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宝石戦争(旧版・更新停止)  作者: 東条カオル
第一章 宝石戦争開戦
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第一話 開戦前夜(1)

 東西冷戦。人類史上、これほど大規模かつ長期間にわたって、二つの勢力が水面下で争った事例は皆無だろう。


 “東側”と呼ばれるのは、ローヴィス大陸東部に栄え、民主主義の旗振り役と自認するオーヴィアス連邦共和国とその同盟国からなる資本主義諸国。対して、“西側”と呼ばれるのは、世界初の共産革命を成し遂げ、社会主義建設の祖国であると内外に喧伝するソヴィエト社会主義共和国統一連邦を始めとする社会主義諸国だ。


 相反するイデオロギーを掲げ、第二次世界大戦が終わったその直後から熾烈な戦いを繰り広げた二大国であったが、1980年代後半から徐々に冷戦終結の兆しが見えてきた。

 これは1985年に統一連邦共産党書記長に就任したゲオルギー・メニシチコフによる、行き詰まった社会主義体制の改革(ペレストロイカ)に起因する。

 ペレストロイカと付随して進められた情報公開(グラスノスチ)によって、西側諸国では民主主義革命の嵐が巻き起こった。ローヴィス大陸と地中海を挟んで隣接するセルシャ大陸では、1989年の間に七つの社会主義政権が崩壊し、民主化が達成されている。


 もはや崩壊したも同然の統一連邦の勢力圏において、未だ社会主義政権を維持しているのは、ベルク民主共和国とレウスカ人民共和国の二カ国しかない。この内、前者はベルク連邦共和国との平和的な再統一を模索しており、実際に統一連邦の影響下にあったのは、レウスカ人民共和国だけであった。

 レウスカ人民共和国は、ローヴィス大陸南西部に位置する国家で、地中海と太平洋を繋ぐグダニスク運河を領有している。そのため、統一連邦はここに大規模な軍を常駐させており、軍の監視が強い地域であった。

 加えて、時のレウスカ人民共和国国家評議会議長、ミハウ・ラトキエヴィチは典型的な独裁者であり、反抗する者を粛清するなどして民主主義運動を抑え込んでいた。


 だが、それも長く続けられるものではない。

 国民の不満は大規模な民主化要求として噴出し、レウスカの首都ポモージェでは連日デモが行われ、警察隊が出動する騒ぎとなっていた。そこでミハウ・ラトキエヴィチは国内の不満を国外へと向けさせる。矛先として選ばれたのは、軍事衛星ピースメーカーⅠ、通称“ダイヤモンド”だった。

 “ダイヤモンド”は従来の偵察衛星としての機能だけでなく、全長およそ30メートルにも及ぶ巨大なレールガンを搭載した攻撃衛星としての機能を備えていた。これは、オーヴィアス連邦の前大統領であるジョージ・ジェファーソンが発表した「PATO統合宇宙軍計画」の目玉の一つとされたものであり、唯一実現したものでもある。

 この“ダイヤモンド”が1991年の6月に打ち上げを控えており、ミハウ・ラトキエヴィチはこれを、西側諸国に対する軍事的野心の現れ、と主張して、国民の目を国外へと向けさせた。


 そして、その結果として勃発したのが、戦後最大とも言われる被害をもたらした「宝石戦争」だったのである。




 初夏の日差しが滑走路に降り注ぐ。その滑走路には、出撃準備を済ませた二機の戦闘機が管制塔からの発進許可を待っていた。


 ここは、ローヴィス大陸西部に位置するラピス共和国、その西部方面の防空を司るサン・ミシェル空軍基地だ。

 ラピスは東側資本主義諸国を束ねる環太平洋条約機構(PATO)に加盟しているのだが、そのPATOはラピスと西部国境を接するレウスカ人民共和国との政治的緊張を抱えている。ラピスを始め、レウスカに隣接する諸国はレウスカ人民空軍の防空識別圏侵入に悩まされており、このサン・ミシェル空軍基地も連日の対応に追われていた。


 ラピスの同盟国の一つ、日本帝国から派遣された第6航空団の第231飛行隊――コールサインはアイギス――に所属するレオンハルト・エルンスト大尉は、実に七度目となる緊急発進(スクランブル)任務に就こうとしている。

 だが、連日の防空識別圏侵入は対応する側の緊張感をそぎ始めていた。


『オメガ1、クリアード・フォー・テイクオフ』


 通信越しに聞こえる管制官の声は、どう聞いてもやる気に欠けるものだった。ここ一週間、緊急発進が続いているとはいえ、ともすれば命を懸けることとなるパイロットの立場にしてみれば、もう少し気合いを入れてほしいものだ。


「クシロ、後ろは任せたぞ」

『了解です、大尉』


 通信越しに涼やかな女性の声が聞こえてくる。レオンハルトの僚機を担当するカエデ・クシロ中尉だ。外人部隊である第6航空団において、数少ない日本人――それも女性――だが、模擬戦で優秀な成績をおさめている実力あるパイロットである。

 ややつり目で細顔の美人な女性だ。黒髪のショートカットだが、長く伸ばせば長身かつ細身の彼女によく似合うだろうと、レオンハルトは密かに考えている。

 無論、紳士たることを自負する彼がそれを口にすることはないが。


 レオンハルトがスロットルを開ける。彼らが乗るF-18J(イーグル)が滑走路から飛び立った。ラピスの国土の大半を占め、サン・ミシェル基地も位置する大高原(グラン・プラトー)の大地が眼下に広がる。そのグラン・プラトーの空を、レオンハルトたちは南西へと向かった。


