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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第三章 敵艦、見ユ
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第十一話 空中戦艦を撃て(3)

「艦長! どうか考え直してください! このままでは味方も巻き込んでしまいます!」


 アラームが鳴り響く艦橋で、参謀が艦長の肩を掴んで叫んでいる。先ほど、敵戦闘機の攻撃によって、満を持して投入した新兵器“トファルドフスキーの杖”をあっさりと失った空中戦艦(シチシガ)は、もはや大陸へ帰還することは困難であるとして敵艦隊への特攻へと移っていた。

 無論、この決定に反発する者もいたが、シチシガ艦長のキェシェロフスキー准将は目を血走らせて特攻決定を押し切った。これに対して異を唱える参謀が、キェシェロフスキー准将を何とか翻意させようと説得を試みていたのである。


「艦長!」

「うるさい! これは決定事項なのだ! “杖”を失い、おめおめと帰ってみろ。我々は全軍の面汚しとなるのだぞ!」

「しかし何も特攻でなくとも反撃は可能です! 推力は低下していますが、着水して海上航行すれば良いだけの話でしょう!」


 参謀の言うとおり、シチシガは海上航行も可能だ。そもそも、シチシガが空を飛んだのは今回で三度目であり、それ以外の時はレウスカの領海内でひっそりと出撃の機会を待っていることの方が多い。上部甲板が大きな損害を受けたとはいえ、シチシガが誇る対空砲台群は健在だ。これを水平に向ければ、十分に連合艦隊への脅威となるだろう。

 しかし、冷静さを失っているキェシェロフスキー准将は特攻あるのみとして、決して参謀の言を受け入れなかった


「オペレータ、艦を着水させろ! 艦長は冷静な判断ができない状態だ。私が臨時に指揮を――」


 参謀の一人がキェシェロフスキー准将から指揮権を奪い、オペレータに指示を出したその瞬間、艦橋に乾いた音が鳴り響いた。参謀は何が起こったか分からない、という表情で胸を押さえ、そのまま倒れる。

 その後ろでは血走った目のキェシェロフスキー准将が拳銃を構えている。彼が参謀を撃ち殺したことは、誰の目にも明らかであった。


「この艦の艦長は私だ! 私の命令に逆らってみろ、国家反逆罪と見なしてこの場で撃ち殺してやる!」


 狂人、と表現する以外にないキェシェロフスキー准将の様子に、艦橋が凍り付く。その直後、今度は艦橋全体を激しい衝撃が襲った。立て続けに発生する異常事態に、オペレータたちの混乱が極限に達する。

 そんな中でも律儀に自分の仕事を果たしていたレーダー担当のオペレータが艦橋を襲った衝撃の原因を発見した。


「レーダーに反応! 日本軍機です!」

「どこまでも忌々しい奴らだ……! 対空砲台は何をしている? さっさと撃ち落とせ!」


 そうは言っても、トファルドフスキーの杖が破壊された際に数多くの対空砲台が道連れとなっており、稼働できる数は少ない。その上、相手は高速で飛び回る戦闘機だ。元々、無人艦載機であるBol-300(ラーストチュク)と共同運用されることが前提の空中戦艦では有効な打撃がなかなか与えられないのだ。

 次々に敵空軍機の攻撃がシチシガに命中し、艦橋が揺れる。攻撃は左翼とエンジン部分に集中しており、その影響か高度が下がりつつあった。


「第二エンジン出力低下! 第三エンジン、沈黙しました!」

「左舷砲塔管制部との通信途絶!」


 各所からの被害報告が相次ぎ、もはやシチシガの飛行が継続不可能なのは明白だ。それでもなお、飛行継続を命令し続けるキェシェロフスキー准将に、艦橋のオペレータたちが反感を抱き始めたその時、敵の赤い戦闘機が艦橋の前に飛び出してきた。

 赤い戦闘機はそのまま反転し、艦橋と真正面から向かい合う形になる。敵機の砲口が艦橋を捉えていることは、誰の目にも明らかであった。オペレータたちの顔が恐怖に引きつる。


