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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第三章 敵艦、見ユ
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第九話 空中戦艦を撃て(1)

 空中戦艦の登場によって、大した休憩も取れずに再出撃をしたレオンハルトとカエデの二人は、再び連合艦隊の上空にさしかかっていた。

 すでに連合艦隊は敵艦隊を視界に収めており、海上では激しい砲戦が、上空では熾烈極まる戦闘機同士の攻防戦が繰り広げられている。レオンハルトたちはその中をくぐり抜け、空中戦艦を迎え撃つために集められたアイギス隊に合流した。


『隊長、無事だったんだな!』

「ああ。心配をかけたな」


 ジグムントの声が懐かしく聞こえる。やはりこの騒がしい僚友がいなければ、と思いながら、レオンハルトは戦域情報システム(WAIS)を確認した。

 通信途絶直前、WAISには空中戦艦の位置が表示されたものの、それからは更新されていない。最後に確認された地点は日本領海のすぐ外側だ。管制官から通信が入る。


『アイギス隊、よく聞け。空中戦艦の到着まで、時間はあまり残っていないだろう。あれが戦場に到着すれば、艦隊も非常に不利な状況に追い込まれる』


 前回の戦いで空中戦艦を追い払うことができたのは、レオンハルトたちが損害を与えたからだ。海上からの攻撃が届くかどうかは分からない上、狙い撃ちにされれば艦隊が危ない。その意味で、管制官の言葉は正しかった。


『君たちには、何としても空中戦艦の戦闘空域突入を防いでほしい』

「簡単に言ってくれるな。私たちも万能ではないぞ」

『それを承知の上で、だ。連合艦隊が打撃を受ければ、我が国は無防備な列島を敵の面前に晒すことになる』


 海軍と空軍が世界有数の規模と実力を誇る一方、陸軍はその割を食っている。装備の質そのものはなかなかのレベルだが、いかんせん数が少ないのだ。統一連邦に次ぐ物量を誇るレウスカ人民軍による本土上陸という事態になれば、あっさりと潰されてしまう可能性が高い。

 レオンハルトたちが日本の生命線を担っていると言っても過言ではない状況であった。


『他の部隊は敵空軍との戦闘で手一杯だ。頼めるのは君たちしかいない』

「分かった分かった。ただ、空中戦艦以外の敵は他の奴らに任せるぞ」

『もちろんだ。全ての部隊が君たちをバックアップする』


 管制官との通信を切り、レオンハルトは高度を上げた。編隊機もそれに続き、総勢十二機のF-18J(イーグル)が雲の上へと上昇する。雲海の下で繰り広げられる戦闘を横目に、アイギス隊は空中戦艦がいると思われる空域へ向けて速度を上げていった。

 五分ほどで、一人のパイロットが水平線上に何かを見つける。


『こちら、アイギス9。11時方向に何か見えた』

「――視認した。あれが空中戦艦か?」

『分かりませんが、あそこは敵艦の予想現在位置に近いです。可能性は高いかと』


 レオンハルトは少しだけ迷ったが、接近してみることに決めた。


 近づくにつれてそのシルエットがはっきりしてくる。まさしく、先日の戦闘で目にした空中戦艦そのものだった。敵もレオンハルトたちを発見したのか、無人戦闘機を繰り出してくる。先日の戦闘では同士討ちをものともせずに執拗な攻撃を続けていた厄介な敵だ。

 レオンハルトは二機編隊(エレメント)ごとの散開を命じ、自身はカエデと共に敵機の群れへと突入していった。


「アイギス1、交戦」


 コックピットに警報音が鳴り響く。レーザー照射を受けていることを示す警報だ。チャフやフレアでの妨害ができず、非常に面倒な誘導方式である。レオンハルトは敵編隊への突入を諦めてミサイルの回避に専念する。

