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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第二章 バトル・オブ・ブリタニア
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第一話 回廊要塞(1)

 ローヴィス大陸の北西部、北海に向かって突き出した形の半島がブリタニア半島だ。元々、島だったものが、砂州が伸びていって地峡を形成し、ローヴィス大陸と繋がった陸繋島である。

 古来よりこの地峡――ブリトン地峡という――はブリタニア半島とローヴィス大陸諸国の交通の要所であり、大陸諸国の侵略を防ぐため、歴代の支配者はこの地に堅固な城塞を築いてきた。

 ブリタニア植民地帝国の成立以後は、回廊(コリドー)要塞と称される地峡全体を覆う要塞が築かれ、ブリタニア防衛の要となっている。回廊要塞は第二次大戦当時、ローヴィス大陸の西半分を征服したナチス・ベルク装甲軍の侵攻をも防いだ実績を持つ。陸海空一体となった防戦の前に、さすがの陸軍大国も攻略を断念せざるを得なかったとされている。


 宝石戦争開戦以降、回廊要塞には臨時編成された三軍統合部隊の司令部が置かれ、レウスカ人民軍侵攻に備えている。11月、遂にレウスカ人民軍が要塞正面に到達してからは、陸海空一体の大規模な攻防戦が繰り広げられていた。

 海軍に関しては、オーヴィアス・日本と並ぶ世界三大海軍国と謳われるだけあって、レウスカ海軍の攻撃を寄せ付けることなく、沿岸支援を続けていたが、陸空においてはレウスカ人民軍の物量の前に押されがちであった。


 とはいえ、レウスカ人民軍も多方面に戦線を抱えていることもあり、要塞司令部が陥落の危機を感じるまでには至っていない。

 このような状況の中、日本は友邦ブリタニアへの支援として第6航空団を回廊要塞に派遣。


 11月29日。ヴェルサイユからの撤退戦終盤で戦死したルドヴィク中佐の後任として、第231飛行隊アイギスの飛行隊長となったレオンハルトも、この一員として北の大地に足を踏み入れることとなった。




「ああ、楽にしてくれ。そのままで結構」


 回廊要塞の数多い会議室の一つに第6航空団のパイロットたちが集結している。大柄な大陸系の白人・黒人たちの群れが立ち上がって迎えようとしたのは、この第6航空団を率いるノブユキ・ヒサカタ准将だ。

 軍部重鎮の一族であるヒサカタ公爵家出身、42歳にして准将の階級にあり、帝国五軍の内、海軍と空軍を勢力基盤とする軍内部の派閥「白州閥」の次期領袖という、ここにいるパイロットたちからすれば雲の上の存在である。

 ちなみに、カエデはヒサカタ公爵家に連なる軍人貴族の出身であるのだが、この事実を知っているのは、第231飛行隊ではレオンハルトだけだ。


 ヒサカタ准将は幕僚団を引き連れ、会議室前面の演台に立つ。幕僚団の一人がスクリーンを起動し、回廊要塞の周辺図を映し出した。


「さて、我々の今回の任務は、回廊要塞上空の防衛戦を続ける王国空軍(RAF)に加わって、レウスカ空軍をはたき落とすというものだ。言葉にすると実に簡単に聞こえるだろう?」


 パイロットたちから笑い声が漏れる。海外派遣のたびに、簡単に任務を言いつけて送り出す統合参謀本部を暗に揶揄した発言であるからだろう。

 ヒサカタ准将は、外国人主体であるからと海外派遣に酷使される第6航空団の現状を良く思っておらず、たびたび上層部に改善要求を叩きつけていた。もちろん、パイロットたちもこのことを知っている。


「懐かしの祖国を飛ぶものもいるだろうが、気を引き締めて臨んでくれ。私の任務は諸君らを生きて連れ帰ることだからな。死なれると迷惑だ」

「准将」

「ん、失礼。わざわざ集まってもらって申し訳ないが、私からはこれだけだ。続きは作戦部長から説明してもらう。ナラサキ中佐、頼む」


 ヒサカタ准将が演台の横に並べられた席に着く。入れ替わりに演台に立ったのは、作戦部長のナラサキ中佐だ。若手の辣腕官僚といった雰囲気のある軍人であり、ヒサカタ准将が前にいるときはリラックスしていたパイロットたちが、途端に姿勢を正してしまうほどの威圧感を放っている。


「作戦部長のナラサキだ。今後の具体的な作戦行動について説明する」


 スクリーンに映し出された地図上に細かい区分けが入った。それぞれにはコードネームが割り振られている。


「開戦以来、我ら環太平洋条約機構(PATO)は敵の電子妨害の前にレーダーの優位性を喪失している。対抗手段は国防技研が開発中だが、おそらくこの戦争には間に合わないだろう」


