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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第一章 宝石戦争開戦
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第四話 レウスカ人民軍進撃(1)

 1991年6月17日、レウスカ人民共和国国家評議会議長の声明


 昨日、PATO並びに楼州議会は我々のラピス共和国への攻撃にかこつけて、我々に対する最後通牒を突きつけた。

 しかし、そもそも今回の攻撃は、我々人民に対する攻撃を目論むオーヴィアス連邦とその同盟国に対する膺懲の一撃であり、その根本的な原因たるは軍事衛星「ピースメーカーⅠ」に他ならない。

 この衛星によって世界人民の強圧的支配を目論んだオーヴィアス連邦とその同盟国に対して、我々レウスカ人民は強く抗議を表明するものであり、脅威の排除のために、人民軍は圧倒的軍事力を発動し、悪しき企みを打破する準備を既に終えている。

 レウスカ人民の代表たる者の責務として、私、ミハウ・ラトキエヴィチはただ今を以て、PATOに対する脅威排除行動に移ることを宣言する。

 PATO及び楼州議会は、かかる事態に発展した責任を自覚し、直ちに我々人民に対する謝罪と賠償を行うことを求めるものである。


 レウスカ人民共和国 国家評議会議長 ミハウ・ラトキエヴィチ




 6月17日の正午に行われたミハウ・ラトキエヴィチ議長の宣戦布告とほぼ同時刻、ラピス及びバーレンとの国境沿いに展開していたレウスカ人民陸軍の第1軍が、レウスカ人民空軍の支援の下に進撃を開始した。

 予想を遙かに上回るレウスカ人民軍の侵攻に対し、PATO上層部は為す術なく事態を傍観していたと言っても過言ではない。


 開戦翌日には、ラピス国境の街アルクイユがレウスカ人民軍の手に落ち、さらにその翌日、バーレン陸軍の第1歩兵師団がスヘルメル市郊外でレウスカ人民陸軍の第4装甲師団と交戦。一方的な敗戦を喫し、バーレン西部の主要都市マールセンへの撤退を余儀なくされていた。

 地中海を挟んでセルシャ大陸東部、「共産圏に打ち込まれた東側諸国の楔」とも称される東ベルクでも、海上で国境を接するレウスカとの間で小競り合いが勃発。沿岸警備隊だけでなく、海軍が出動する事態へと発展している。

 6月22日、ラピス中央部への進出を試みたレウスカ人民軍を、ラピス国防陸軍とLSDFの連合部隊がようやく押しとどめたのが、ここ数日の唯一の反撃と言える。


 ここに来て、ようやくPATO楼州連合軍のウォーカー最高司令官が武力制裁の開始を宣言するものの、レウスカは開戦に踏み切れないだろう、と高をくくっていたPATO諸国の動きは鈍く、レウスカ人民軍は予想外の快進撃を続けている。


 開戦の火蓋を切ることとなったレオンハルトたちアイギス隊は、一進一退の攻防を繰り広げるラピス南西部の戦線に毎日のように出撃しており、開戦から一週間となる6月24日の朝も、編隊員が各方面へと派遣されていた。

 レオンハルトとカエデはラピス南西部最大の都市ランブイエを守る第3機械化歩兵師団の上空支援の任務に就くこととなっており、同僚のアイギス7とアイギス8――ジグムント・クレンツとイオニアス・ヴェニゼロスが行動を共にしていた。


『あー、ちくしょう。俺たち働きづめじゃねぇか。そろそろ休みたいぜ』

『はいはい。私はそろそろ聞き飽きてきたわよ』

「そろそろ、管制空域に入る。叱られんように静かにしておけ」


 私語が多い、とルドヴィク中佐からしばしば怒鳴られているジグムントに対して、ほとんどしゃべることのないイオニアス、とまるで正反対のコンビであるが、実力は十分だ。

 開戦以後、二人はそれぞれ一機撃墜の戦果を挙げており、地上部隊支援においても敵の仮設レーダー陣地を破壊するという形で貢献している。


『――こちら、早期警戒管制機(AWACS)。コールサイン、ルナール6。応答願います』


 ハスキーな女性の声が通信機越しに聞こえてくる。どうやら管制空域に入ったようだ。


「こちら、アイギス5。通信良好」

『一日ぶりですね。早速ですが、管制誘導を開始します』

「了解」

『当空域には複数の部隊が展開しますので、コールサインを割り振ります』


 AWACSの戦術コンピュータとリンクしたことを知らせるチャイムと同時に、レーダーディスプレイに複数の光点が表示される。レオンハルトたちは「デルタ」と表示されていた。


