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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第四章 自由の旗の下に
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第六話 国境の戦い(4)

 レオンハルト救出のために、はるばるオーヴィアスへとやって来た民間軍事会社(PMSCs)「牧瀬警備保障」に所属する六両の装甲車は、カエデたちを乗せて戦場のど真ん中へと突入しようとしていた。


「こちら、ハイエナ1。戦闘中の友軍部隊、聞こえるか?」

『――ちら、バンディッツ大隊。聞こえる。ハイエナとは聞き覚えのないコールサインだが?』


 雑音混じりの通信だが、相手が不審そうな表情をしているのが目に浮かぶ。隣のヒサカタ少将が苦笑いをしていた。


「ベルネ条約上のコールサインだ。こちらは牧瀬警備保障。PMSCsだよ」

『コントラクターか。それで何のようだ?』

「そこに日本のパイロットがいないか? 彼を救出に来た」

『パイロット救出にも傭兵を使うとは、さすが日本人だな。……我々の部隊は今、四方に散らばっている。パイロットを保護したのは、その一つだ』


 通信相手の口調は刺々しいものだ。カエデは思わず顔をしかめる。


 日本人は自らの手を汚さず、他国からの歓心を買うことに長けている――。

 外国人中心の第6航空団や、PMSCsの多さを指して、他国が日本を非難する際によく言われることだ。特に、「愛国心」の強いオーヴィアスのような国では日本嫌いの兵士が多い。


『パイロットを保護した奴らは我々の前にいる敵の向こうだ。パイロット救出に来たのなら、我々の援護をしていただきたい』


 口調こそ丁寧だが、言葉の端々に不快な感情が浮かんでいる。どうやら、傭兵嫌いの兵士にあたったようだ。


「了解した。側面に回り込もう」


 タチバナ大佐がそう言うと、六台の装甲車は散開しながら敵の右側面へと迂回し始めた。

 敵部隊は新手の出現に気づいたが、カエデたちが側面に回り込むのと時を同じくして攻勢を強めたバンディッツ大隊の前に、有効な対処を取れないでいる。

 その間に、六台の装甲車は敵部隊の側面、小高い丘の陰に到着した。


「総員、降車」


 タチバナ大佐が命令すると、装甲車から傭兵(コントラクター)たちが次々に降りる。カエデ、ヒサカタ少将、ナラサキ中佐の三人もこれに続いた。

 整然と隊列を組む様子は、歴戦の部隊さながらだ。武装も正規軍に見劣りするものではない。


「ずいぶんと気合いが入っていますね」

「雇い主が直接見ているとなれば気合いも入るさ」


 カエデが感心したように言うと、タチバナ大佐が苦笑いしながら答えた。

 全員が配置についた。装甲車も歩兵部隊を援護できる位置に移動している。


「三島分隊は右に回り込め。遺棄された戦車の残骸があったから、それを利用しろ」

「はっ」

「堂島分隊は左からだ。装甲車をつける。頭を出しすぎるなよ?」

「了解です」

「後は私に続け。丘の上から襲撃するぞ」


 全員が頷く。タチバナ大佐の合図と共に、全員が行動を開始した。草木一つない荒野を傭兵たちが駆ける。そして、丘の上に移動したタチバナ大佐の部隊が手榴弾を投げ込むのと同時に、彼らは戦闘に突入した。


「撃て! 敵に反撃の隙を与えるな!」


 丘の上から激しい攻撃を加え、左右に展開した分隊の移動を援護する。バンディッツ大隊も含め、二方向から攻撃を受けたレウスカ軍の部隊は、廃墟を盾にするため後退していく。


『こちら、三島分隊。到着』

『堂島分隊、同じく到着しました』


 展開を終えた分隊から通信が入る。タチバナ大佐とヒサカタ少将が顔を見合わせ、頷いた。


「突撃!」


 タチバナ大佐が叫び、装甲車を先頭にして傭兵たちが丘を駆け下りていく。左右からはそれを援護する攻撃が加えられた。

 重機関銃の鈍い発砲音が響く。如何に装甲服を着ているとはいえ、音速の三倍の速度で発射された12.7ミリ弾はいともたやすくコンクリートの壁を貫通し、レウスカ兵を切り刻む。


「反撃しろ! 一歩も引くな!」


 レウスカ語の叫び声と共に、レウスカ軍からの反撃が始まる。不運な一人の傭兵が頭を撃ち抜かれ、仰け反って倒れた。

 すぐさま、他の傭兵たちは装甲車の陰に隠れる。


「RPG!」


 レウスカ兵が対戦車ロケット弾を構えていることに気づいた傭兵が叫ぶが、間に合わない。

 狙撃銃を持ったナラサキ中佐が対戦車兵の頭を撃ち抜く寸前に弾頭が発射され、装甲車に直撃した。装甲車は陰に隠れていた傭兵をも巻き込んで爆破炎上する。


 それでも、数の上では彼らが有利だ。機銃掃射の弾幕で頭を上げられなくなったレウスカ兵たちは、手榴弾を投げ込まれた後にタチバナ大佐率いる傭兵たちの突入を許し、戦闘開始からわずか十五分で、生き残っていたレウスカ兵が投降した。


