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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第二章 バトル・オブ・ブリタニア
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第二話 回廊要塞(2)

 12月5日の未明、レウスカ人民軍が三回目の回廊(コリドー)要塞攻撃を開始した。

 三回目ともなると、ブリタニア王国軍側の反応も早い。攻撃を察知すると、すぐさま駐留部隊が要塞正面の塹壕に展開し、血で血を洗う戦いに突入する。戦闘はこれまで二度の攻撃とさして変わらない形で推移している。要塞からの支援砲撃によって、数に劣るブリタニア陸軍がレウスカ人民軍の物量作戦に対抗しているのも全く同じだ。

 それだけに、要塞司令部では戦闘開始直後から勝利を疑わないものが多かった。司令官のハーマン大将ですら、そのような参謀たちの雰囲気をたしなめることなく、反攻作戦の立案にかかりきりとなっていたのである。

 当然、そのような雰囲気は下級部隊の将兵にも伝わり、前線で些細なミスが相次ぐこととなる。


 些細なミスも、積もれば重大な問題を引き起こすこととなりかねない。ブリタニア王国軍の防戦体制には綻びが見え始めていた。




 アイギス隊を始め、増援としてやって来た第6航空団所属の戦闘機は、全て要塞から5キロほど離れた、回廊要塞に付属する軍民共用のコリドー空港に駐留している。

 コリドー空港は回廊要塞への人員・物資輸送のための空港であり、普段は補給物資や回廊要塞で働く将兵への面会にやって来た家族の取り扱いを行っている。戦時中の現在、民間機の運用は停止されており、軍用の輸送機や第6航空団所属の戦闘機が昼夜を問わず離発着していた。


 アイギス隊は回廊要塞での戦闘発生に伴い、出撃準備を進めていたのだが、この時、アクシデントが発生した。第6航空団第161飛行隊所属の戦闘機が、出撃のために離陸しようとしたところ、管制塔の指示を聞き逃して滑走路に進入したブリタニア空軍所属の輸送機に衝突、大破炎上してしまうという事故が発生したのである。

 本来ならば防げたはずの事故だったのだが、たまたまコリドー空港が濃霧で前が見えない状況にあったことや、輸送機のパイロットが管制官の指示を聞き逃したことが、この惨事を招いた。戦闘機のパイロットは、衝突寸前に緊急脱出したものの、爆風によって死亡。一方の輸送機は、パイロットは無事だったが、機体が大破炎上したために、滑走路を塞ぐこととなった。

 この事故により、コリドー空港は復旧まで滑走路が閉鎖されることとなる。このため、アイギス隊は待機を余儀なくされる。


 レオンハルトはエプロンに機体を駐機し、搭乗員の待機室へと戻る。カエデが駆け寄ってきた。


「驚きました。まさかこんな事故があるなんて」

「ああ。……それにしても、ここ最近ミスが多い。昨日も衝突寸前のインシデントがあったな」


 援軍としてやって来ただけに、ブリタニア空軍のミスが目についているというのもあるが、それにしても注意散漫だ、とレオンハルトは思っていた。

 待機室に入ると、コリドー空港の統括責任者であるランバート大佐がアイギス隊の面々を出迎えた。


「ああ、エルンスト少佐。滑走路の件だが、復旧まで時間がかかる。それまでここで待機していてくれたまえ」

「一時解散というわけには?」

「すまないが、それは許可できない。出撃できないとは言っても戦闘中だからな。とにかく、そういうことだ。よろしく頼むぞ」


 言いたいことだけを言って、ランバート大佐はそそくさと部屋を出て行った。レオンハルトの後ろではジグムントがぽかんと口を開けている。


「何なんだ、今の態度は。あの大佐も一応当事者だろ?」

「まあまあ。あの人もお仕事でしょうから」


 憤るジグムントを、新しく入ったパイロットがなだめる。とはいえ、他のパイロットたちも似たり寄ったりの反応だ。カエデは呆れた表情をしているし、イオニアスのいつもの無表情も、どことなく仏頂面に見える。

 結局、パイロットたちはそのまま待機室でそれぞれ時間をつぶすこととなった。


 黙々と本を読んでいるイオニアスと、実家へ送る手紙を書いているカエデに挟まれ、ジグムントが新入りパイロットたちにラピス戦線での経験談を誇張も交えながら面白おかしく語っているのを聞きながら、レオンハルトは漠然とした不安を感じていた。


