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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第三章 敵艦、見ユ
33/45

第八話 第二次皇海海戦(3)

『こちら、ヴィエルコレウスカ! 右舷に直撃弾!』

『護衛機は一体何をしていた!』

『敵を逃がすな! 空母をやられた挙げ句、取り逃がしたとなれば我が海軍の名誉に関わるぞ!』


 通信機越しにレウスカ太平洋艦隊司令長官の無様な叫び声が聞こえてくる。


 名誉。確かに大事なものではあるが、そんなもののために浪費される将兵の命や国家予算というものについて、彼は本当に理解しているのだろうか。

 ソーニャはそんなことを考えながら、炎上するヴィエルコレウスカから飛び去っていく敵機を見据えた。


 赤いF-18J(イーグル)。間違いなく、あの“悪魔”(ジヤヴォール)だ。先日の戦闘で、カザンツェフ中佐を始めとする歴戦のパイロットが瞬く間に撃墜され、ソーニャと僚機のヴィクトルも、逃げるのが精一杯だった。

 あの戦闘で四人のパイロットが戦死しており、何とか生還できたカザンツェフ中佐たちも重傷を負って入院している。復帰まで時間がかかるだろう。今回はいわばそのリベンジだ。今度は逃がさない、と思いながら、ソーニャは転覆しつつあるヴィエルコレウスカの上空を通過した。

 これまでの経験から空軍増援部隊のリーダーに任命されているソーニャは、部隊への通信回線を開いた。


「こちら、リーリヤ。各機、戦闘態勢に入れ。なお、“悪魔”との戦闘は可能な限り回避せよ」

『どういうことです?』

「あれは私の獲物、ということよ」


 そのような会話をしていると、前方を飛んでいた四機の内、あの赤いF-18Jとその僚機が反転してこちらへと向かってきた。編隊の間へ無理矢理入り込み、内側から攪乱するという戦法だろう。過去、何度かその手法であの“悪魔”はレウスカ空軍を苦しめてきた。

 だが、ソーニャに対抗策がない訳ではない。向こうは少数なのだから、飛び込んでくるのであればそのまま包囲してしまえば良いだけの話だ。


「全機、敵を包囲。無理に攻撃しようとしなくて良い。数で優っているのだから、じっくり追い詰めて敵の油断を誘う」

了解(ダー)


 ソーニャの予測通り、敵はこちらへと飛び込んできた。ソーニャを中心として、編隊機は散開して円を描くように敵を取り囲む。ソーニャは真正面から“悪魔”と向かい合った。

 数秒間の機銃弾の応酬の後、ソーニャは宿敵と交差する。即座に旋回すると、敵は下方へと捻り込むように反転しようとしていた。強烈なGに耐えながら、ソーニャは敵の後ろを取ろうとその動きに追随する。


 低速域での機動性はソーニャが乗るSt-37(ウラガーン)の方が有利だ。St-37はその性能を遺憾なく発揮し、“悪魔”の後方に食らいついた。ソーニャはすかさずトリガーを引く。鈍い音と共に機関砲が火を噴いた。


「くっ……。これでも当たらないの?」


 他の敵であれば、おそらく葬ることができたであろうタイミング。だが、“悪魔”はこれを見事なサイドスリップ機動で避けて見せた。

 敵機の姿がソーニャの視界から消え去る。とっさに、ソーニャは機体を左へ急旋回させた。

 ソーニャから見て右方向、彼女のすぐ上空に敵の赤い機体が見える。敵は視界から消えたと同時に急加速し、ループ機動でソーニャの後ろを取ろうとしたのだろう。ループ中だった敵機がそのままきりもみするようにソーニャへと突進してきた。

 機体を急減速させ、下方への退避を試みる。その瞬間、ソーニャの目の前を機銃弾が通り抜けていった。嫌になるほど精密な射撃だ。敵はその攻撃の後、ソーニャから距離を取る。仕切り直し、と言ったところだろう。


 ふと、自分が冷や汗をかいていたことに気づく。ほんの数分間ではあるものの、これは死と隣り合わせの戦いだ。一方で、皮肉ながらもソーニャと敵の戦闘機動は芸術的とも言えるほど美しい軌跡を描いている。

 それはさながら、統一連邦の指導者の前で行われる空戦演習のようであった。


 空戦演習――。ソーニャはその言葉を脳裏に浮かべた瞬間、わずかな違和感を覚えたが、その違和感を追求している暇はない。


「まるで模擬戦みたいね。当たったら即死だけど」

『冗談言ってる場合か。援護に入るぞ』

「頼むわ、ヴァローナ」


 ヴィクトルがソーニャの左後方につく。彼は“悪魔”の僚機との戦闘を担当していたのだが、その場を部下に任せて苦戦しているソーニャの支援に回ったのだ。

 他の友軍機は“悪魔”の僚機を牽制しているか、周辺空域で二機の退路を断つように動いている。いかに“悪魔”といえども、この包囲網を突破するのは困難なはず。ソーニャはそう思いつつも、どこかで不安を感じていた。