『コントロールよりオメガ1。レウスカ空軍機はなおも領空へ接近中』


 管制官の声は相変わらず緊張感に欠けている。いつも通りならば、領空の目前で反転して帰還していくはずだからだろう。

 今回もこれまでのスクランブルと変わらない高度での侵入なので、管制塔では特に警戒の必要はないだろうと考えているようだが、レオンハルトの考えは少し違う。


「オメガ1よりコントロール。後続の準備はできているのか? 万が一、領空侵犯されても我々だけでは対応できないぞ」

『後続は準備できている。心配する必要はない。不必要な通信は控えるように』

「……了解した」


 通信が切れる。管制官は後続の準備をしていると言ったが、せいぜいブリーフィングルームへの集合を呼びかけた程度だろう。


『大尉、レウスカ空軍機がそろそろポイント・アルファを通過します』

「ああ、すまない。兵装の確認は済んだか?」

『大丈夫です。……あの、レウスカは攻撃してくるでしょうか?』

「どうだろうな。ただ、ラトキエヴィチもそろそろ限界だろう。国民の不満を逸らすためなら、戦争を起こしても不思議じゃない」



 レウスカの指導者、ミハウ・ラトキエヴィチは一族や取り巻きたちを政府・軍の要職に就けることで絶大な権力を誇っている。その豪奢な生活には国民からの非難が相次いでおり、レウスカが東側諸国への挑発的外交を続けるのも、国民の不満を逸らすことが目的だと考えられていた。


 一方、東西が冷戦終結に向けて動いている中で、その流れに逆らうことはできないだろうとも考えられている。挑発的外交で国内の不満を抑えつつ、逃亡先を定めている段階なのではないか、という論が東側諸国のメディアで盛んに報道されていた。


『コントロールよりオメガ1。侵犯機がポイント・アルファを通過』

「了解」


 ここまでは、いつも通りだ。レウスカに攻撃の意思がなければ、そろそろ反転に移るはずだが――


『何だ? レーダーの故障か?』

「コントロール、何が起きた?」

『レーダーに反応が――増えた! レウスカ空軍機と思わしき反応を確認!』


 急転直下とはこのことだろう。途端に通信の向こう側が騒がしくなる。


『未確認機が八、いや、十二――さらに増えつつある!』

「後続を発進させてくれ。我々だけでは対応できない」

『時間がかかる。ひとまず、君たちだけで対応してくれ!』


 案の定、後続の準備はできていないようだ。そうこうしている間にも、侵犯機は近づいてくる。


『侵犯機まで、距離3000。なおも接近中です、大尉!』

「カエデ、戦闘準備をしろ」


 カエデに準備を促しつつ、レオンハルトは機器のチェックを始める。実戦は久しぶり(・・・・)だ。間違いがあってはならない。


『待て、大尉。攻撃は許可できない。別命あるまで――』

「ネガティブ。侵犯機には明確な侵略の意図がある。警告の上、これに従わないようならば、撃墜する。国際法上も問題はないはずだ」

『そういう問題ではない!』


 管制塔からはひっきりなしに攻撃禁止の通信が入るが、レオンハルトはこれを無視して兵装の最終確認を進める。レオンハルトのレーダーにも敵の機影が確認できるようになった。


『距離2000。侵犯機への警告を開始します』

「任せた」

『……こちらは、PATOラピス特別展開部隊所属、第231飛行隊。貴機はラピス領空を侵犯している。直ちに反転し、退去せよ』


 流暢なレウスカ語でカエデが警告するが、侵犯機は応じる気配がない。意図的な領空侵犯なのだろう。


『再度警告する。貴機はラピス領空を侵犯している。直ちに反転し、退去せよ。指示に従わない場合、攻撃の意図有りと見なす』

「……反応はないな。現時刻、午前11時22分を以て警告射撃を開始する」


 侵犯機に対して、並行しての追尾を試みようと斜め前方から接近する。

 すると、真っ直ぐ飛行していた侵犯機が、突如として方向転換し、レオンハルトたちの方へと向かってきた。同時に、耳障りな警告音がコックピットの中に響く。


「ミサイル、ブレイク!」


 レオンハルトが叫ぶと同時に至近距離でミサイルが発射されるが、間一髪でこれを躱した。


『午前11時23分、侵犯機の攻撃を確認!』

『こちら、コントロール! 攻撃は事実か?』

「嘘を報告してどうするんだ。事実に決まっているだろう!」


 のんきな管制塔に対して、レオンハルトの語気が思わず強まる。


『……やむを得ん。攻撃を許可する』

「了解。オメガ1、交戦」

『オメガ2、交戦』


 交戦宣言と同時に攻撃態勢に移る。あまり余裕はない。もたもたすれば、増援がやってくるのは間違いないだろう。

 レオンハルトはスロットルを開け、機体を加速させながら敵機(・・)へと迫っていった。


 時に1991年6月15日午前11時25分。レオンハルト・エルンスト大尉の交戦宣言は記録には残されていない。

 しかし、記録に残っていないこの空中戦こそが、三年の長きに渡って繰り広げられることとなる宝石戦争の、最初の武力衝突だったのである。

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