 半年前、ラピスで戦っていたときは、自分の上にルドヴィク中佐がいた。レオンハルトは敵を撃墜し、僚機であるカエデを守っていれば良かった。

 だが、今は違う。レオンハルトは新生アイギスの飛行隊長であり、パイロット十二名――再編成の際、定数が削減されている――を守らなければならない。そんな中、援軍としてやって来たブリタニアの環境はあまり良いとは言えない。少なくとも、ラピスではこのようなミスで死者を出す、などということはなかった。

 これが偶然起きてしまった事故ならば仕方がないだろう。だが、今回の場合は、ミスが積み重なっている。これ以上の出来事が起こらないとどうして言えようか。


 レオンハルトは、自分の悪い予感が当たらないことを願っていた。




 回廊要塞司令官として今回の戦闘の総指揮を執っているハーマン大将は、前線指揮の経験はあまりなかったが、調整に秀でた事務仕事の手腕を買われて、この地位に就いている。実際、ハーマン大将はとかく衝突しがちな陸海空三軍の参謀たちを上手く取りまとめており、後世の研究家からも、これ以上の人事はなかった、と高い評価を受けている。


 だが、最高の人事だったからとて、必ず結果を出せるわけでもない。


 参謀たちの楽観論を鵜呑みにし、反攻作戦の立案を進めていたことが、この戦いの行方を決めたと言っても良いだろう。この日、視界を遮るような濃霧がブリトン地峡を覆っていたのも理由の一つかも知れない。仮にそうでなかったとしても、結果が変わったかどうかは分からないが。


 異変はまずレーダーに現れた。


「閣下、レーダーの反応が乱れています」

「どういうことだ?」


 レーダーを担当する空軍の士官が困惑した表情で報告する。レーダーディスプレイを確認すると、とても巨大な塊が映っていた。


「これは何だ?」

「分かりません。このような反応は初めてで……。明らかに雲とも違いますし」


 巨大な塊は要塞に向かって来ている。ハーマン大将はこれを敵の電子妨害だと判断し、上空支援任務に従事している空軍機に警告を出すよう命令した。そのまま、参謀たちとの作戦立案に戻る。


 十分ほど経った頃、3Dディスプレイ上に浮かび上がったブリトン地峡周辺の地図を見ながら、想定配置の検討を行っていると、突如として司令室を激しい揺れが襲った。立っていられないほどの大きな揺れであり、オペレータたちが座席から転がり落ちる。


「な、何事だ!」

「敵の砲撃です! 三番外郭通路に直撃弾!」

「馬鹿な! こんなところまで届くはずがない! 前線は何をしていたんだ!」


 オペレータの報告に、司令室が騒然とする。ハーマン大将が状況把握を命じようとしたその時、司令室は再び激しい揺れに見舞われた。参謀の一人が階段から転がり落ち、頭を強打した。昏倒した参謀を近くにいたオペレータが介抱する。


「一体何が起きている!」

「第四砲台に直撃! 被害甚大です!」

「状況を把握しろ! 前線部隊からの報告はまだなのか!」

「通信障害が発生しています! 敵の妨害と思われる!」


 ハーマン大将は倒れた時に強く打ち付けた腰を押さえながら立ち上がる。ふと、目の前のレーダーディスプレイを見ると、先ほどの巨大な塊が要塞正面に達していた。


「外部監視カメラは生きているか?」

「へ? あ、はい。カメラの確認は可能です」

「映し出せ! 要塞正面を最大望遠で!」


 ハーマン大将の怒鳴り声に、オペレータが慌てて映像をスクリーンに映し出す。映像は、要塞周囲を包む濃霧で真っ白だったが、上空にうっすらと巨大な影が映っていた。


「あれは何だ……?」

「雲……? いや、それにしては――」


 映像を見つめる全員が呆然と見つめる中、その影に複数の爆炎が生じた。そう、あれはまるで――


「――砲撃だ! あれは敵の砲撃だ!」


 参謀の一人が信じられない、という表情で叫んだ直後、司令室を三回目の揺れが襲った。


「第二砲台に直撃! 前線の塹壕地帯にも複数の着弾を確認しました!」

「空からあの砲撃をしているというのか……?」

「空軍との通信はまだ回復しないのか?」

「駄目です。ECCM、機能しません」


 参謀たちの顔から血の気が引いていく。通信が回復せず、自軍は一方的に砲撃を受け続けるという状況が続けば、この回廊要塞が突破されるという事態になりかねない。

 ハーマン大将は参謀の一人に命じ、要塞内格納庫から全ての戦闘機を出撃させるよう伝令に走らせた。だが、その伝令将校が帰ってくることはなかった。引き続いて行われた四回目の砲撃で、要塞後方の滑走路と格納庫が破壊され、伝令将校はその巻き添えとなったのだ。