 開戦以来、多数の戦果を挙げて“白百合”などと持てはやされるようになった彼女が、為す術なく撤退へと追い込まれた相手。それがあの“悪魔”だ。


 ソーニャは頭を振って自信の弱気を追い出そうとする。敵は目の前だ。ソーニャは眼前の敵を見据え、戦闘を再開した。

 敵機がミサイルを発射する。すぐに味方の電子戦機が電子妨害(ECM)を行い、ミサイルの誘導電波を阻害した。二人はその間に散開し、ミサイルは二機の中間を通り抜けていく。

 一方、ミサイルを放った敵も命中は期待していなかったのか、発射と同時に上昇して二人の上空を取ろうとしていた。“悪魔”はヴィクトルへ向かって一直線に急降下してくる。

 だが、ソーニャは敵がヴィクトルを攻撃するだろうと予測していた。増援が現れると、その増援を真っ先に叩こうとするのが“悪魔”の癖だったからだ。機首を少しだけヴィクトルの方へ傾けたソーニャの斜線上に、敵機が飛び込んでくる。


「――もらった!」


 思わずそう口走りながら、ソーニャはトリガーを引く。しかし、“悪魔”は驚異的な反応速度でこれをギリギリながらも躱した。

 必中を疑わなかったソーニャとヴィクトルは目の前の光景を信じることができずに一瞬だけ固まる。その隙に、敵は二人の間をすり抜けて下方へと逃げ去った。二人は慌てて反転し、敵機を何とか視界に収める。


『あれを躱すとは、な』

「でも、逃がす訳にはいかないわ。ここまで追い詰めたんだもの」


 二人は低空へ降りた“悪魔”を追って高度を下げる。だがその瞬間、ソーニャを激しい衝撃が襲った。凄まじい衝撃に墜落の危機を感じ、ソーニャは機首を思いっきり引き上げた。ヴィクトルもその動きに追随。その間に“悪魔”は僚機の方へと向かっていった。


『リーリヤ、大丈夫か!』

「え、ええ。でも、一体何が……」

『誤射だ! 下を泳いでる馬鹿が君を撃ったんだよ!』


 いつも飄々としているヴィクトルが珍しく興奮していた。ソーニャは何が起こったのか分からなかったが、黒煙をたなびかせる右主翼や異常な数値を示す計器を見て、ようやく自分が味方に撃たれたのだ、という実感が湧く。


『くそったれ!』

「ヴァローナ、私は大丈夫よ。それよりも、他の皆が心配だわ。“悪魔”はそっちに向かったでしょ?」

『ああ。だが、君は無理をするな。後は俺が引き継ぐから、撤退しろ』


 ヴィクトルの言葉はもっともだ。ソーニャは反論することができずに、後を任せて撤退する。

 ソーニャはレウスカ人民軍が接収したライカンゲルの空軍基地へと機首を向ける。眼下には敵艦隊との接触に備えて戦闘隊形を取るレウスカ太平洋艦隊の艦艇が見えた。


 基地へと戻る途上、ソーニャは先ほどの戦闘で覚えた違和感について思い起こしていた。


 統一連邦の指導者の面前で行われる空戦演習には、ソーニャも一回だけ参加したことがある。当時は民主主義革命の嵐が西側諸国に吹き荒れる直前の非常に緊張した情勢であり、ソーニャが参加した空戦演習を含む統一連邦軍大演習は、トルナヴァ条約機構の加盟国が全て参加するという物々しい雰囲気の中で行われた。

 ソーニャの空戦演習の相手は西ベルク空軍のパイロットだったのだが、このパイロットの腕前がとても良かった。同じBol-31を使用していたとは言え、ソーニャが本国仕様だったのに対して、西ベルクのパイロットは輸出仕様のグレードダウンされた機体だった。

 だが、西ベルクのパイロットはソーニャと互角に渡り合った。

 ソーニャが命中判定の攻撃を行った後、統一連邦空軍の統裁官が無理矢理に演習終了を告げたために彼女は一応ながら勝利と見なされたものの、ソーニャ自身は引き分けだったと思っている。

 演習が終わった後、顔を確かめようと西ベルク空軍に割り当てられた格納庫に行ったが、ソーニャの相手となったパイロットは若い男性だった。熟達した飛び方から、もっと年配のベテランパイロットを想像していたソーニャは、とても驚いたことを今でも覚えている。


 そう。あの西ベルクのパイロット。先ほどの“悪魔”の飛び方は彼に似ていた。


 日本の空軍でも、F-18Jを装備する部隊は西側からの亡命者など外国人が多くを占めるということで有名だ。あのパイロットが亡命していたとすれば、日本空軍の一員としてこの戦場に出ていても不思議ではない――