 機体を右下方へと急降下させて海面ギリギリで急上昇へ転じる。すぐ後ろを追尾していたミサイルは急激な動きについて行くことができずに海面へ直撃。水柱が上がった。

 だが、無人機はレオンハルトたちに肉薄して次々に攻撃を繰り出してきた。二発、三発と後続のミサイルが放たれて警報音が鳴り止まない。自機とミサイルの間に無人機を飛び込ませて同士討ちを誘うなど、なかなかに困難なテクニックを活用するが、無人機は「人が乗っていない」という長所を存分に生かした複雑な機動で彼らを追い詰める。


 遂にアイギス隊の一人が執拗な無人機の追尾に捕まった。


『アイギス6、被弾した! 脱出する!』


 一人が脱出したのを皮切りに、次々にアイギス隊のパイロットたちが撃墜されていく。瞬く間に五人が撃墜されて脱出するという事態に至り、レオンハルトは危機感を抱いた。未だ空中戦艦を攻撃可能な距離まで到達していないにも関わらず、すでに部隊の半数を失っているのだ。


「全機、いったん退け! 態勢を立て直す!」


 レオンハルトの指示と同時にアイギス隊の各機が無人機の包囲網から離脱を始める。その途中、また一人の脱落者を出してしまうが、残る六機は何とか無人機の群れから脱出することができた。

 とはいえ、空中戦艦は傷一つ負うことなく連合艦隊へと近づいている。何とかして攻撃の手段を探らなければならない。


「あの無人機さえ何とかできれば良いんだがな……」


 レオンハルトが難しい顔をしてつぶやいたその時、通信が入った。


『こちら、エルロイ。聞こえるか? 空中戦艦について帝国軍情報部(MIS)から情報が届いた。WAISを確認してくれ』


 管制官からの通信と同時にデータリンクが始まり、WAISが更新される。レオンハルトの視界にImportant Targetという表示が現れた。


『重要目標の表示が見えるか? それは空中戦艦が無人機を統制するための管制システムを示している。そこを破壊すれば、無人機の戦闘効率は一気に下がるはずだ』

「了解した。ちょうど攻撃手段に迷っていたところだったんだ。試させてもらうぞ」


 レオンハルトはそう言うと、残っている五人を陽動に当てて、自身は単機で管制システム破壊に挑むことを決めた。当然、カエデたちからは反発を受けたものの、レオンハルトはそれを押し切って再攻撃を開始した。


 無人機が六人を取り囲むようにして迎え撃つ。これに応じた五人とは対照的に、レオンハルトは急旋回を繰り返して攻撃を避けながら、空中戦艦へと近づいていった。至近距離を無人機の放った機銃弾が通り抜けていくが、レオンハルトは構うことなく飛び続ける。


 そして、遂に空中戦艦を射程圏内に収めた。


 空中戦艦の電子妨害の範囲内に入ったためか、データリンクや通信が途絶する。しかし、レオンハルトが駆るF-18Jの戦術コンピュータは、データリンク時に得られた情報を基にターゲットを正確に捉え続けていた。


「――ここだ!」


 無人機だけでなく空中戦艦からも浴びせられる砲火を懸命に回避しながら、ほんの一瞬だけ訪れたチャンスを逃すことなく、レオンハルトはトリガーを引く。F-18Jから放たれた機銃弾は(あやま)つことなく管制システムを貫いた。

 その途端、レオンハルトを追って複雑な軌道を描いていた無人機の飛び方が単調なものになる。

 レオンハルトは先ほどと打って変わって、悠々と空中戦艦の電子妨害圏内を突破。動きが単調になった無人機への反撃に出ていた僚機の下へと戻った。


『隊長!』

『アイギス1、良くやってくれた! 無人機の脅威は取り除けたな?』

「ああ。これから本丸の攻撃に移る」


 第一の関門だった無人機の群れは、管制システムの破壊によって突破することができた。だが、未だに空中戦艦は日本空軍が使用するミサイルを無効化することができる電子妨害の盾と、強力な対空火器を擁しており、一筋縄ではいかない戦力を保っている。

 さらに、空中戦艦は連合艦隊司令部を驚愕させることとなる秘密兵器を隠したままであった。そんなこととは思いもよらないレオンハルトたちの目の前で、その秘密兵器はベールを脱ぐこととなる。