『ポイントE2からD3にかけて、敵地上部隊の野戦陣地が確認されています。デルタチームはこの空域の戦闘空中哨戒をお願いします』

「了解した」

『昨日、隣接空域で例の新型が確認されています。レーダーで捉えにくいタイプのようですから、そちらでも警戒を怠らないようにお願いします』


 ジグムントがわざわざ通信をオンにして唸っている。ジグムントは新型にしてやられた先日のことを思い出しているのだろう。気持ちは分からないでもない。


『そうそう。PATO上層部はあの新型にコードネームを割り当てたそうですよ。確か――』

『ファントム、だ。こちら、ルナール1。戦場にようこそ。私語も良いが、お仕事だ。敵の航空部隊を確認した。野イタチ(ワイルドウィーゼル)共の援護を頼む』

「了解だ。奴らにはすぐに行くから待っていろ、と伝えてくれ」


 ルナール1と名乗った男が笑いながら、伝えておくよ、と答えた。ルナール6もご武運を、と魅力的なハスキーボイスで囁いた後、通信を切った。


 それにしても、ファントム――亡霊とは、レーダーになかなか映らないあの敵機には何ともぴったりなネーミングだ。巨大な組織であるPATOにはとことん暇な人間もいるらしい。


『リーダー、味方編隊を確認。ワイルドウィーゼルです』


 レーダーを確認すると、アルファチームの表示が出ている。前方やや右方向に見える編隊がそうだろう。


『こちら、アルファ1。デルタか?』

「こちら、デルタ1。アルファの援護を担当する」

『任せたぞ』


 レオンハルトたちが乗るF-18J(イーグル)と比べ、小型で軽いF-20D(ファルコン)の編隊だ。彼らは対レーダーミサイルや無誘導爆弾を駆使して、敵防空網の制圧を行う非常に危険な任務に従事することとなる。

 被撃墜率は他の任務と比べて非常に高く、ワイルドウィーゼル任務に就くというのは、それだけで優秀なパイロットと認められたということでもある。


『ルナール1より当空域の全機、これより状況を開始する。諸君の武運を祈る』

『アルファチーム、交戦』

『ブラボーチーム、交戦します』

『チャーリーチーム、攻撃準備完了』

「デルタチーム、交戦」


 AWACS管制官の通信と同時に、途端に戦場が騒がしくなる。地上では航空部隊の防空網制圧を支援するための陽動攻撃が始まっており、後方からは砲撃陣地の攻略を担当するブラボーチームと、その支援を担当するチャーリーチームが接近しつつある。

 アルファチームはブラボーチームの到着までに防空網を制圧しなければならない。そのためには、デルタチーム――レオンハルトたちが敵戦闘機の妨害を排除する必要があるのだ。


『敵機接近を確認。デルタ1、対応をお願いします』

「了解」


 レオンハルトとカエデが左へ旋回し、敵の斜め前から突入する角度を取る。残りの二人は、不測の事態に備えるために、アルファチームについたままだ。

 豆粒大の敵を見据え、ロックオンする。レオンハルトの狙いは、中距離からミサイルを発射した後、回避しようとする敵を後ろから襲うセオリー通りの作戦だ。


「デルタ1、フォックス3」

『デルタ2、フォックス3』


 ミサイルを発射し、上昇。すぐに緩やかな下降コースに入り、敵機目掛けて突入する。

 敵機の電子妨害を受けたミサイルが見当違いな方向へ逸れていくが、その間にレオンハルトとカエデは敵機の斜め後ろ上空へと移動している。トリガーを引き、機銃弾で敵機を沈めた。


「デルタ1、一機撃墜」

『スプラッシュ1、スプラッシュ1』


 敵編隊の真ん中を突っ切った二人は、そのままインメルマンターンで反転して再び敵編隊の上空を取ろうとする。しかし、反応の早い敵がレオンハルトをロックオンし、ミサイルを発射した。

 レオンハルトは電子妨害装置を起動させず、ミサイルに追尾されたまま敵編隊に再び突入する。敵機の間近を通り抜け、驚いたことに追尾していたミサイルを敵機に押しつけた。間近を音速に近い速さで通り抜けられた敵機は、コントロールを失ったところに、レオンハルトを追尾していたミサイルの直撃を受け、爆散した。