 廃墟の中から制圧完了を知らせる通信が入り、後方支援に徹していたカエデたちもようやくほっと一息をつけた。オーヴィアスのバンディッツ大隊も攻撃を止め、指揮官と思わしき人物がこちらへとやって来た。


「バンディッツ大隊隊長、陸軍中佐のホルムだ。指揮官に会いたい」

「正式な指揮官のタチバナ大佐はあちらに。ただ、この部隊のいわば雇い主は私だ」


 ホルム、と名乗った軍人はヒサカタ少将の言葉に怪訝な表情をした。


「雇い主? ……失礼、軍の高位にある方とお見受けするが」

「日本空軍第6航空団司令、空軍少将のヒサカタだ。とある事情で、パイロット救出のため、このPMSCs部隊に同行している」


 ヒサカタ少将がそう言うと、ホルム中佐は胡散臭そうなものを見る眼差しを向ける。

 と、ホルム中佐の部下と思わしき将校がこちらへ近づいてきた。ホルム中佐の隣に立ち、見事な敬礼をする。


「バンディッツ大隊、副隊長のクリストファー大尉です。実は、我が大隊は敵のヘリ部隊による攻撃を受け、四散しまして。もしよろしければ、合流のための支援をお願いしたいのですが」

「大尉、勝手なことを――」


 クリストファーと名乗った若手将校の言葉に、ホルム中佐が不快そうな表情を見せ、苦言を呈す。それを遮ったのは、ヒサカタ少将だった。


「支援に関しては尽力しましょう、と言いたいところだが、我々にも任務がある。幸い、我々が探しているパイロットは貴隊の兵士に保護されたと報告があった。こちらを優先していただけるのであれば、喜んで支援しよう」


 ホルム中佐とクリストファー大尉が顔を見合わせた。不満そうながらもホルム中佐が頷くと、クリストファー大尉がにこりとも笑わずに答える。


「分かりました。行動を共にしましょう。それで指揮権ですが――」

「ホルム中佐が全体の指揮を執ってください。私はPMSCs部隊の指揮に専念します」


 廃墟から戻ってきたタチバナ大佐が敬礼しながら話に割り込む。後ろでは傭兵たちに拘束された数名のレウスカ兵がうな垂れていた。

 話に割り込まれたクリストファー大尉だが、表情一つ変えることなく頷く。良いですね、と言わんばかりにホルム中佐の方を向くと、ホルム中佐もこれを了承した。


「ところで捕虜はどうする? 捕まえたのはそちらだ。そちらの意向に従おう」


 ホルム中佐の言葉に、ヒサカタ少将が即答する。


「残念だが、捕虜を連れて行けるほどの余裕はない。そちらはどうだ?」

「こちらも同じく。ならば、ここに置いていくしかないな」


 全員が同意し、レウスカ兵が武器を奪われた上、拘束されたままの状態で置き去りにされる。


「攻めているのはそちら側だ。運が良ければ、すぐに助けてもらえるだろう」


 クリストファー大尉がレウスカ語で彼らにそう言うと、彼らは青ざめた表情で、連れて行け、と喚いた。

 ホルム中佐とクリストファー大尉はそれを平然と無視しながら自分の隊へ戻り、ヒサカタ少将たちも装甲車へと戻っていった。


「閣下、本当に良かったんでしょうか」


 カエデがそう聞くと、ヒサカタ少将は苦笑いしながら答えた。


「クリストファー大尉の言葉通りさ。運が良ければすぐに助かる。運が悪くても、まあ死ぬことはないだろう。不毛の砂漠ではないからな」

「はぁ」


 思わず気の抜けた返事になる。


「それよりもレオンハルトだ。敵がここまで進出しているとなると、敵中深くに取り残されているのかもしれん。早く救出しなければ」


 ヒサカタ少将の顔にはわずかに焦りの色が見えていた。彼なりに今の状況に危機感を覚えているのだろう。


 隊長、どうかご無事で――。カエデは自然と祈るような気持ちになっていた。




「くそっ、いくらやってもキリがない! 救援はまだか!」

「ミューレンバーグ曹長、駄目です! 最初の救援要請以降、通信が繋がりません!」


 断続的な銃撃音。そして時折、爆音と共に爆風が彼らを襲う。

 ハンヴィーから飛び出したレオンハルトたちは、レウスカ軍に包囲され、猛攻を受けていた。


 ハンヴィーが横転したのは、小さな町の交差点付近だ。レオンハルトやミューレンバーグ曹長は交差点のすぐ近くの商店を拠点に籠城戦を繰り広げていた。


 ダダダ、と重機関銃の鈍い音が室内に響く。敵はそれほど多いというわけではなかったが、戦車一台と歩兵五人では如何せん戦力不足だ。


「敵の戦車を早々に片付けられたのは幸運だったな。あれが生きてたら、とっくの昔に死んでるぜ」

「無駄口叩いてる暇があったら撃ちまくれ! 敵を近寄らせるなよ!」


 レオンハルトたちが立てこもって銃撃戦を続ける一方、彼らと行動を共にしていたM3スタッドマン戦車の方は、建物に頭から突っ込んで遮蔽しつつ、敵の拠点を砲撃して回っている。


