第七話 第二次皇海海戦(2)
「ドラグーンズ・リーダーが攻撃態勢に入りました」
「よし。他の状況はどうだ?」
「互角、と言った方が良いかと。敵艦隊からの対空砲火も激しいようです」
帝国海軍が誇る二隻の空母、その内の一方であるHIMS龍鳳のアイランド入り口には、携帯端末を片手に報告を受ける一人の将官がいた。龍鳳に搭載された第1空母航空団、その司令であるナガシマ准将だ。
彼が持つ携帯端末には、この戦闘に参加する全ての将兵が情報を共有している戦域情報システムの、龍鳳を中心とした戦域図が表示されていた。
彼はこの戦域図を元に、どの部隊を出撃させるかを決定している。これは、情報化が進んだ現代の戦闘ではありふれた光景の一つでもある。
一方、報告する側の参謀も同じ情報を見ているのだが、彼は携帯端末を持っていない。彼が携帯端末と同一の機能を持った、脳内埋め込み型のマイクロマシンをインプラントする手術を受けているからだ。
これと拡張角膜と併せることで、自らの視界に仮想的なウインドウを展開することが可能になっている。前線で戦う兵士や参謀の中でも、若い将兵にこの手術を受けている者が多く、また手術は軍人だけでなく、民間人にも広がりつつある。
携帯端末を持った司令と、仮想ウインドウを視界に展開させる参謀というこの光景は、複雑化する現代戦の象徴と言えるかも知れない。
二人はアイランドの中に入り、会議室へと向かう。と、その時、警報音が鳴り響いた。
『敵攻撃機接近! 繰り返す、敵攻撃機接近!』
「防空網を破ってきたのか!」
二人は慌てて飛行甲板へと駆け戻る。飛行甲板から周囲を見渡すと、水平線の向こうから複数の機影が迫っているのが見えた。ナガシマ准将は近くにあった艦内通話用の電話機を手に取り、甲板への拡声モードに設定する。
「迎撃機、緊急発進!」
ナガシマ准将が叫ぶと、待機していたパイロットがFA-3に飛び乗り、急いで出撃準備を進める。誘導員がゴーサインを出すと同時、FA-3はカタパルトから一気に飛び出していった。
ナガシマ准将は、参謀が勧めるのを無視してその場で敵機を見据える。
勢い良く出撃していった二機のFA-3は、ぐるりと大きく旋回した後、敵へと向かっていくが、敵は多数だ。これだけでは心許ない。
「後続はまだか!」
「これ以上は無理です! 出た途端にやられますよ!」
「くっ……」
誘導員の言う通りだ。ここまで接近されてしまうと、発艦直後の無防備な状態を襲われかねない。龍鳳ができるのはここまでだろう。
龍鳳に一番近い駆逐艦が対空ミサイルを発射するが、敵は電子戦機も用意しているらしく、対空ミサイルはあらぬ方向へと逸れていった。ナガシマ准将は思わず舌打ちをする。
敵は接近してきたFA-3を防ぐために二手に分かれた。確認できた四機の内、二機が同数のFA-3を牽制する。その間にも、残る二機の敵機は龍鳳へと近づいていた。
『敵、当艦の迎撃圏内に接近。誘導員は甲板上から退避せよ!』
スピーカーから通信が流れ、誘導員たちが慌ててアイランドへと戻ってくる。ナガシマ准将もその流れに押され、アイランドの中へと戻されてしまった。
とにかく状況を把握しておきたい、と思ったナガシマ准将は戦闘指揮所へと急ぐ。CDCでは敵戦闘機の接近に応じて、近接防御システムの起動が始まっていた。
暗い部屋で機器と向かい合うオペレータたちは、目の前のディスプレイに照らされてその姿がぼんやりと浮かび上がっている。ナガシマ准将が部屋の入り口で立っていると、中央の椅子に腰を下ろしていた軍人が鋭い眼光をナガシマ准将へと向けた。
「准将はそちらの席へ」
手ぶりで着席を勧められながら声をかけられる。この空母の艦長だ。
本来ならば入室権限のないナガシマ准将だが、緊急事態ということで特別に入室を許可されることとなる。ナガシマ准将は、艦長席の隣に設けられたオペレータ用の席に腰を下ろした。
「敵機、ミサイル発射しました! 電子妨害は…… 効いていません!」
「敵電子戦機の対電子妨害手段によって、当艦への電子支援は不可能と大和から通信が!」
「落ち着け。CIWSの準備はどうだ?」