悪魔(ジヤヴォール)め……!」


 その言葉を最後に、キェシェロフスキー准将の意識は永遠に途絶えた。




 トリガーを引き、機銃弾を叩き込む。おそらくは艦橋であっただろうそのターゲットは粉々に撃ち砕かれ、爆発を起こした。


「こちら、アイギス1。艦橋と思わしき部分の破壊に成功」

『良くやった。引き続き攻撃の手を緩めるな』

「了解だ」


 レオンハルトはそのまま空中戦艦の背後へ回り込み、主翼の付け根部分にあるエンジン部への攻撃を始めた。


 エンジン部はとても頑丈なつくりになっているだけでなく、周囲の対空砲群からの攻撃によってなかなか手が出せない部分となっていた。だが、レオンハルトが艦橋部を叩き潰したことで、艦内各所への連絡手段や情報共有が行き届かなくなったのであろう。対空砲からの攻撃は目に見えて減少しており、一方的に攻撃することが可能な状況となっていた。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。敵が立ち直る前にエンジンを破壊し、未だに連合艦隊への突入ルートを維持しようとするこの空中戦艦に引導を渡す必要があった。

 僚機が合流し、周囲の対空砲も含めたエンジン部周辺に対して激しい攻撃が行われる。頑丈につくられているとは言っても、これほどの攻撃が集中すれば耐えられるものではない。装甲板が剥がれ落ち、エンジン部がむき出しになる。そこへ機銃弾が命中し、激しい爆発を引き起こした。その衝撃で空中戦艦に巨大な穴が開く。


 空中戦艦は推進力を失い、見る見るうちに下降。激しく海面に叩きつけられ、轟沈した。


『全艦、波に艦首を向けろ! 揺れるぞ!』


 海上はちょっとした騒ぎになっている。空中戦艦が海面に叩きつけられた衝撃で、それなりの波が発生したからだ。何はともあれ、空中戦艦の轟沈によって勝敗は決したと言っていいだろう。レウスカ太平洋艦隊も、空中戦艦が海中に没するのと時を同じくして反転を始めた。


『連合艦隊司令長官のヒサカタだ。追撃の手を緩めるな。不届きな侵略者どもに容赦する必要はない!』


 ヒサカタ大将の檄と共に、継戦能力を保っている艦艇が撤退しようとする敵艦隊に追いすがる。航空部隊もこれに続くが、ちょうどその時、レーダーに新たな反応があった。


『エルロイより展開中の各機。大規模な敵空軍の増援を確認した。おそらく艦隊の撤退援護に就くと思われる』

『おいおい、まだあれだけの戦力を保ってやがるのか? 底なしじゃねぇか』


 ジグムントがぼやく。レオンハルトも全くの同意見だった。どれだけ叩いても湧いて出てくる敵の戦力の前に、ただただ疲労だけが蓄積していくような嫌な気分だった。


「厄介だが仕方あるまい。全機、準備は良いか? 突っ込むぞ!」

『了解!』


 レオンハルトの号令と共に、アイギス隊が加速しながら敵編隊の群れへと突っ込んでいく。


『んな無茶な……』


 他の部隊のパイロットが呆れたような声を漏らす。そう言われるのも不思議ではないほど、彼らの戦法は大胆不敵なものだ。

 敵編隊からの嵐のような弾雨が降り注ぐが、レオンハルトとカエデを除く編隊機は上下に散開してこれを回避する。一方、二人はそのまま直進して銃弾の雨を文字通りかいくぐっていく。動揺した敵が編隊を乱すと、そこへ上下に散開していた僚機が敵編隊を切り裂くように上下から襲いかかった。


『アイギス7、スプラッシュ1』

『一機撃墜しました!』

『危ねぇ! 掠ったぞ!』


 通信回線は大騒ぎだ。上下から突入したジグムントたちはそのまま敵部隊との乱戦へともつれ込む。一方、正面から敵編隊の攻撃を回避し続けていたレオンハルトとカエデは、敵編隊の中に因縁のライバルを発見した。