「ポイントF7に敵拠点」

『了解。……くそっ、良いポイントが見当たらない』

「隣のビルはどうです? そこに突っ込めば、ちょうど狙えると思いますが」

『ん? ああ、そうだな。よし、ちょっと待ってろよ』


 M3戦車がビルに突っ込む。衝撃でビルが揺れるが、頑強を誇るM3戦車はビクともしない。

 砲塔が顔を出した直後、轟音と共に敵の拠点が爆発する。砲撃を終えると、すぐさまM3戦車は退避行動に移った。


『敵拠点、破壊完了』

「グッドワーク! その調子で頼みます」


 厳しい戦況ながら、通信兵が笑顔を見せる。戦力差はともかく、雰囲気は悪くない。

 レオンハルトがミューレンバーグ軍曹に渡された小銃の引き金を引きながらそんなことを考えていると、包囲していたレウスカ軍が何事かを喚きながら、後退し始めた。


「何だ?」

「どでかい砲撃でも来るんじゃないか? あるいは爆撃かもな」

「不吉なこと言うんじゃねぇ」


 軽口をたたき合うミューレンバーグ軍曹たちだったが、内心は緊張しているのだろう。小銃を持つ手が、ギュッと握りしめられている。

 やがて、彼らの目の前には見慣れない装甲車と見慣れたM3戦車が見えてきた。


「あの戦車は味方だ! 助かったぞ!」

『大隊長のホルムだ。指揮を執っているのはどいつだ?』

『こちら、チャーリー4。小官であります、サー』


 味方だ、とはしゃぐ兵士たち。どうやら助かったらしい、とレオンハルトがため息をついていると、通信機からは彼らの会話が続いて聞こえてきた。


『そこに日本空軍のパイロットがいないか? 後ろの装甲車はそいつを迎えに来た送迎車だ』


 全員の目がこちらを向く。


「良かったですね、少佐! ……あー、失礼いたします、大隊長殿。こちらはミューレンバーグ軍曹。日本空軍のパイロットの方を保護しております」

『ん、良くやった軍曹。後は彼らに任せろ』

「はっ」


 通信が切れる。銃を置いたミューレンバーグ軍曹が建物から手を振っていると、車列はすぐにこちらへとやって来た。

 止まった装甲車の中から、見覚えのある――そして、ここにいるはずのない顔が出てくる。


「な、クシロ! それにヒサカタ少将まで!」

「やあ、レオンハルト。元気だったようだな」

「隊長!」


 カエデが飛び込んでくる。今まで、した覚えもされた覚えもないハグに困惑していると、周りの兵士たちが冷やかすように口笛を吹く。


「どうしてここに?」

「色々あってな。PMSCsを引き連れて、お前を助けに来る羽目になった」

「はあ……」


 色々、という言葉だけでは説明しきれないほどの状況であるとは思ったが、とにかく助けに来てくれたことは事実だ。素直に礼を言う。


「ありがとうございました、少将。それにクシロも」

「ご無事で良かったです、隊長」

「上を見ろ。お前の部下が飛んでるぞ。彼らもお前を助けるために飛んでたんだ」


 ヒサカタ少将の言葉に上を見上げると、見慣れたF-18J(イーグル)の鋭角なシルエットがいくつも大空を駆けていた。


「少佐、無事で何よりだが、少将が前線に出て来られたのは楼州連合軍最高司令部(SHAPoL)からの特命があったからだ。詳しくは中で説明する。早く乗りたまえ」


 いつの間にかヒサカタ少将の後ろに立っていたナラサキ中佐が、冷静な表情で告げると、ヒサカタ少将も表情を改めた。


「ああ、そうだった。割と急ぎの用事だ。さっさと帰るぞ」

「急ぎの用事? それは一体――」

「詳しくは中で、だ。さあ、乗れ」


 それだけ言うと、ヒサカタ少将とナラサキ中佐は装甲車の中に戻ってしまった。後にはレオンハルトと、抱きついたままのカエデが残される。


「あー、何だ。改めて、ありがとう。クシロ」

「いえ、本当にご無事で何よりでした。……あ、す、すいません!」


 抱きついたままであったことにようやく気づいたカエデが顔を赤くしながら離れる。どこか気まずいものを感じながら、レオンハルトは装甲車に乗るよう、カエデに促した。


「軍曹、君たちのおかげで助かった。この恩は忘れないよ」

「いえ、少佐。当然のことをしたまでです。少佐のご武運をお祈りしております」

「私も君の武運を祈っている。元気でな」


 ここまでレオンハルトと行動を共にしたミューレンバーグ軍曹と見事な敬礼を交わし、別れる。


 こうして、降って湧いたレオンハルトの救出作戦は、一応の幕を閉じたのであった。

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