『ナイスキル』

「まさかここまで上手くいくとは思わなかったよ」


 敵編隊の上空を飛ぶカエデと合流したレオンハルトが笑いながら答える。さすがに警戒したようで、敵機は少し距離を置いている。ワイルドウィーゼルを守る任務としてはそれで十分だ。


『アルファ1、マグナム』


 レオンハルトとカエデが敵機と戦っている間に防空網へと接近したアルファチームが攻撃を始めた。対空砲火に晒されながらも彼らは果敢に防空網を食い破っていく。

 対空砲火が徐々に減っていき、遂に沈黙する。ワイルドウィーゼルは、二機が被弾して煙を噴いていたが、飛行には支障がないようだ。


『こちら、アルファ1。敵防空網の制圧に成功。デルタチームの支援に感謝する』

「グッドワーク。見事なものだな」

『そちらこそ。初めての実戦だったが、君たちのおかげで訓練同様に臨めたよ』


 アルファチームが帰途に就く。後はブラボーチームが砲撃陣地を叩くだけだ。


『こちら、ブラボー1。空域に入った。これより攻撃を開始――』


 通信が突然途絶える。明らかに不自然な途絶だ。


『ブラボー1、どうしました? ブラボー1、応答願います』

『こちら、チャーリー4! 敵の攻撃を受けている!』

『ファントムだ! ファントムが現れ――』


 通信が錯綜している。最後の通信を聞く限り、あの新型が現れたようだ。


『デルタ1、至急ブラボー・チャーリーの支援をお願いします』

「了解。すぐに向かう」


 ジグムントとイオニアスがアルファの直掩から外れ、四機でフィンガーチップ隊形をとる。レーダーを確認するが、敵機を示す光点はなく、ただ味方の光点が次々に消えているだけだ。


「チェックシックス。上空の確認も怠るな」

『了解』

『反応が弱いですが、レーダーに捉えました。データリンク開始します』


 ハスキーボイスなオペレーターの通信と同時に戦術ディスプレイが更新される。敵を示す光点が明滅しているが、四機いるのは確かだ。


『くそっ! 護衛が全滅した! デルタ1、気をつけろ。こいつら、手強いぞ!』

「ああ。よく知ってるよ。上から突っ込む。上手く避けてくれ」

『何でもいいから早くしてくれ!』


 チャーリーチームは全機撃墜されてしまっている。ブラボーチームは攻撃を避けて撤退するのが精一杯のようだ。


「デルタ1、交戦」


 レオンハルトが交戦宣言と共にミサイルを放ち、ドッグファイトのただ中に突入していく。やはり、ミサイルがそのまま敵機に命中することはなく、別の方向へ逸れていった。


『危ねぇ! 掠った!』


 至近距離を敵の機銃弾が通り抜けたジグムントが騒いでいるが、レオンハルトは淡々と指示を下す。


「散開しろ、一人一機だ。ブラボーチームに近づけるな」

『了解』

『無茶言ってくれるぜ…』


 敵機はブラボーチームへの攻撃を止め、レオンハルトたちを警戒するように距離を取っている。ブラボーチームはその隙に、一目散に戦場から離脱を始めた。

 レオンハルトたちが散開すると、敵も同様に散開して一対一のドッグファイトに移る。レオンハルトと対峙している敵機の側面には百合の意匠が描かれていた。


「この間の奴か?」

『そうかも知れません』


 カエデと通信を交わしながらも、敵機と後ろを取り合うシザーズ機動が続く。なかなか敵は隙を見せない。この手強さは宇宙センターで遭遇した敵とそっくりだ。


「機体の性能もそうだが、パイロットの腕も良いな。Bol-31(フォックス)とは段違いだ……!」


 ギリギリのところで敵の攻撃を躱す。危うく主翼を撃ち抜かれるところだった。一瞬たりとも気を抜くことのできない戦闘が続いている。

 わずかな時間、レオンハルトの反応が遅れ、たちまち後ろを取られた。相手が攻撃するタイミングを見計らって急減速。強烈なGがレオンハルトを襲う。


「くっ……!」


 意識が遠のきそうになるが、歯を食いしばって堪える。何とか攻撃を躱すことはできたが、それに精一杯で攻勢に転じることができない。


 レオンハルトは敵から距離を取りつつ、反撃の糸口を探ろうとする。その時、突然コックピットに警告音が鳴り響いた。反射的にレオンハルトが急旋回をした瞬間、わずかな隙を突いて敵がレオンハルトの進路上に機銃弾を放つ。


「な――」

『大尉!』


 爆音と共に、通信が途絶えた。

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