「“百合”か……。本当にしつこい奴だ!」

『隊長、今度こそ仕留めましょう!』


 カエデがいつになく息巻いている。先に撃墜されたことに対するリベンジという気持ちもあるのだろう。レオンハルトとカエデは正面から“百合”と“鴉”に対峙する。向こうも気づいたようで、真っ直ぐ二人の方へと向かってきた。


「カウント5!」

『5、4、3、2、1、ブレイク!』


 カエデのカウントダウンと同時に、二人が左右に散開する。だが、敵はこれを読んでいたのか二人の動きに追随してきた。意図せずして、そのままシザーズ機動へと移行する。

 先に痺れを切らしたのはレオンハルトとカエデの方だった。わざと大きく軌道を膨らませ、隙を見せる。しかし、敵は惑わされることなく、逆に二人は後ろを取られてしまった。


「さすがにワンパターン過ぎたか……?」


 急減速と急旋回を駆使して離脱する。これで振り出しだ。と、そこへ海上から通信が入った。


『こちら、大和。一斉対空攻撃を行う。これが最後だからな、派手に行くぞ!』


 通信と同時に危険高度が設定される。レオンハルトは僚機に上昇を命じ、自身も機首を思いっきり引き上げた。直後、大和が放った八基のミサイルが炸裂する。突然の出来事に対応できなかった敵機は多く、何機かがそのまま海上へと墜落していった。

 “百合”と“鴉”は健在だ。レオンハルトの上昇に追随し、難なく危険高度を脱していたのである。


「やはり微妙なミサイルだな。存在を知っていれば、回避はそう難しくない」

『それでも、少しは楽になりましたよ』


 どちらも隊列がバラバラになっているが、心の準備ができていたこちら側の方が態勢を立て直すのは早い。すでにジグムントはイオニアスと共に敵機へ襲いかかっていた。


 上空で白熱した空戦が展開されている一方、海上ではレウスカ太平洋艦隊が無残な撤退戦を繰り広げていた。船足の遅い巡洋艦は艦隊の最後尾で連合艦隊からの猛烈な砲撃を受けており、その他にも何らかの故障で速度が上がらなくなった艦船が次々に撃沈されていく。

 大和とその僚艦が四隻目の戦果を挙げたちょうどその時、艦隊最後尾で猛攻を受けていた巡洋艦からヘリが飛び立った。明らかに不自然なタイミングだ。おそらくは司令官クラスの人間が座乗艦を移すのだろう。“百合”を見失い、その姿を探し求めていたレオンハルトもこれを目撃した。


『上空の戦闘機、手の空いた者はいるか?』

「こちら、アイギス1。ターゲットを見失った奴ならここにいるぞ」

『ちょうど良い。今から海兵がヘリを出す。援護してくれ』

「ヘリ? 構わないが、どういうことだ」


 レオンハルトが尋ねると、通信相手はとんでもないことを言い出した。


『申し遅れた。海軍第13特殊戦旅団のマキシマだ。今から、あのヘリに殴り込みをかける。その援護をして欲しい』

「殴り込み、だと?」

『ああ。敵の高官なら捕縛しておきたいからな。ウチの精鋭を出す』


 そういうことではない、と言いたかったが、すでに海兵のヘリは飛び立っている。やむなくレオンハルトはカエデを連れてヘリの上空支援に向かった。


『こちら、レイヴン1。支援に感謝する』

「いや。それは良いんだが、どうやって殴り込みを――」

『まあ、見ていてくれ』


 ヘリのパイロットにもはぐらかされる。仕方なく、レオンハルトは成り行きを見守ることにした。海兵のヘリは帝国陸軍でも運用されているUH-3だが、どことなくシルエットが鋭く、速度が速い。どうやら海兵の特殊部隊が運用するUH-3は特別仕様のようだ。

