第四話
ニノの家は、まるで彼の性格を表していた。
せわしく料理を運び、動き回るのは姉のミーナ。父親のルークは、レンとアレスの二人を、見知らぬ人間であるにもかかわらず歓迎してくれた。
「ルークさん、ガラス細工を見せて貰えますか?」
ミーナの手料理をお腹いっぱい御馳走になった後、レンが聞いた。
「おぅ、いくらでも見せてやるよ。毎日、娘と丹誠込めて作っている自慢の品々だ」
「グラスのデザインは私が決めているのよ。このグラスだって私の描いた絵だから」
食器の片付けをしていたミーナは、レンが飲んでいた空のグラスを手に取ると、ポンとトレイの上に置いた。ミーナは栗色の長い巻き毛を一つに束ねた陽気な少女だ。ココロミとは随分タイプが違うな、とレンは思う。
「どうかした? ぼーっとして」
ミーナがレンに声をかけた。
「え? あ、いや別に」
レンは、慌ててごまかしたが、顔は真っ赤になっている。
そんなレンを見て、隣にいるアレスはニヤっと笑っている。
「こりゃ大変だ」
アレスが笑いながら言った。
「な、何が大変なのさ」
レンはより一層、顔を赤くして抗議した。
「いやいや、オレはなにも見てないし聞いてない」
アレスのとぼけた顔に、レンは抵抗を諦めた。
「勝手に言ってろ!」
「ちょっと、ガラス細工を見に行くんでしょ? さっさと行ってくれない? お皿を洗わなきゃいけないんだから」
ミーナはレンとアレスの前から空の皿を取って、ガチャガチャとトレイに乗せる。
「ニノ、あんたも手伝いなさいよ」
ミーナは、まだミルクを飲んでいるニノに言った。
「姉さんが怒ると、雷より怖いんだ!」
ニノはいたずら顔で言うと、レンとアレスを促した。
「さ、出発〜!」
「美味しかったです」
レンは微かに頬に紅を散らしながら、礼を言った。
一方、アレスはそのやりとりをニヤニヤしながら見ていた。
レンとアレスはルークに案内され、離れにあるガラス細工の作業所にやって来た。中央にガラスを溶かすかまどがあり、陳列台には出来上がったばかりのガラスコップや花瓶や皿が所狭しと並んでいた。
その陳列台の片隅に、ガラス細工の置物が少し置かれている。レンは興味をひかれ真っ先に置物の方へと向かった。
近づいてみると、それらは先程見た物よりも更に美しく、魅力さえ感じられるものであった。
「あっ」
レンは、その中のある一つを見て声を出した。
それは、そこにあるどのガラス細工の置物よりも更に美しく、そしてとても細やかなものだった。
他のガラス細工は、花を模った物や、馬や物語の中でしかいない動物などといった物だ。しかし、この美しく他のどれよりも細やかな作品は、一人の女性を模った物であった。
微笑みを浮べながら、しなやかに舞っている女体が模られた作品。レンは暫し、それに魅せられていた。
「その作品の女、お前好みかぁ?」
と、アレスは腕を組み、いやらしい笑みを浮べてその作品とレンを眺めた。
「っ、全然っ……」
平然なふりをして、一瞬その作品から目を離した。
そして、もう一度、レンの視線が女体に移った時だった。
――作品の中の女性の口元が変形した。
「ん?」
レンは、食い入るようにガラス細工の中の女性を見つめた。笑みを浮かべていたはずの女性の口が閉じて、真顔でレンを見つめ返している。
「やっぱり、お前好みなんだろ」
レンの様子を見て、アレスがヘラヘラと笑う。
「おや? そんな置物うちでは作った覚えがないがね」
ルークがレンの後から声をかける。
「……あっ」
レンがチラッとルークに視線を移し、もう一度ガラス細工に目を向けた時には、女性の笑みは元に戻っていた。
そのとき、レンは懐が熱くなるのを感じた。
「え? なに?」
懐を探ると、なんと『虹色の翼』が微かに震え、熱を発しているのがわかった。
「なに……これ、どういう……」
不思議なことが、女神を象ったガラス細工にも起きている。
『虹色の翼』と同様に微かに震えだしたのだ。
女神の象は、小刻みに震えながらほのかに赤く光り出す。
「何だ? 光ってるじゃないか」
アレスもようやくガラス細工の異変に気付く。
「離れてっ!」
レンはそう言って、後退し、腰にあるレイピアを構えた。
と、同時にアレスも己の剣を抜いた。
レンは、久々にアレスの剣を見た。
以前よりも勇ましさを感じさせ、そして何より――血を沢山吸っていた。血液で汚れた剣。されど、勇ましさで中和されてしまう、そんな彼の剣に惹かれた。が、次第に轟音を発てて強く光っていく女神に、心を戻された。
しばらく更新できずに、すみませんm(_ _)m
今回の執筆は、斎藤京享、菫、春野天使、三竹和沙、零崎出識(五十音順)でした。