龍鳳では初となる本格的な攻撃という事態に、オペレータたちの声は恐慌状態で引きつっていたが、艦長の落ち着いた声色によって雰囲気が和らぐ。一瞬で室内の空気が変わったことに、ナガシマ准将は思わず目を見開いた。
「ガーディアン、稼働完了!」
「敵ミサイル、迎撃圏内に入りました!」
龍鳳の両舷に設置された完全自動の対空砲が起動し、接近するミサイルをそのレーダーに捉える。龍鳳自体のレーダーによる観測データともリンクし、確実に目標を捉えた右舷の対空砲が火を噴いた。
ダダダ、という鈍い音がCDCにも響く。ディスプレイ上では、対空砲が発射した機銃弾が目標へと向かっているのが表示されていた。機銃弾はそのまま接近するミサイル群へと近づいていき、やがて接触する。ミサイル群の表示が減った。
「ミサイル、二基撃ち落としました!」
だが、残りの二つは依然として龍鳳へと迫っている。彼我の距離はわずかしかない。
ミサイルを撃ち落とし切れなかったことを把握した対空砲が、銃身の向きを変えて再び迎撃を開始する。接近している二つのミサイルの内、一つの表示がディスプレイから消える。残る表示はあと一つだったのだが――
「――駄目です! 直撃、来ます!」
「総員、対衝撃姿勢!」
艦長が叫ぶと同時に、CDCが激しく揺れる。凄まじい爆音が耳をつんざき、手を耳に当てたナガシマ准将は、バランスを崩して席から転がり落ちてしまった。この激しい衝撃にも揺るぐことなく座席で画面を見つめ続けていた艦長がすぐに命令を出す。
「損害報告、急げ!」
「右舷前部に被弾! CIWS、応答しません!」
「浸水報告はありません!」
幸いにも致命的なダメージは受けていない。ミサイル迎撃は、不完全ながらも何とか成功したと言えるだろう。
ミサイル発射後、攻撃コースから離脱していた敵機が再び龍鳳への攻撃態勢に入ろうとする。だが、レウスカ軍の攻撃もここまでだった。
龍鳳と、大和を挟んで向かいを航行していた同型艦から発艦したFA-3がこの空域に到着し、龍鳳の上空支援に参加したのだ。結局、敵機は損害を出す前に撤退し、龍鳳は何とか危機を乗り越えることができたのである。
だが、防空網を破られた挙げ句、主力である空母が被弾したというのは、帝国海軍にとって衝撃的な出来事であった。艦隊司令部は防空網の強化を図るべく、航空戦力の前線投入をためらうこととなる。
『龍鳳が被弾しただと? おい、俺たちはちゃんと帰れるんだろうな?』
『落ち着け。被弾したと言っても損害は軽微。それよりも、艦隊防空網を食い破られたことの方が問題だ』
海軍のパイロットと管制官の会話を聞きながら、レオンハルトは攻撃を中止した海軍機と合流する。
敵艦隊の主力である空母ヴィエルコレウスカの攻撃任務に就くはずだった彼らは、連合艦隊への敵戦闘機接近と空母被弾という事態を受けて、いったん攻撃を中止して状況を確認していた。
「空母攻撃はどうなる?」
『継続で構わん。艦隊防空には、空軍の増援が向かっている』
「了解した。再攻撃に移る」
通信を切る。実にあっさりとした結論だ。これならば、何も攻撃を中止させる必要はなかったのではないかとも思える。
先ほどまでであれば、奇襲効果もあっただろう。だが、彼らはすでに高度を上げている。電子妨害が行われているとは言え、微弱ながらもレーダーに捉えられているだろうし、そもそも敵の駆逐艦を水平線上に視認している状態だ。まず間違いなく、彼らは敵に発見されているだろう。
レオンハルトは頭を振って思考を切り替える。問題は敵空母ヴィエルコレウスカだ。
「ジュリエット3、攻撃手段はどうする?」
『可能な限り敵艦に接近して対艦ミサイルで仕留める。低空から襲いかかるつもりだ』
「了解した。私が先導しよう」
レオンハルトが先頭になり、海軍の二機がその後ろに、さらにその後ろにカエデがつくというダイアモンド隊形を取る。四機は高度を下げ、海面スレスレを飛んでいくが、レウスカ海軍もこれを見逃すことはない。
ヴィエルコレウスカから発進した艦載機が、彼らを防ごうと上空から攻撃を仕掛けた。
「ここは私たちに任せろ。ジュリエット3とジュリエット4はそのまま攻撃を」
『了解。上は任せたからな!』
