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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第四章 自由の旗の下に
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第七話 総督宮殿(1)

 レオンハルトの救出作戦が終わりを迎えたちょうどその頃。オーヴィアス連邦の首都ウェルズリーは大騒動の渦中にあった。

 楼州議会議員の数名が今回のレウスカ侵攻に際して情報を漏洩するなどのスパイ行為に従事していたことが発覚し、それを調査していたエージェントと議員の護衛についていた民間軍事会社(PMSCs)の間で銃撃戦が発生したのである。

 白昼堂々、大通りで楼州議員が銃撃戦を繰り広げたというニュースはウェルズリー市民に衝撃を与え、議会に対する深刻な不信感を植え付ける結果となった。


 レウスカ人民軍が首都に迫り、防衛体制の立て直しが急務となっている最中の事件に、オーヴィアス連邦大統領官邸、通称「総督宮殿(ガバナーズ・パレス)」の会議室には、関係者が集まって緊急の会議を開いていた。


「ウェルズリー市警本部長からの情報によりますと、銃撃戦による市民の死者は現時点で十三名、負傷者は百人を超えるとのことです」

「フェッセンデン司法長官、ご苦労。引き続き、市警本部長とは連絡を取り合ってくれ」


 司法長官と呼ばれた男性が頭を下げる。彼を含め、会議室には六人の男性と一人の女性がいる。

 まず、会議室の扉から見て、前方右手にいるのが連邦捜査局(FBI)のローレンス長官で、その向かいに国防軍統合参謀本部議長のハインズ大将が座っている。ローレンス長官とハインズ大将の隣は、それぞれの上位者であるフェッセンデン司法長官とブランクファイン国防長官の席となっており、彼らの隣には紅一点であるアームストロング国務長官とサラザール副大統領がおり、扉の正面、上座には第十四代オーヴィアス連邦大統領を務めるアルバート・クーリッジが座っていた。

 このほか、銃撃戦に参加した日本とブリタニアの情報員を聴取している中央情報局(CIA)のセヴァレンス長官も後でこの会議に参加することになっている。


「次は…… ブランクファイン国防長官、報告を頼む」

「はい」


 クーリッジ大統領に指名されたブランクファイン国防長官が立ち上がる。灰色の髪に鋭い目つきと鷲鼻、という印象深い顔立ちのブランクファイン国防長官が、無表情で報告を始めた。


「現在、我が軍を初めとする環太平洋条約機構(PATO)軍はウェルズリー防衛のための戦線再構築に向けて撤退中です。楼州連合軍最高司令部(SHAPoL)の防衛プランは崩壊したと言えるでしょう」


 淡々としたブランクファイン国防長官の報告に、出席者一同が顔をしかめる。


「SHAPoLのスパイ騒ぎはどうなっている? 我が軍も無関係ではないだろう?」

「CIAとも協力しつつ捜査を行っていますが、思ったより根が深い可能性もあります」


 根が深い、という言葉にサラザール副大統領が首を傾げる。


「どういうことだろう、国防長官?」

「事態がSHAPoLだけに留まらない可能性があると言うことです。実際、楼州議員にも敵国との内通者がいました」


 出席者全員が顔を強ばらせる。


「それはつまり、政権内部にスパイがいるかもしれないということですか?」

「そうです、国務長官。……大統領閣下、スパイ事件捜査に関しては、捜査権限があちこちに散らばりすぎています。指揮系統を一本化させるべきではないでしょうか」

「一本化、と言ってもどうするのかね?」


 クーリッジ大統領の顔には不安そうな表情が見える。政権与党である共和党の穏健派出身である彼は、今回の戦争でも最後まで和平努力を惜しまなかったほどの平和主義者だ。

 一方、戦時の指導者としてはいささか不安を残す部分もあり、スパイ事件に関しては後手後手の対応になっている感は否めない。そこを、ブランクファイン国防長官に指摘された、という思いがあるのだろう。


「私でも司法長官でも構いません。とにかく、閣僚級の専任者を選び、スパイ事件の捜査権限を一時的にでも集中させるべきだと思います。ブリタニアやブランデンブルクは臨時の特命担当閣僚を設置して指揮権を統一しています」