 回廊要塞司令部は為す術なく、敵の砲撃を受け続けることとなった。




「三、二、だんちゃーく、今!」

「どこに着弾した?」

「彼我の距離から考えて、おそらく要塞後方の滑走路かと」


 要塞前方上空10000フィートに()が浮かんでいる。飛ぶための翼はあったが、その姿は飛行機と呼ぶよりも、やはり船だろう。


 この空飛ぶ船は、統一連邦のベレゾフスキー設計局で建造され、実戦試験としてレウスカ人民軍に貸与された「空中戦艦シチシガ」だ。シチシガとは、レウスカに伝わる民話に登場する魔物の名で、死を告げるという伝承がある。

 シチシガは空母に翼をつけたような外見をしており、側面には合計三十門にも及ぶ艦砲が据えられている。非常に強力なエンジンが両翼併せて十基搭載されており、この推力によって半ば無理矢理この巨体を飛ばしていた。

 この空中戦艦の中央指揮所には十数人のスタッフが計器に向かっている。その中央に座っている男性が、シチシガ艦長のキェシェロフスキー准将だ。レウスカ海軍の艦長職は、普通は大佐が務めているのだが、この空中戦艦に限っては准将が充てられている。

 キェシェロフスキー准将は43歳の若さにして准将に地位にあるエリート軍人であり、ミハウ・ラトキエヴィチ直々にシチシガ艦長に任命されている。世界初の空中戦艦の実戦投入ということもあり、キェシェロフスキー准将はとても張り切っていた。


「敵空軍の動きはどうだ?」

「こちらに気づいたようです。敵機接近」

「よし……。対空戦闘用意! 奴らにシチシガの力を見せつけてやるのだ!」


 対空戦闘システムが起動、レーダーの使用が困難な状況下でも機能する外部監視カメラの映像を戦術コンピュータが処理し、迫り来るブリタニア空軍機をロックオンする。


「撃て!」


 キェシェロフスキー大佐の号令と共に、対空砲が火を噴いた。シチシガの対空戦闘システムはかなりの高精度でブリタニア空軍機を撃墜するが、それでも対空砲火をくぐり抜けた少数が接近する。


ツバメ(・・・)はまだか?」

「もう発進しています」


 オペレータがそう答えた直後、攻撃態勢に入っていたブリタニア空軍機が、上空から突然の攻撃を受けて爆散した。ブリタニア空軍機を奇襲攻撃で葬ったのは、レウスカ空軍の主力機であるBol-31(フォックス)とも、統一連邦が新たに投入したSt-37(ファントム)とも違う戦闘機だ。


 これこそ、空中戦艦が運用する艦載機として開発されたBol-300無人戦闘機「ラーストチュク」だ。非常に小型であり、気流の乱れにも対応可能な機動力を誇っている。また、無線誘導が不可能な状況下においても運用を可能とするため、自立行動が可能なようにプログラミングされていた。

 シチシガはこの対空戦闘システムとBol-300の運用によって、実戦で何とか通用するレベルの戦闘性能を獲得していたのである。


「艦長、要塞に接近しすぎています」

「限界だな……。反転しろ」

「はっ」


 シチシガは大きく船体を右に傾け、旋回する。船体側面の砲台が要塞に向けて砲撃を行う。その反動も利用して反転すると、濃霧の向こう側へと消えていった。


 シチシガが帰還した後、ようやく回廊要塞周辺の通信やレーダーが回復する。だが、それはあまりにも遅すぎたと言えるだろう。回廊要塞は、前面の塹壕陣地や後方の滑走路も含め、主要施設のほとんどに被弾し、防御施設としての価値をほとんど喪失している。

 丸裸になったも同然の回廊要塞に向けて、戦力を温存したレウスカ人民軍が本格的な攻撃を開始する。


 第三次回廊要塞攻防戦は、新しい局面に突入した。

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