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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第一章 宝石戦争開戦
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第五話 レウスカ人民軍進撃(2)

 爆音と共に通信が途絶えた。カエデたちに動揺が走る。


『大尉!』

「――いやはや。死ぬかと思ったよ」


 通信機越しに聞こえたカエデの悲鳴に、レオンハルトは苦笑いしながら答えた。何が起こったのかを聞くカエデの声に、レオンハルトの苦笑が深まる。


「まさか外したミサイルに救われるとは……。何が起こるか分からないものだな」


 敵機が放った機銃弾は、レオンハルトが突入の瞬間に牽制として発射したミサイルを直撃していた。レオンハルトが急旋回するきっかけであった警告音も、自分のミサイルが接近していることに対するものだったのである。

 至近距離でミサイルが爆発したこともあり、レオンハルトの機体には無数の破片が突き刺さっていたが、幸運なことに致命傷は免れており、戦闘機動も可能であった。


『ご無事で良かったです』

『デルタ1、あんたについていけば生き残れる気がするよ――っと、危ねぇ』

「運を使い果たした気はするがな」


 敵は撃墜を期待していなかったのか、爆発で一瞬レオンハルトの機体が隠れたにも関わらず、レオンハルトの後方に食らいついている。レオンハルトは休む間もなく、再び敵機との息詰まる戦闘へと投入した。


 不規則に撃ち込まれる機銃を、スリップ機動を駆使して躱していく。敵の動きが単調になったその時、レオンハルトは再び急減速を行った。先ほどと同じように猛烈なGが体を襲い、意識が遠のく。

 ギリギリで踏みこたえると、敵はオーバーシュートをリカバリーするべく下方180度ループ(スプリットS)でレオンハルトから逃れようとしていた。


「そこだ……!」


 レオンハルトがトリガーを引くと、機銃弾が敵の進路上へと襲いかかる。だが、最初の数発程度がコックピット横を掠めたに止まった。敵の機体は煙を噴いているが、飛行に影響はなさそうだ。実に手強い。知らず、レオンハルトは微笑んでいた。


「ははは、腕がいい。まさかここまでの敵がいるとは」

『笑ってる場合じゃねぇって! 弾が足りねぇんだ』

『私もそろそろまずいです』

『……同じく』


 レオンハルトにしても、弾薬は底をつきそうになっている。そろそろ撤退しなければならない。とはいえ、足の遅い攻撃機を中心に構成されたブラボーチームが空域を離脱するまでは、何としても粘る必要がある。


「デルタ1よりルナール6。ブラボーチームは空域を離脱したか?」

『もうすぐ安全圏に到達します。デルタチームもそろそろ撤退を』


 思わず安堵の息が漏れる。ふと、本来ならば航空支援が行われるはずだった地上部隊の動向が気になった。


「地上部隊はどうなっている?」

『第1胸甲騎兵連隊が伏撃を受けました。突破されるまでは時間の問題でしょう』


 意気消沈した様子でルナール6が語る。さらに詳しく聞くと、思ったよりも地上部隊の状況は悪いようだ。


 現在、ランブイエ市郊外に布陣しているラピス国防陸軍第3機械化歩兵師団は、一個戦車連隊と三個機械化歩兵連隊、そして砲兵連隊と工兵連隊という下級部隊を抱えている。この戦場では、第55歩兵連隊と第92歩兵連隊が野戦陣地とランブイエ陸軍基地を利用して防衛線を構築し、第1胸甲騎兵連隊が敵戦線を押し返すという役目を担っていた。

 本来ならば、環太平洋条約機構(PATO)航空部隊の近接航空支援によって、敵砲撃陣地を沈黙させた後に第1胸甲騎兵連隊が突撃する作戦であったのだが、敵新型機(ファントム)の編隊によって攻撃機が撃退されたために作戦が瓦解。そこで、砲兵連隊の支援砲撃の下で強行突撃を敢行したものの、敵部隊の待ち伏せ攻撃を受けて第1胸甲騎兵連隊が壊滅してしまった。

 これに乗じて敵の機甲戦力が防衛線への攻勢に移り、第3機械化歩兵師団は撤退を始めている。


『デルタ1、地上部隊からは気にせずに撤退してくれとの連絡が来ています。撤退援護のための部隊はすでにこちらへ急行しています』

「ありがたいことだが、目の前の敵がなかなか逃がしてくれなくてね」


 軽口を叩きながら、鋭く旋回して敵の攻撃を躱す。視界の先では、カエデがシザーズ機動から抜け出して敵に攻撃を仕掛けていた。


『当たらない……!』

「デルタ2、焦りは禁物だ」

『は、はい』


 カエデだけでなく、ジグムントもしびれを切らして唸りながらも敵との攻防を続けている。なかなか口を開かないイオニアスも主導権が敵機にあることに焦りを感じていた。

 そんな中にあって、レオンハルトはそれでも余裕を保っていた。当然、フライトリーダーとしての責務もあるが、彼を支えているのは自信の技量に対する確信だ。押されてはいても、パイロットとしての腕は自分の方が上だ、という強烈な自負がレオンハルトにはあった。