「……分かった。議会に(はか)ろう。それで――」

「――駄目です。大統領命令で設置すべきです。今は戦時なのですよ、閣下」


 クーリッジ大統領の言葉を遮り、ブランクファイン国防長官が表情を変えずに主張する。


「し、しかしだな」

「戦後、遡って大統領命令の合法性を議会に問われるのが心配なのですか?」

「そういうわけではないが……」


 クーリッジ大統領は言葉を濁す。彼は決して無能ではないが、不測の事態における決断力には欠けていた。


「でしたら、ご決断を。我が国だけではない。PATO諸国の存亡を賭けた戦いなのです」


 ブランクファイン国防長官は相変わらずの無表情だったが、その言葉には迫力があった。


「わ、分かった。国防長官、君に指揮権を一括するよう命令を出そう」

「ありがとうございます、閣下」


 ブランクファイン国防長官が一礼する。と、サラザール副大統領が苦々しい顔をしながら異論を唱えた。


「待ってくれ。国防長官がCIAやFBIの指揮権を握るのはさすがに問題がある。CIAは大統領府の、FBIは司法省の管轄下にあるのだぞ」

「国防長官は戦時だ、と言ったじゃないですか。戦時ならばそれなりの非常策が必要となる。そうじゃありませんか?」


 サラザール副大統領に対して微笑みながら反論したのはアームストロング国務長官だ。彼女がブランクファイン国防長官を援護したことで、話は共和党内部の派閥対立へとすり替わり始めた。


 共和党内部には二つの主流派閥がある。穏健派と保守派だ。保守派は“古き良き共和国”という理想を掲げており、ともすると国民統制になりかねないほどの右派的傾向を示している。穏健派は、専らそのブレーキ役として政策のバランスを取っていた。

 だが、穏健派の領袖として最高権力を握ったクーリッジ大統領は、しばしば政策決定の遅さを批判されており、一方で常に冷静さを保ち、極端ながらも政策決定に対して進言するところの多いブランクファイン国防長官は、非常時のリーダーシップを取れる人物として評判が高かった。

 開戦して以来、この傾向は強まる一方であり、一部ではブランクファイン国防長官が大統領に就任して戦争指揮を行うべきである、という声もある。

 穏健派は、保守派の動きを警戒しており、強硬な保守派として知られるアームストロング国務長官がブランクファイン国防長官と歩調を合わせたことで、彼らが遂に政権奪取へ動き始めた、と思い込んでしまったのだ。


「確かに、戦時には非常策が必要となるが、法によって定められたことを犯して良いわけではないだろう。それぞれの部局に対する指揮権は、議会が可決した法によって規定されているのだぞ」

「ですから、議会によらない大統領命令で、と言ったのです」


 サラザール副大統領とアームストロング国務長官が静かに、しかし激しく火花を散らす。ゴシップ紙に出ていた不仲説は本当だったようだ。


 二人の論戦がヒートアップしていくにつれ、他の面々がうんざりしたような表情になっていく。大統領は二人の論戦をただ眺めているだけだ。

 と、そこへCIAのセヴァレンス長官が書類の束を持って会議室に入ってきた。論戦が中断される。全員がセヴァレンス長官を見たため、彼は戸惑った表情になった。


「あー…… タイミングが悪かったですかな?」

「いや、ちょうど良かったよ。何か進展は?」


 これぞ天の助け、とばかりにクーリッジ大統領が報告を求める。セヴァレンス長官は気まずげに咳払いすると、書類を全員に配布した。五枚綴りの書類には、それぞれのページに顔写真と個人情報が掲載されている。


「日英のエージェントから提供された情報です。ここに載っている人物が、連絡係を務めているようです」

「連絡係?」


 ハインズ大将が怪訝な表情で尋ねる。セヴァレンス長官は前提を説明していないことに気づき、謝罪した。

 セヴァレンス長官が説明するところによると、PATO内部のあちこちにいる情報漏洩元は、それぞれに独立しているらしい。今回、ウェルズリーで銃撃戦を繰り広げた楼州議員もそんな独立した情報漏洩元の一人だったようだ。

 そして、情報漏洩元は自身の職権で得た情報を、連絡係に手渡す。連絡係は何人かいて、複雑なルートを辿った後に、スパイ“エルンスト”へと集積されるというのだ。


「ふむ。つまりこの五人が、連絡係ということなのだね?」

「はい。少なくとも、議員のところにはこの五人が来ていたそうです。ここからスパイ網をたぐり寄せられるのではないか、と日英のエージェントは言っていました」

 セヴァレンス長官はやや不本意な表情をしている。CIAが調べ上げることが出来ず、他国の情報機関によって情報提供された、という事実がしこりとなっているのだろう。


「なるほど。では、その連絡係の逮捕を――」

「――お待ちください」


 クーリッジ大統領の言葉を遮ったのは、またしてもブランクファイン国防長官だった。途端に全員の表情が曇る。


「連絡係は逮捕せず、泳がせた方が良いでしょう。監視をつけておけば、芋づる式にスパイをあぶり出せるかもしれません」

「逮捕しても同じではないか?」

「いえ。連絡係を逮捕すれば、情報漏洩者は遠からず自分に捜査の手が及ぶことに気づくでしょう。議員を逮捕している以上、なおさらです」


 ローレンス長官が、同意するように頷いている。その他の面々も、ブランクファイン国防長官の言葉に聞き入っていた。


「議員が黙秘を貫き通している、と噂を流せば、情報漏洩者も少しは油断するでしょう。逮捕は一気呵成に行うべきです」


 ブランクファイン国防長官の言葉で全ては決まったと言って良いだろう。彼の提案はそのまま方針として採用されることとなり、FBIの防諜部が連絡係の監視を行うことが決められた。

