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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第一章 宝石戦争開戦
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第二話 開戦前夜(2)

 冷戦初期、空戦の主力となると考えられていたミサイルは、1970年代の技術革新以降、対抗処置の発展に伴ってその優位性を失いつつある。

 とはいえ、ミサイルは未だ空戦に欠かせない兵器だ。特に、戦闘機同士の戦いにおいては、普通は電子妨害装置を搭載していないためにミサイルが有効であった。もちろん、そのミサイルを回避するためのフレアやチャフは用意されている。そのため、ミサイルは先ほどのように奇襲攻撃用の兵器として用いられることが多かった。


 このようなミサイルの優位性低下に伴い、空戦はドッグファイトが主流となっている。


 ドッグファイトが主流となった空戦において重要となるのは、戦闘機の性能と数。東側諸国は戦闘機の性能向上、西側諸国は戦闘機の量産体制強化という方策を執るのが主流であった。

 レオンハルトの愛機F-18J(イーグル)は、オーヴィアス国防空軍始め、東側諸国で運用されている戦闘機であり、1974年の運用開始以来、主力戦闘機として東側の防空体制を担っている名機である。

 対するレウスカ空軍機は、統一連邦で開発されたBol-31戦闘機、通称「フォックス」だ。統一連邦とその同盟国で組織されるトルナヴァ条約機構軍で広く運用されている。

 これまでの紛争などでの運用実績から、F-18JとBol-31(フォックス)では、前者の方に軍配が上がっていた。


 数で拮抗している以上、今はレオンハルトたちの方が優位である。しかし、増援が到着すれば圧倒的な物量によって押しつぶされることになるだろう。レオンハルトたちは一刻も早く目の前の敵機を排除し、味方との合流を急ぐことを余儀なくされていた。


「敵機の排除を急ぐ、と口で言うのは簡単だが、な」

『機体の性能では勝っているのに……!』


 敵の腕が良いのか、なかなか後ろを取ることができない。焦りから、カエデのターンが一拍遅れる。


『しまった! 後ろを――』

「――上昇しろ!」


 レオンハルトの叫びと同時にカエデは操縦桿を思いっ切り引き倒した。瞬間、急上昇に反応し損ねた敵機の主翼をレオンハルトの放った機銃弾が撃ち抜く。


『ありがとうございます』

「残りもさっさと片付けるぞ。増援が近い」


 レーダーに映し出された光点の群れが近づいてくる。一方、味方は未だに基地を発進していないようだ。どうにも動きが鈍い。


「コントロール、増援はどうなっている?」

『――』

「通信が繋がってないのか? 一体どうなっているんだ……」


 通信機からは雑音が聞こえてくる。どうやら通信妨害が行われているようだ。レウスカ人民軍は本気で攻撃を仕掛けてきている。


『敵の増援を確認しました!』

「ちっ。もう来たか」


 思ったよりも早い到着だ。増援は四機。一挙に敵の数がこちらの倍になった。


「オメガ2、やれるか?」

『多分、大丈夫です!』


 カエデは初めての実戦のはずだが、そうとは思えないほど洗練された戦い方をしている。先ほどの失敗くらいならば、すぐに挽回してしまうだろう。


 僚機を頼もしく思いながら、レオンハルトは増援の方へと機首を向けた。

 四機のBol-31は二人を半包囲するような形で緩やかに散開しつつある。それに対して、レオンハルトはスロットル全開で一気に距離を詰めた。

 突然のことに対応できない敵編隊の間をすり抜け、急減速。凄まじいGに耐えながら機体を旋回させ、敵機の後ろを取った。同時にトリガーを引く。


「スプラッシュ1」


 撃墜を疑わないレオンハルトは、敵機に機銃弾が命中したことを確認せずに次の獲物へと牙をむく。ロックオンと同時にミサイルを発射。至近距離で放たれたミサイルに対応できるはずもなく、狙われたBol-31は爆散した。