「デルタチーム、集結。牽制しつつ、撤退を開始する」

『了解』

『おいおい、大丈夫かよ』

「大丈夫だ、デルタ3。私を信じろ」


 あまりにも自信満々な口調に、饒舌なジグムントもさすがに黙り込む。

 カエデたちがレオンハルトに近づき、ダイヤモンド陣形を取る。すると、敵編隊は四方を取り囲む態勢を取った。


『本当に大丈夫なのか? 囲まれてるぞ』

「数は同じだ。問題あるまい」

『攻撃、来ます』


 イオニアスが珍しく口を開くと同時に、デルタ編隊の左右上空を抑えた二機がこちらへと向かってきた。二機はそのまま上空からの突入コースを維持して加速する。


「デルタ2、デルタ3、そのまま左右に散開して降下しろ! デルタ4は左斜め上に上がれ!」


 突然のレオンハルトの命令――それも妙に複雑な命令――に、三人は困惑しながらも何とか従う。瞬間、カエデとジグムントの上空を敵が放った機銃弾が通り抜けた。レオンハルトとイオニアスの正面には、突入体勢だった敵機がいる。機銃弾を至近で躱しながら、レオンハルトは想定通りに、イオニアスは反射的にトリガーを引いた。

 機銃弾が高速で飛ぶ機体に突き刺さる甲高い音が聞こえた直後、二機は火を噴きながら墜落していった。キャノピーが吹き飛び、敵パイロットが脱出したのを横目で見ながら、レオンハルトたちは見事に包囲網を食い破った。


「デルタ1、一機撃墜」

『……スプラッシュ1』


 レオンハルトは心なしか誇らしげに戦果を報告し、イオニアスも珍しく愕然とした感情が声に表れていた。


『む、無茶苦茶だぜ。こんなクレイジーな戦闘、初めてだ!』

『こんな乱暴な機動が通じるなんて……』

「敵の腕は良いが、お行儀良い飛び方だったからな。荒っぽいことをしてやれば上手くいくと思ったんだ」


 残りの敵は包囲を止めて合流し、撤退しようとしている。数に差がついた以上、無理はしない、ということなのだろう。


『ルナール6よりデルタ1。敵の増援が近づいています。こちらの交替部隊も順次展開していますので、撤退を』

「ああ。了解した。……デルタ各機、任務終了だ。これより空域を離脱する」

『了解』

『ソワソン空港で補給の準備をしています。補給完了後、基地への帰投を許可します』


 了解、と応じて通信を切る。再びフィンガーチップ隊形を取りながら、戦場の空を北東へと飛んでいった。


 開戦から一週間となったこの日、ラピス第3機械化歩兵師団が戦力の20パーセントを失って戦線を離脱、PATO航空部隊も投入した戦力の半数を失うという大損害を受けた。

 翌日にはランブイエ市がレウスカ人民軍の支配下となり、これによってレウスカ人民軍はラピス中央部進出のための橋頭堡を確保したこととなる。


 戦況は悪化の一途を辿っていた。




 レオンハルトたちが何とか危機を脱してランブイエ市から撤退し、サン・ミシェル基地に帰投したちょうどその頃。


 レウスカ北東部の要所ジュシェフにある空軍基地にもランブイエでの戦闘を終えたレウスカ空軍機が滑走路に降り立ち、駐機エプロンに向かっていた。二機の戦闘機は、PATO軍にファントムと呼称される例の新型機だ。先を行く機体の側面には百合の意匠が描かれ、もう一方には鴉の意匠が描かれている。