レオンハルトとカエデが高度を上げ、攻撃を仕掛けてきた敵機を迎え撃つ。その数は四機だ。レオンハルトはミサイルを放ちながら、それを追いかけるように速度を上げていく。
敵の射程内に入る瞬間、二人はわずかに機体をスリップさせて攻撃を避ける。ミサイルはそのまま敵機が射出したフレアに妨害されて逸れていくが、速度を上げた状態のレオンハルトは、一気に敵編隊の中央へと躍り出た。
急旋回と同時にトリガーを引く。前方を飛ぶBol-31が炎を上げて墜ちていった。
「スプラッシュ1」
『ナイスキル。さすがは隊長です』
カエデはレオンハルトに追随することなく、敵編隊の外側から攻撃の機会を窺っている。
その時、敵機が編隊の中央へ飛び込んできたレオンハルトを挟み込むようにして攻撃しようと旋回を始めた。カエデはその間に敵の後ろ側へと回り込む。敵機がそれに気づいた時にはすでに遅く、機関砲が火を噴いて、抱えていたミサイルに被弾した。
Bol-31は爆発して粉々に砕け散る。その爆発の直下を駆け抜け、カエデは挟撃を躱したレオンハルトと合流する。
「君もやるじゃないか」
『いつも無茶する隊長に鍛えられましたから』
のんびりと会話しながらも、二人は敵機との円形状の軌道を描き、下を飛ぶ海軍のFA-3を守りながら牽制を続ける。
数で優っていたにも関わらず、瞬く間に二機を失った敵もレオンハルトたちを警戒してなかなか攻撃に移ることができない。
そうこうしている間に、FA-3はヴィエルコレウスカへと迫っていた。すでにWAIS上に表示された、攻撃地点に到着している。
『ジュリエット3、攻撃地点に到達!』
二機のFA-3がヴィエルコレウスカまでおよそ2キロの地点に到達し、搭載していた対艦ミサイルを撃ち尽くす。この距離ならば、戦闘機からの誘導で命中させることが可能だ。誘導を続けるため、二機はミサイルを発射した後もヴィエルコレウスカへ向かって飛び続ける。
計八基の対艦ミサイルは二機よりもさらに低い高度を飛んで、猛スピードでヴィエルコレウスカへと近づいていった。ヴィエルコレウスカからも懸命な迎撃が繰り広げられるが、海面スレスレを飛ぶミサイルはその弾幕をくぐり抜ける。
レオンハルトは敵戦闘機への牽制を続けながら、祈るような気持ちでミサイルがヴィエルコレウスカへと接近していくレーダー表示を見つめた。
FA-3がミサイル誘導を終えて離脱した直後、八基のミサイルの内、撃ち落とされなかった五基がヴィエルコレウスカの右舷に直撃した。激しい爆発と共に、飛行甲板が吹き飛ぶ。発進寸前だったBol-31が爆風に煽られ、海面へと転落した。
『攻撃成功! これより離脱する』
「了解」
炎上し、右舷の方へと傾くヴィエルコレウスカから二機が離れる。レオンハルトとカエデは敵機の牽制を続けながら、これと合流した。
「大戦果だな。無事に帰り着いたら、一杯おごるとしよう」
『ああ。お前たちが援護してくれたおかげだ! 恩に着るぜ』
『お喋りも良いですけど、怒れる敵さんが来てますよ!』
レオンハルトたちの後方からは、多数の敵機が群れをなして迫っていた。レオンハルトたちが乗るF-18Jはともかく、海軍のFA-3では追いつかれるかも知れない。
「ここは私たちが引きつけておこう。君たちは先に離脱してくれ」
『良いのか?』
「ああ。君たちだけに戦果を独り占めされる訳にはいかないからな」
海軍のパイロットは、すまない、と一言残し、空域を離脱していく。レオンハルトとカエデは反転し、追尾してくる敵機と向かい合った。
『こちら、エルロイ。増援が発進した。五分だけ耐えてくれ』
「五分で良いんだな? 了解した」
レオンハルトとカエデは速度を上げ、敵編隊のど真ん中へと突っ込んでいく。敵機からの機銃弾をギリギリで避けつつ、敵の懐へと飛び込むいつものやり方だ。乱戦に突入する際、レオンハルトは見覚えのあるパーソナルマークを見つけた。
「百合のマーク……! また現れたのか!」
『“鴉”もいました!』
先の戦闘では撃墜こそ果たせなかったものの、その僚機を散々に打ちのめしている。今回はそのリベンジと言ったところだろうか。
「まあ良い。今度こそ、こいつらに引導を渡してやろう」
『了解!』
レオンハルトは旋回し、“百合”へと襲いかかった。