 まるで疾風のようなレオンハルトの猛攻に、残る二機も動揺したのだろう。いつの間にか高度を上げて接近していたカエデの存在を忘れ、二機はレオンハルトへと挑みかかっていた。次の瞬間、二機の敵は立て続けに主翼を撃ち抜かれる。コントロールを失った敵機からパイロットが脱出する。


「ナイスキル」

『隊長こそ、まるで神業でした』

「さて、そろそろ基地へ――」


 帰ろう、と言おうとしたレオンハルトは思わず顔をしかめる。レーダーに新たな反応が現れたのだ。今度の光点は明らかに数が多い。レオンハルトたちだけで対処するのはどう考えても無理だろう。


「次から次へと……。ともかく、ここまでだな。基地へ向かうぞ」

『基地は大丈夫でしょうか? 通信が繋がりませんけど』

「分からん。だが、ここで手をこまねいているよりも、味方と合流する方が良いだろう」


 機首を基地へ向ける。敵機は機を逃すことなく後ろを取るが、機体の加速力はF-18Jが圧倒している。差は開いていく一方だ。

 しばらくすると、敵は追跡を諦めたようで、コックピットに響いていた警報が鳴り止む。同時に、基地との通信がようやく回復した。


『――ちら、コントロール。オメガ1、聞こえるか?』

「こちら、オメガ1。侵犯機を一機撃墜。現在、我々は基地へ帰還しているが、敵は追跡を諦めたようだ」

『それどころではない! レヴィナス宇宙センターが攻撃を受けている!』


 こともなげに報告したレオンハルトに対して、急を告げる管制官の声からは明らかに狼狽していることがうかがえた。


「何だと?」

『君たちの方は囮だったようだ。敵は一個旅団規模の部隊を動員して国境線を突破している。宇宙センターを襲ったのは、レウスカご自慢の空中襲撃旅団だ』


 領空侵犯のみならず、地上部隊を動かして攻撃を仕掛けたとなれば、もはや開戦は不可避だろう。宣戦布告なきまま、事態は悪化の一途を辿っている。


『敵航空部隊も確認されている。すでに231飛行隊が支援に向かった。君たちも補給が完了次第、すぐに宇宙センターへ向かってくれ』

「了解した」


 どうやら長い一日になりそうだ――。レオンハルトはため息をつきながら、通信を切った。




「こちら、アイギス1。敵は我々より多い。喜べ、稼ぎ時だぞ」


 レオンハルトたちが敵の追跡を振り切ったちょうどその頃、アイギス隊はサン・ミシェル基地を飛び立ち、東に位置するレヴィナス宇宙センターへ向かっていた。

 アイギス隊の荒くれ者たちを率いるアイギス1――スヴェン・ルドヴィク中佐は、この緊急事態にあっても冷静さを失っていない。


 中央ローヴィス連邦(FCL)出身のルドヴィク中佐は、バレンシアと大漢人民連邦の間で起こった第四次シーニシア戦争に派遣された経験もある歴戦のパイロットだ。順調な出世コースを歩んでいたが、とある事情で上官とトラブルを起こし、FCL空軍を不名誉除隊となったところを日本空軍に拾われた、という経緯がある。

 ルドヴィク中佐は、厳つい顔つきと荒い言葉遣いからは不似合いなほどの冷静沈着な指揮によって、個人主義の傾向が強いパイロットたちの信頼を勝ち得ていた。


『アイギス2よりアイギス1。レオンハルトは大丈夫なのか?』

「知らん。だが、あいつのことなら心配はいらないだろう」


 通信越しに複数の笑い声が聞こえてくる。レオンハルトの実力はアイギス隊でも一、二を争うと同僚たちから認められているほどだ。適当なルドヴィク中佐の答えもあながち的外れなわけではない。


 ひとしきり雑談を続けていると、レーダーに注意を払っていた二番機から通信が入る。


『二時の方向、レーダーに反応』

「おいでなすったか? 全機、戦闘準備」

『了解』


 ルドヴィク中佐の一声で部隊の空気が途端に引き締まる。レーダーには複数の光点が輝いており、方角から考えれば、味方の可能性は皆無だ。そもそも、味方がこの空域を飛んでいるという情報も入っていない。