「特別管制区画に被弾! 無人機(ツバメ)の統制できません!」


 オペレータの悲鳴のような報告に、空中戦艦(シチシガ)艦長のキェシェロフスキー准将は思わず顔をしかめた。指揮官たる者、常に冷静たれ――。将校の心得として、軍事アカデミーでも習うこの言葉に反する行為だが、彼の内心から考えればむしろ良く抑えたものだと言えるだろう。

 大国レウスカの象徴である空中戦艦が、二戦続けて戦闘機(小バエ)風情にしてやられたことへの屈辱に、はらわたが煮えくり返るような怒りを感じながらも、表面上は顔をしかめる程度に留めたのだ。


 無人戦闘機であるBol-300はシチシガからの管制を外れ、単調な動きをしている。見る見るうちに発艦させたBol-300の半数が撃墜されてしまった。キェシェロフスキー准将は苛立ちを隠しきれず、怒鳴りつけるようにオペレータを問いただした。


「管制区画を攻撃した敵機はどうした?」

「対空戦闘準備が間に合いませんでした。敵機は攻撃圏外に出ています」

「すぐに戻ってくるだろう。準備を急がせろ」


 指示を出した後、キェシェロフスキー准将は目の前のディスプレイに表示されている戦域図を睨みつけた。六機に減った敵は、Bol-300の排除に専念している。複雑な動きができなくなった以上、それほど時間もかからずにBol-300は全て撃墜されるだろう。


 案の定、五分ほどで全てのBol-300が撃墜され、敵機がシチシガへと接近し始めた。キェシェロフスキー准将が電子妨害装置の起動を命じると、わずかなタイムラグの後に電子妨害が始まる。レーダー索敵から外部監視カメラでの索敵に切り替わり、索敵範囲が狭まった。


「索敵代わりに、残っているツバメを全部出せ」

「はっ」


 すぐに飛行甲板からBol-300が飛び立っていく。全てのBol-300が出撃し終わった後、キェシェロフスキー准将は手元にあるボタンを押した。艦橋だけでなく、艦全体にサイレンが鳴り響き、乗組員が驚いて作業の手を止める。


「こちら、艦長。“トファルドフスキーの杖”を稼働する」


 キェシェロフスキー准将の放送と共に、艦内が騒々しくなる。やがて、上部甲板で異変が起こった。上部甲板が二つに割れ、巨大な筒状の物体が姿を現したのである。

 これこそ、180センチ砲という世界最大の砲身内径を誇るレールガン、通称“トファルドフスキーの杖”である。レウスカ人民共和国が、その国力の象徴として戦場に投入した空中戦艦シチシガ、その真の武器だ。


 敵機はすぐ近くにあり、この戦闘機を追い払うための戦闘に時間をかけてしまうと、敵艦隊の猛攻を受けている太平洋艦隊を救うことができない。

 キェシェロフスキー准将の脳裏にあるのは、太平洋艦隊救援に失敗し、出世の道が閉ざされてしまうかも知れないということだけであった。そこで、敵艦隊の姿が見えない現状ながらも、太平洋艦隊からのデータ提供によって何とか砲撃が可能な180センチレールガンを投入したのだ。


「トファルドフスキーの杖、砲撃準備完了しました!」

「カウントダウン開始。総員、衝撃に備えよ」


 艦長の命令と共に、砲撃手がカウントダウンを始める。


「――5、4、3、2、1、発射(オグニャ)!」


 発射の合図と共に、凄まじい衝撃がシチシガを襲う。エンジンが全力稼働で機体を支え、翼の可動部分が乱れた機体を元に戻す。一方、艦橋では艦長だけでなくオペレータまでもが固唾をのんで戦域図を見つめていた。秒速およそ2キロという猛スピードで飛翔する砲弾は、瞬く間に敵艦隊へと接近していく。


「当たれ……!」


 静まりかえった艦橋に、誰のものか分からない祈りのような独り言が響く。そしてその直後、砲弾を示すアイコンは敵艦隊の内の一つのアイコンと重なった。

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