 地図上に各飛行隊を表す文字列が表示される。例えばアイギス隊ならば、6AW(第6航空団)-S231(第231飛行隊)-Aegisだ。


「諸君らには主に哨戒飛行についてもらう。担当空域は地図に表示された通りだ。管制は要塞防空司令部が担当する。飛行中の指示はそちらに仰ぐように」

「出撃は二機編隊(エレメント)単位ですか? それとも四機編隊(フライト)単位?」

「空域自体はそこまで広くない。哨戒飛行はエレメント単位で行う。ただ、緊急出撃に対応できるよう、他の者もアラート待機はしておくように。調整は各部隊に任せる」


 パイロットの一人から上がってきた質問に淡々と答える。ナラサキ中佐は眼鏡の縁をつかんで調整しながら、周囲を見渡した。


「他に質問は? ――ないな。それではこれで終了する。一時間後から作戦行動開始だ」


 ヒサカタ准将が立ち上がり、幕僚団と共に退出する。少しするとパイロットたちが立ち上がってバラバラと部屋を出て行き始めた。


「少佐、この後はどうするんですか?」

「ん? ああ、部屋で荷物の整理でもしようかと思っていたが、後でもできるからな。何かあるのか?」


 カエデが立ち上がろうとしたレオンハルトに話しかける。周囲の男性パイロットたちの視線が一気に集まった。

 ちなみに、レオンハルトを始めとするアイギス隊の面々は、第一次ヴェルサイユ市街戦の後、全員が昇進している。レオンハルトに関しては、一個飛行隊を率いる以上、どうしても少佐以上の階級に昇進する必要はあったが、それを抜きにしても、彼らの活躍は昇進に値するものだったと言える。


「回廊要塞の中にあるカフェのケーキがおいしいって聞いたんです。よろしかったら一緒に行きませんか?」


 この短時間でどこから情報を仕入れたのか。女性兵士は少ないが、そのネットワークは侮ることができない。

 一方、周囲からの視線には殺気が上乗せされる。レオンハルトの隣に座っていたジグムントとイオニアスは、そそくさと立ち上がって部屋を出て行った。

 数少ない女性パイロット――それも美人――であるカエデには部屋に入ったその時から周囲の熱い視線が注がれていた。しばしば繰り返されている光景だが、カエデが周囲の様子に気づく気配はない。


「ふむ……。久しくこういうこともなかったし、たまには良いだろう。行こうか」

「はい!」


 カエデがうれしそうに微笑む。男たちの殺気が増した。

 レオンハルトはそのままカエデと二人で部屋を出て行く。去り際に、部屋に残った男たちにニヤリと笑ってみせるというおまけ付きであった。


 戦争の最中でも、彼ら空の戦士たちは日常(・・)を楽しんでいた。




 兵士たちの日常(・・)はとても儚い。いったん戦闘が始まると、途端に血みどろの戦場を駆け巡ることとなる。


 12月1日、レウスカ人民軍は陸空の戦力を投入して第二次攻撃を開始し、要塞正面では要塞突破を目指すレウスカ人民軍と、要塞への到達を防がんとするブリタニア王国軍が熾烈な塹壕戦を繰り広げていた。


 レオンハルトはカエデ・ジグムント・イオニアスを率いて、要塞南部の沿岸部を飛んでいる。彼らの任務は、海上から艦砲射撃を行うブリタニア海軍の第2水上部隊を上空から支援することだ。

 第2水上部隊は駆逐艦ウールストンを始め、六隻の駆逐艦及びフリゲートからなる作戦部隊である。少数ながら強力な火力を有しており、海軍大国の名に相応しい実力を備えている。


『上空の戦闘機。こちらは駆逐艦ウールストン艦長、海軍大佐のモンタギューだ。上空支援、よろしく頼む』

「アイギス1よりウールストン。任せておいてくれ」


 駆逐艦艦長からの通信が入る。外国軍のパイロットに艦長が通信を入れるというのは、なかなか珍しいことだ。


『コリドー・コントロールよりアイギス1。戦場へようこそ。早速ですが、お客様がご来店です。丁寧におもてなしをお願いします』

「ああ。了解した」


 要塞航空管制部のユーモアは微妙だな、と心の中で評価をつけながら、戦術コンピュータのリンクを確認する。戦域情報システム(WAIS)とリンクしたレーダーディスプレイに敵の反応が映る。