 すぐに地平線上に機影が見えた。目をこらすとルドヴィク中佐の拡張角膜(AC)が自動的に対象を拡大する。同数だ。


『見えたぞ。数は同じだ』

敵味方識別装置(IFF)に反応なし。敵機です』

「よし、一人一機だ。撃ち漏らすなよ!」


 アイギス隊は加速しながら敵の編隊へと正面から向かっていく。敵の機影がどんどん大きくなっていき、Bol-31の筆箱のように角張った輪郭がはっきりしてきた。

 敵はまさか正面から突っ込んでくるとは思わなかったのか、編隊飛行に乱れが生じている。チャンスだ。


 すれ違いざま、ほんの一瞬の間に数百の機銃弾が飛び交う。アイギス隊は誰一人としてかすり傷も負わなかったのに対し、レウスカの編隊は半数が火を噴きながら墜ちていった。


『アイギス11、スプラッシュ1』

『アイギス9、一機撃墜』

『グッドキル、グッドキル』


 半数が撃墜されたことに動揺したのか、敵編隊はアイギス隊へ向かってくることなく撤退しようとする。

 だが、それを許すルドヴィク中佐ではない。速度を上げ、畳み掛けるように目の前の敵機へと襲いかかった。右に左に、逃げ惑う敵機に狙いを定め、トリガーを引く。一撃で敵機のエンジン部を撃ち抜き、敵機は火だるまになって爆散した。


「逃がすなよ。合流されると厄介だからな」


 加速力に勝るアイギス隊のF-18Jは次々にBol-31に食らいつき、撃墜していく。一部の腕の良いパイロットに至っては、主翼だけを撃ち抜き、敵パイロットの脱出を促す余裕があるほどの歴然とした差がある。

 もはや狩りと言っても過言ではない状況であり、アイギス隊の面々が油断したのも仕方がないだろう。


 それほどまでに、形勢逆転は急激だった。


 突如としてコックピットに警報音が鳴り響く。何が起こったのか分からないまま、ルドヴィク中佐の僚機はミサイルの直撃を受けて爆散した。ルドヴィク中佐は警報音を聞いた瞬間、反射的にフレアを射出してブレイクしたために、ミサイルを回避することができた。


「ブレイク! ブレイク!」

『敵はどこだ?』

『上だ! 上を見ろ!』


 ルドヴィク中佐が上を見ると、見慣れない四機の戦闘機が急降下しながら混乱するアイギス隊へと突入していた。レーダーには反応がない。

 レーダーに映りにくいとされるステルス機は、環太平洋条約機構(PATO)でも数が少ない。実用化こそされていたが、あまりにも機体が高額となるために、数を揃えられないのだ。


 目の前にいる敵は、確かに存在しているにも関わらずレーダーに映っていない。ステルス機であることに間違いはなかった。初めて遭遇するステルス機――それも敵性機――に、アイギス隊のパイロットたちは動揺を隠しきれない。


「敵の新型か!」

『くそっ、やられた! 機首が上がらない!』


 新型機は突入と同時に二機を撃墜し、ルドヴィク中佐の後ろをとった。回避機動を続けるルドヴィク中佐にも食いついてくる。どうも新型機の機動力は互角かそれ以上のようだ。


『コントロール、こちらアイギス・スコードロン! 敵の新型が現れた! 宇宙センターへの支援は困難!』

『――』

『通信が繋がらない? 隊長! 妨害されています!』

「落ち着け! 数はまだ俺たちの方が多い。後ろをとられないように、慎重に囲め」


 ルドヴィク中佐が指示を出すと、ようやく混乱が収まる。だが、状況に変わりはない。謎の新型機が目の前に立ちふさがり、宇宙センターに到着するのは至難の業となってしまった。

 余裕を見せていたツケだろうか、と思いながらも、ルドヴィク中佐は敵の姿を見据える。


「アイギス1、交戦。目標、敵新型機」


 レオンハルトの交戦宣言から三時間余り。宣戦布告なき戦闘の行方は、未だ定かではない。

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