 UH-3は速度を上げて目標に迫っていく。そして、飛び立ってから十五分ほどで遂に目標の隣に並んだ。次の瞬間、レオンハルトは目を疑うような光景を目撃する。


「な…… と、飛び移った!」


 黒装束の兵士が機銃掃射の援護を受けつつ、何と併走して飛んでいる敵のヘリに飛び移ったのである。その姿は、まるでオーヴィアスの映画に出てくるニンジャのようだった。


「か、カエデ、あれはもしかしてニンジャなのか?」

『忍者なんてそんな……。でもあれは確かに……』


 カエデも目の前で繰り広げられる光景に戸惑っている。そもそも、ヘリからヘリに飛び移るということ自体があり得ないことなのだ。

 三人ほどの兵士がヘリに飛び移った後、レウスカ軍の兵士が海上へ転落していく。突然の事態に、彼らも何が起きたのか分からないまま死んでいっただろう。


 五分ほどで、飛び移った兵士の一人がヘリから顔を出す。と、UH-3と同時に旋回して連合艦隊の方へと向かい始めた。


『こちら、レイヴン1。作戦完了。被害なし。これより帰投する』

「まるで海賊だな。……いや、空賊か?」

『褒め言葉だよ』


 レオンハルトはヘリを艦隊まで護衛する。結局、この戦いにおける仕事はそれが最後となった。


 レウスカ太平洋艦隊は最前列にあった二隻のフリゲートだけが離脱に成功。残りは全て撃沈されるという結果に終わった。最終盤で援護に来た空軍も早々に撤退し、日本海軍と空軍は多くの犠牲を払いながらもレウスカの侵攻を撃退することに成功したのである。


 太平洋艦隊が事実上壊滅したレウスカ海軍は、それまでの積極的な攻撃姿勢から転じて守勢に回ることとなる。陸上では押されっぱなしの環太平洋条約機構(PATO)だが、海上では主導権を握ることができた。

 その陸上においても、中央ローヴィス連邦《FCL》の大半を占領して以来、レウスカ人民軍に動きがない。小康状態を迎えていたこの戦争は、しかし思わぬところで事態が動いていたのである。




「レウスカの日本侵攻作戦は失敗したか」

「役に立たん奴らだ。それよりも外務大臣の方が問題だ」


 統一連邦首都ブレスクグラードの一角、市街地を見下ろすビルの会議室に陰気な男たちが集まっている。

 彼らは統一連邦共産党の保守派、そして統一連邦軍の守旧派と呼ばれる派閥の男たちだ。彼らはメニシチコフ大統領が進める連邦改革に反対する旧勢力の代表格であり、メニシチコフ政権打倒のための策謀を練っている。

 今回のローヴィス大陸での戦争において、統一連邦がサプチャーク中将を指揮官とする義勇軍団を派遣したのも、東側との関係を悪化させることで統一連邦への求心力を高めることが目的の一つとなっていた。


「シルアノフか。確か、レウスカとPATOの和平仲介に出向いたのだったか?」

「余計なことをしてくれる。これでまた半年は動かんだろう」

「企業連合はもう限界ですぞ。早くメニシチコフを引きずり下ろさねば――」


 突然、会議室の扉が開かれる。全員が緊張した目線を扉に向けた。


「遅れてすまない。話は弾んでいたようだな」

「同志オセニエフ……。心臓に悪いことをしないでいただきたい」


 でっぷりと太った男が胸をなで下ろしながら、非難するような目を入ってきた男に向ける。それに対して、太った男の隣に座っている、痩せ細っていて、しかし目だけはギラギラと鋭い男が皮肉な笑いを浮かべた。


「ふん。あんな大声で騒いでいる方が悪かろう。自覚があるなら、もう少し声を小さくしたらどうだ?」

「同志マルティノフ、その辺にしてやれ。彼が困っているだろう」


 遅れて入ってきた二人の男。上等なスーツを着た男は統一連邦副大統領のオセニエフ、そして軍服を着た男はKGB議長のマルティノフ保安大将だ。


「さて、今ここにはいないが同志スクリャービンが具体的な計画を立案してくれた。これに従って動こうと考えている」

「ほう。それはいかなる計画なのですかな?」

「これを読みたまえ」


 マルティノフ大将が書類を出席した男たちに渡していく。その書類を見た男たちは一様に驚きの表情を浮かべた。


「こ、これは――」

「――そう。我々はクーデターによってメニシチコフ政権の打倒を図る」


 時に1992年1月。この秘密会議のおよそ一年半後、クーデターは現実のものとなる。

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