『敵は対艦ミサイルを抱えていますので、射程圏内に入る前に撃墜を』

「了解した。――アイギス1、交戦」


 レオンハルトがカエデと共に、低空を這う攻撃機部隊へと上空から接近する。その攻撃機を守る護衛機は、ジグムントとイオニアスの担当だ。

 ジグムントとイオニアスが長射程のミサイルを護衛機に向けて発射。護衛機が回避機動に移ると、その隙を突いてレオンハルトが機体を加速させる。


「アイギス1、フォックス3」

『アイギス2、フォックス3』


 レオンハルトとカエデもミサイルを発射し、斜め前から挟み撃ちするように攻撃機へと接近する。ミサイルを避けた攻撃機の正面に突っ込む態勢だ。トリガーを引き、すぐに上昇。機体に致命傷を負った攻撃機が海面に激突し、水没する。

 上昇したレオンハルトは、そのまま機体を反転させ、ジグムントと護衛機を挟み撃ちにする。射線から互いを外し、偏差射撃を食らわせた。二人の攻撃を避けきれなかった護衛機が火達磨になって海上へと墜落していく。脱出したパイロットは、生きていれば戦闘終了後に捕虜として収容されるだろう。


 レオンハルトたちが戦っている空域では、ブリタニア空軍も戦闘機を繰り出しているが、いかんせん多勢に無勢だ。攻撃をくぐり抜け、艦隊に接近する敵もいる。

 防空網に開いたわずかな穴を突いて、二機の攻撃機が接近する。ブリタニア空軍機が迎撃する前に、対艦ミサイルが発射された。海面スレスレを高速で飛翔し、艦隊へと接近する。だが、ブリタニア海軍も対抗策を持っていないわけではない。


『イージスシステムを起動する! 上空の支援機は本艦から距離を取ってくれ!』


 モンタギュー大佐が全機に対して緊急通信を送る。その通信に従って、レオンハルトたちはデータリンクで設定された安全圏まで退避する。

 その瞬間、大規模かつ強力な妨害電波が駆逐艦ウールストンから、接近する対艦ミサイルに向けて放たれた。対艦ミサイルのセンサーが妨害によって機能しなくなる。ミサイルはそのまま見当違いな方向へ飛び始めた。ウールストンの対空砲がミサイルを撃ち抜く。


 これこそ、1970年代にオーヴィアス連邦が開発し、ブリタニアや日本でも導入された「イージスシステム」だ。接近するミサイルに対して、指向性の電子妨害を行ってセンサー類を狂わせ、見当違いな方向へと飛ぶミサイルを場合によって対空砲で撃ち落とす。電子妨害でミサイルを防ぐ、という一連のプロセスを、女神アテナの盾の名になぞらえて「イージス」と名付けられている。

 このシステムを搭載した軍艦は、特にイージス艦と呼ばれるようになっており、海軍力強化に必須の軍艦となっていた。ウールストンも、このイージスシステムを搭載しており、艦隊防空の役目を担っている。

 イージスシステム唯一の欠点は、あまりにも強力な妨害電波を発するため、味方の電子機器にも影響を与える、という点である。そのため、あらかじめ有効範囲をデータリンクで味方と共有し、イージスシステム使用時には安全圏への退避を行うという対策を取っていた。


『迎撃成功。攻撃機も排除してくれ』


 攻撃機はミサイル発射後も艦隊へ接近している。ウールストンは対空攻撃態勢を取りながらも、上空に支援を要請した。

 一番近くにいたイオニアスが、攻撃機に接近し、続いてブリタニア空軍機が反対側から攻撃機に向かっていく。イオニアスとブリタニア空軍機はほぼ同じタイミングでミサイルを発射。すると、ウールストンがデータリンクしてミサイルの誘導管制を始めた。

 攻撃機は電子妨害装置を起動してミサイルを回避しようとするが、ウールストンの補正によってミサイルはそのまま攻撃機へと直進、命中した。


『アイギス4、スプラッシュ1』

『ヒュー! フェンサー6、敵機撃墜!』


 淡々としたイオニアスに対して、ブリタニア空軍機のパイロットはとても明るい性格のようだ。レオンハルトは思わず小さく笑う。


『支援に感謝する。その調子で頼むぞ』


 モンタギュー大佐が全機に通信を入れる。だが、この日の戦闘は結局これで終わりだった。


 レウスカ人民軍の第二次回廊要塞攻撃は、日が沈む頃になって終了し、レウスカ空軍の支援の下、地上部隊は撤退していった。ブリタニア王国軍もこれを追撃したが、あまり深追いをすれば泥沼の戦闘に突入することになりかねない、と判断した要塞司令官のハーマン大将が追撃中止を命令。

 第二次攻撃もレウスカ人民軍の敗北に終わることとなり、要塞に駐留する部隊の間には楽観論が徐々に広まりつつあった。要塞司令部も、参謀本部に対して増援を要請。レウスカ人民軍を押し戻すための反攻作戦の立案に移っていた。


 レウスカ人民軍による第三次回廊要塞攻撃は、このような状況の中、12月5日に開始されるのである。

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