り出してくるだろう』

「……つまり、我が軍は国外での抗戦を選択すべきである、と?」


 パトリエール総統が静かな声で問うと、ウォーカー元帥は頷いた。周囲は固唾をのんで英雄二人のやりとりを見守っている。


『不快を承知で申し上げるが、レウスカ人民軍は戦力において我々PATO軍事委員会の予測を上回っている。おそらく、統一連邦が部隊を派遣しているのでしょうが、我々は数においてやや劣勢です』


 ウォーカー元帥の言葉に、パトリエール総統が苦々しい表情で頷いた。


「否定できませんな。我が国も他国もレウスカが戦端を開くとは思っていなかった。故に軍の動員が遅れている」

『ええ。ですから、レウスカ人民軍の進撃が限界点に達したところを叩く。それこそが、PATO軍の損害を抑える有効な手段となるでしょう』

「元帥の作戦案は有用だ。それだけに、ただ一点が悔やまれる」


 パトリエール総統の言葉に会議室がざわめく。ウォーカー元帥の提案に、欠点があると暗に言っているのだ。


「軍は良いでしょう。被害を抑えられる。レウスカの補給線も無尽蔵に広げられるわけではない。いずれ必ず限界点に達し、そこを叩けばPATOは勝利を得られる」

『……』

「では、それまでレウスカの支配下に置かれる我が国の国民はどうなるのです?我が国だけではない。すでにバーレン王国も西部諸都市を失っている。レウスカ人民軍が進撃を続けると言うことは、レウスカの支配下に置かれる無辜の市民が増えると言うことです」

『それは……』


 元軍人でありながら、為政者でもあるパトリエール総統は、敵国の占領下に置かれることとなる民間人について言及した。

 それが例え選挙に対する政治家としての本能から出たものであったとしても、国民を想うものには違いなかった。


「ウォーカー元帥の言も正しい。戦力は温存するべきだろう。だが、国を守る者としての責務を中途半端にするべきではない」

『……決戦を挑む、と?』


 パトリエール総統はウォーカー元帥に対して頷き、立ち上がって宣言した。


「国内に展開する国防軍全部隊は、首都ヴェルサイユ防衛のために集結。レウスカ人民軍の進撃を可能な限り押しとどめる。市民は郊外へ避難誘導し、同時に国外での抵抗活動を続けるための一個師団も脱出させる」

「第8海兵師団が良いでしょう。あれならば国外での活動に適しています」

「うむ。海軍も避難を。艦隊に関しては再建があまりにも難しすぎる。できる限り温存したい」


 海軍の地中海艦隊司令官が大きく頷いた。


「非戦闘要員は順次国外への撤退を。戦闘要員は、決戦に敗れた場合は戦闘を継続しつつ、国外への撤退を行ってほしい。もちろん、困難であれば降伏を」

『PATOも全面的に支援いたします』

「この方針で行こうと思うが異論はあるかね?」


 全員が首を振る。ここに至って覚悟を決めたようだ。


「よろしい。では決戦だ。第二次大戦以来の国難であるが、諸君の努力に期待する」

「はっ」

「最後に、レウスカに敗れた場合、ゼレール外相を全権代行として亡命政府をオーヴィアス連邦に樹立する。ゼレール外相、良いですね?」

「総統閣下のご命令とあらば」


 外相が深々と一礼すると、パトリエール総統は会議の終了を告げた。


 この後、ゼレール外相を始めとする数人の閣僚、官僚、軍高官がオーヴィアス連邦へ脱出。第8海兵師団も地中海艦隊と共に大陸北部のブリタニア王国へと避難していった。

 そして、国外脱出を図る国民を最後まで守るべく、ラピス国防軍は残存戦力をヴェルサイユ前面に集結させ、野戦陣地の構築を開始したのである。


 各地に展開している空軍部隊も次々にヴェルサイユ国際空港を拠点として集結を命じられた。その中には、もちろんサン・ミシェル基地に駐留していた第231飛行隊(アイギス隊)も含まれていた。




 国防軍のヴェルサイユ集結が決定された翌々日。非戦闘要員から順次撤退が始まっているサン・ミシェル空軍基地のレーダーに接近する敵影が捉えられた。アラート待機をしていたラピス空軍の第11飛行隊の二機が出撃し、第11飛行隊の他の所属機も準備が完了した者から次々に離陸している。


 そんな中、基地司令のルシーヌ大佐は残存する全パイロットに対してブリーフィングルームへの集合を命じていた。

 ブリーフィングルームはアイギスの各パイロットの他、ラピス空軍のパイロットたちがぞろぞろと入室し、普段では考えられない人口密度となっている。


「クシロ、大丈夫か?」

「はい。皆さんとても親切ですから」


 少し遅れてやって来たレオンハルトに対して、この人口密度の中で妙に開いた空間の主となっているカエデが微笑みながら答えた。瞬間、質量を伴っているような視線がレオンハルトに集まる。