 一方、セヴァレンス長官の入室でうやむやになった指揮権の統一は結局行われず、スパイ事件の捜査はそれぞれの機関が緊密に連絡を取りつつ行うこと、という玉虫色の結論が出されるのみとなったのである。




 フレデリック通り沿いに立つ国防省オフィスは、ガバナーズ・パレスからは程近い。少し前まで、SHAPoLの移転騒動で大騒ぎになっていた国防省オフィスはようやく落ち着きを見せたものの、それでも戦時であり、あちらこちらで職員が慌ただしく駆け回っている。

 そんな国防省オフィスの廊下を、ガバナーズ・パレスから帰ってきたブランクファイン国防長官が護衛と共に歩いていた。


「長官、会議はいかがでしたか?」

「アーネスト君か……」


 後ろから近づいてきたのはバーンスタイン補佐官だった。一瞬、身構えた護衛たちも再び元の態勢に戻った。


「どう、ということはなかったな。スパイ事件の捜査に進展があったくらいだ」

「どのような進展でしょう?」

「ふむ、執務室で話そうか」


 どこにスパイがいるか分からない。国防省ですらコソコソとしなくてはならないのか、とため息をつきながら、ブランクファイン国防長官は彼らを伴って自身の執務室に移動した。


 国防長官の執務室は、大国オーヴィアスの軍事を司る人物の部屋なだけあり、高級だが派手ではない調度品で彩られ、上品さが漂っている。


 国防長官の執務机の横にはバーネット政策担当国防次官が立って、ブランクファイン国防長官の帰りを待っていた。彼は隣のバーンスタイン補佐官を見て、少し考えるそぶりを見せる。


「内密の話でしたら、席を外しますが」

「いや、君にも関係ある話だ」


 ブランクファイン国防長官が椅子に座る。重厚な執務机と比べると、細身のブランクファイン国防長官では見劣りしそうなものだが、不思議と調和していた。冷酷無比とまで称される彼の雰囲気がそうさせるのだろう。


「さて、スパイ事件だったな。楼州議会の議員が逮捕されたのは君も知っているだろう?」

「ええ。トップニュースでしたからね。今もマスコミは大騒ぎですよ」


 バーンスタイン補佐官の眉間にはうんざりだ、と言わんばかりの皺が刻まれている。事件が起きたその日、国防省も記者会見を行ったのだが、その時の混乱は目を覆わんばかりだった。


「議員が自白したらしい。どうやら、例の“エルンスト”とは連絡係を通じて繋がっているらしい」


 そう言うと、ブランクファイン国防長官は書類の束を見せた。


「なるほど。PATOの空軍将校ですか。ということは、やはり“エルンスト”は」

「ああ。君も会った、彼で間違いないと思う」


 バーンスタイン補佐官がため息をつく。


「良い青年だと思ったのですが」

「今、我が国に攻め込んでいるレウスカ兵の多くは、国に帰れば良い青年だろう。そういうことだ」


 残念そうな様子のバーンスタイン補佐官が部屋を出て行く。扉が閉まったタイミングで、それまで黙っていたバーネット国防次官が口を開いた。


「よろしかったのですか? これ、全部偽物ですけれど」


 そう。ブランクファイン国防長官がバーンスタイン補佐官に見せた書類の束は、ガバナーズ・パレスで渡されたものではなく、バーネット国防次官がスパイあぶり出しのため、FBIに協力させる要員として選び出した将校たちのリストだったのだ。


「構わない。彼は容疑者の一人だ。彼自身はそう思っていないだろうがね」


 常に無表情だったブランクファイン国防長官が、初めて笑みを見せる。その笑みを言葉で表現するならば、知能犯が犯罪計画の成功を確信したような笑み、とでも言えるだろうか。

 ともかく、とても善人とは思えない禍々しい笑いであり、バーネット国防次官は不気味そうな表情をしていた。それに気づいたブランクファイン国防長官は笑いを収める。


「後はFBIに任せておけば良い。スパイ事件が片付けば、ようやく反撃に移ることが出来るだろう。それに……」

「それに、何でしょう?」


 問いかけたバーネット国防次官に対して、ブランクファイン国防長官は珍しく、皮肉るような口調でこう言った。


「いい加減、レウスカの補給線も限界だろう。彼らは戦線を広げすぎた」

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