 指定された位置で機体が停止すると、パイロットが降りてくる。ヘルメットを脱いだ一方のパイロットは女性だった。


「ソーニャ、何とか生き残れたな」

「ええ。今度ばかりは死ぬかと思った」


 二人の男女はエプロンからパイロットの詰め所へと歩いている。そこへ制服を着た男性がやってきた。


「ソーニャ・セルゲーエヴナ、ヴィクトル・アレクサンドロヴィチ、ご苦労だったな」

「いえ。任務ですから。それに二人も撃墜されてしまいました」


 ソーニャと呼ばれる女性がうつむくと、制服の男性はソーニャの両肩に手を置いた。


「君が気に病む必要はない。二人は無事に救助隊に保護されている。これ以上の戦闘は無理なので本国へ帰ることになるが、な」


 制服を着た男性はわずかに表情を歪めたが、すぐに真顔に戻って言葉を続けた。


「戦闘記録を見たが、あれは敵のパイロットが一枚上手だった。PATOのパイロットがまさかあれほどとは」

「それは……確かに、そうでした。あの一番機は特に……」

「すでに補充要員も本国に要請している。一週間後に到着する予定だから、それまでは君たち二人は待機要員として扱われる」


 ソーニャの両肩においた手を戻し、後ろで組みながらそう告げると、ヴィクトルと呼ばれた男性パイロットがニヤリと笑った。


「実質、臨時休暇ってわけですな。このところ働き詰めでしたからちょうど良い」

「君たちがうらやましいよ。同志サプチャークからは頻繁に出撃要請が来ていてね」

「お偉いさんも大変ですな。ラトキエヴィチ閣下へのゴマすりに忙しいと見える」

「そのくらいにしておけ。誰が聞いているか分からん」


 制服の男性が苦笑いしながらたしなめると、ヴィクトルは肩をすくめた。


「そうそう。忘れていたが、君たち二人は待機中も任務に就いてもらう。レウスカの党機関誌(トリブナ)だけでなく、本国からも政府機関紙(ミール)党機関誌(ラボル)が取材に来ていてね。悪辣な資本主義者の陰謀と戦う、義勇兵を是非取材したいとのことだ」

「義勇兵なんてここにはいませんがね」


 皮肉っぽく笑ったヴィクトルに対して、ソーニャの顔は不安に彩られている。


「大々的に報道しても大丈夫なのかしら。一応、私たちは義勇兵とはなっているけれど、下手をしたら我が国は戦争に巻き込まれるんじゃ――」

「――上層部の考えは分からん。私たちにできるのは、命令に従って飛ぶだけだ」


 諦観した様子で制服の男性がソーニャの言葉を遮ると、ソーニャは気まずそうに黙り、ヴィクトルも笑みを収めて苦々しそうな表情をした。


「とにかく休みたまえ。今日は疲れているだろうから、取材は断っている」


 制服の男性がそう言うと、二人は頷いて詰め所の中に入っていった。


 女性パイロットの名はソーニャ・ヴィクトロワ。男性パイロットの名はヴィクトル・セレズネフ。いずれも統一連邦空軍の第71戦闘機連隊に属する空軍大尉で一線級のパイロットだ。

 そして、制服姿の男性は、彼らを統率し自らもパイロットとして戦場の空を飛ぶ、第71戦闘機連隊の連隊長ミハイル・カザンツェフ中佐である。

 彼らは今回の事変――統一連邦では終戦までレウスカ事変という呼称が貫かれた――に際して義勇兵としてレウスカ人民軍に馳せ参じた、とされている。

 彼ら第71戦闘機連隊を始めとする統一連邦空軍の増援には、統一連邦が新たに開発したSt-37――通称「疾風(ウラガーン)」が配備されており、これこそが開戦以来、東側諸国の軍事専門家に衝撃を与え続けているファントムの正体である。


 また、空軍だけでなく陸軍からも三個師団に相当する戦力がレウスカ人民軍に派遣されており、これら陸空の部隊を「レウスカ義勇軍団」として統括指揮しているのが、統一連邦軍の守旧派に属するサプチャーク陸軍中将であった。

 サプチャーク軍団とも称される統一連邦義勇部隊の存在は、このソーニャたちを取材した記事によって世界中に知れ渡る。それは、行き詰まった社会主義体制の改革(ペレストロイカ)を推し進め、同時に東側諸国との友好関係確立に努めていた、統一連邦のメニシチコフ書記長にとって大きな痛手となった。

 東西の軍事的緊張は飛躍的に高まり、結果として統一連邦では軍部の発言力が拡大する。それこそが、守旧派軍人たちの描いたシナリオでもあった。


 もちろん、統一連邦自体がPATOとの戦端を開けば、それはすなわち核戦争の勃発を意味することとなる。そのような事態に発展しないように、しかし軍部の発言力は増すように軍事的緊張を煽る。

 メニシチコフ書記長の改革路線に反発している統一連邦共産党の保守派と結びついた統一連邦軍守旧派の陰謀は、今のところ成功していると言えるだろう。

 それは、統一連邦内部の暗闘を利用して自らの権勢拡大を狙うレウスカのミハウ・ラトキエヴィチ議長にとっても、戦線を拡大する好機となることを意味していた。


 1991年6月26日。ランブイエ市を制圧したレウスカ人民軍は、ミハウ・ラトキエヴィチ議長の号令一下、ラピス中央部への進撃を開始した。

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