 カエデは美人と評されるに相応しい容姿の持ち主であるため、自然と周囲の耳目を集めやすい。特にこのような女性が少ない現場では、あわよくば、を考える男は多かった。


 そんな男共にとって、空でのパートナーであり、彼女との会話をすることに関して特段の大義名分を必要としない――もちろん、カエデとの会話にそもそも大義名分などは必要ないのだが――レオンハルトは、宿敵とも言っていい存在だった。

 レオンハルト自身も、美男子とまでは言えないが整った外見をしている。加えて、常に自信にあふれた態度や言動を取っているために、カエデとのお近づきを狙う男たちからは目の敵にされていた。


 無論、そんなことを気にするようなレオンハルトではなく、当然のようにカエデの隣に座り、殺意のこもった視線を増やした。



「やっぱり皆さん、ピリピリしてますね」

「仕方あるまい。レウスカ軍の進撃は予想よりも早いからな」


 周囲の視線の意味を勘違いしているカエデに対して、レオンハルトはそれに合わせた答えを返す。レオンハルト自身が周囲の視線の意味を理解しているかどうかは、本人にしか分からない。

 妙な緊張感がレオンハルトとカエデを中心としてブリーフィングルーム全体を包む中、ようやくサン・ミシェル基地司令のルシーヌ大佐が入室してきた。


「遅れてすまない。――ああ、立たなくて結構。早速だがブリーフィングを始める」


 軍人というよりも教師といった風貌のルシーヌ大佐が穏やかな声で説明を始める。ルシーヌ大佐に続いて入室してきた女性がリモコンを操作し、立体映像が浮かび上がった。


「現在、敵航空部隊の接近に対して第11飛行隊が迎撃に当たっている。これを見てくれ」


 サン・ミシェル基地周辺の地図を表示していた立体映像が、ラピス南西部からレウスカ北東部にかけての広域地図に切り替わった。偵察衛星の映像から割り出されたレウスカ軍の配置が分かる限りで表示されている。


「ランブイエ市を占領したレウスカ軍は、先ほど前進を始めた。明日には先遣部隊がサン・ミシェルまで辿り着くだろう。それよりも問題なのはこいつだ」


 ルシーヌ大佐の言葉に合わせ、Enemy Flight Groupと表示された光点が明滅する。


「およそ五十から六十と思われる敵航空集団が接近中だ。第11飛行隊が接触したのはおそらくこの集団の先遣部隊だろう」

「……」

「非戦闘要員の脱出まで二時間はかかるが、一時間ほど足りない。遅滞戦闘を行う必要がある。――誰か、志願する者はいないか?」


 ブリーフィングルームが静まりかえる。遅滞戦闘への志願は、一種の自殺行為だ。味方からの増援はなく、増え続ける敵を相手にしなくてはならない。


「誰か、いないか?」

「――クシロ、いいかな?」

「問題ありません」

「まずは私たち二人だ」


 レオンハルトとカエデが手を挙げる。すると、後ろの方から豪快な笑い声が聞こえてきた。


「レオもカエデも相変わらずだな。お前らが出て、隊長の俺が出なかったら沽券に関わるじゃねぇか。俺も出るぞ」


 ルドヴィク中佐が不敵な笑みを浮かべながら手を挙げた。それに続いてアイギス隊の面々が次々に手を挙げる。


「良いのか? 君たちは我が国に対する義理はないはずだが」

「ふん。これが俺たちの任務だ」


 鼻を鳴らしたルドヴィク中佐に対し、ルシーヌ大佐が笑いながらすまない、と言った。


「それでは、遅滞戦闘は第231飛行隊に頼む。他の面々は非戦闘要員の保護に全力を傾けてくれ」


 ルシーヌ大佐がそう言ってブリーフィングを終え、全員が立ち上がり、敬礼する。ルシーヌ大佐が退出した後、ラピス空軍のパイロットたちも次々にブリーフィングルームを飛び出していった。


「レオ、カエデ、言い出しっぺはお前らだ。一番キツいところは任せるぞ」

「最初からそのつもりですよ、中佐」

「ええ。私も異存ありません」


 ブリーフィングルームに残ったアイギス隊の面々がレオンハルトとカエデを囲む。全員の顔には――イオニアスを除いて――ルドヴィク中佐と同じく不敵な笑みが浮かんでいた。

 三十分後、彼らは機上の人となり、続々とグラン・プラトーの空へと離陸していった。すぐに第11飛行隊と交替し、敵航空部隊と対峙する。


 後に「サン・ミシェルの一時間」と呼ばれることとなる航空戦が幕を開けようとしていた。

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