 突然、通信を知らせるチャイムが鳴り響く。ソーニャの思考は突然入ってきた通信で中断された。


『前方を飛ぶ戦闘機。所属を答えよ。こちらはレウスカ海軍太平洋艦隊所属艦、シチシガだ』

「こちら、統一連邦空軍第71戦闘機連隊所属機。損傷大につき撤退中」


 見れば、水平線上に空中戦艦の姿がある。今から戦場へ向かうのだろう。先日の戦闘ではあまり役立つことなく撤退していったが、果たして今回はどうだろうか。

 空中戦艦の生み出す気流に巻き込まれるのを避けるため、ソーニャは空中戦艦から距離を取る針路へと機首を向けた。




 “百合”が黒煙をたなびかせながら撤退していく。味方艦艇の攻撃を受けるとは、あの敵もなかなかに不運だな、とレオンハルトは内心で同情した。

 “百合”に加えて途中からは“鴉”とも戦闘を繰り広げていたレオンハルトは、敵の隙を突いてカエデのところへ向かっていた。カエデはかなりの数の敵に囲まれているはずだ。今すぐ助けに向かわねば、危ない。

 すぐに複数の敵に取り囲まれたF-18Jの姿が見えてくる。レオンハルトはスロットルを全開にして、空戦のまっただ中へと突っ込んでいった。


『隊長!』

「“百合”は撤退した。さっさと抜け出して帰るぞ」

『了解です』


 突っ込んだ瞬間、すれ違いざまに敵機に機銃弾を叩き込んだレオンハルトは、その敵機が海上へと墜ちていくのを見届けることなく次の敵へと向かう。

 ミサイルを放ち、敵を牽制しながら突破を試みる。フレアを射出しながらミサイルを避けようとした敵と、レオンハルトの後ろを取ろうと大きく旋回し始めた敵の間に突破口が開いた。


「今だ!」


 レオンハルトとカエデは、ほとんど同じタイミングでスロットルを全開にし、突破口から包囲網を脱出する。

 敵は二人を追いかけるが、加速性能で劣るBol-31ではなかなか追いつくことができない。あっという間に敵機の姿は豆粒大になった。


『こちら、エルロイ。聞こえるか?』

「聞こえる。増援は?」

『もうすぐ見えるはずだ。よく耐えてくれた』


 管制官の言葉通り、前方から友軍機がやって来るのが見える。ひとまず危機を脱したと言っていいだろう。


『ヴィエルコレウスカの撃沈を確認した。勲章ものの素晴らしい働きだったぞ』

「海軍のパイロットに言ってやってくれ。……ああ、そう言えば彼らは無事に帰れたのか?」


 先に逃がしたFA-3のパイロットがどうなったのか。おそらくは無事だろうと思いつつも管制官に聞く。


『心配するな。ちゃんと龍鳳に帰還している。伝言もあるぞ。帰還したら俺の奢りだ、だそうだ』

「了解だ」


 増援に来た友軍機とすれ違う。ふと海へ目を向けると、黒煙を上げている龍鳳の姿が目に入った。レオンハルトとカエデは示し合わせ、龍鳳の方へと針路を変える。そして、上空でバレルロール。

 バレルロールで逆さまになったとき、飛行甲板の誘導員が手を振っているのが見えた。


『こちら、HIMS龍鳳。上空の戦闘機、貴機の空母攻撃支援に感謝する。今後も武運を』

「こちら、アイギス1。一緒に戦った奴に伝えてくれ。帝都空軍基地で待っている、とな」


 龍鳳のオペレータの笑い声に見送られながら、二人は帝都空軍基地への帰路についた。増援が出ている以上、次の出撃までは少し休憩を取れるだろう。そう考えていたレオンハルトだったが、その考えが甘かったことをすぐに思い知らされる。


 ようやく帝都空軍基地が視界に入った直後、偵察機から全軍に当てた通信が凶報を告げた。


『こちら、ヴィクター3! 敵の空中戦艦を発見した! これより当機は敵に接近して強行偵察を試み――』


 突然、通信が途絶する。直前に聞こえた音からして、通信妨害だろう。


『こちら、エルロイ。アイギス1、聞こえるか?』

「ああ。再出撃か?」

『すまないな。補給を終わらせたらすぐに戻ってきてくれ。連合艦隊もパニックになっている』


 仕方のないことだろうとはレオンハルトも思う。前代未聞の空中戦艦という兵器。そして、それはブリタニアの回廊(コリドー)要塞突破と南ブリタニア陥落という歴とした戦果を挙げているのだ。


 レオンハルトとカエデは基地に降り立った後、整備士たちを急かして補給を手早く済ませる。そして三十分もしない内に補給は終わり、レオンハルトとカエデは再び皇海の戦場へと飛び立っていった。

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