第三話
──呪いを解くのに必要な物は、虹色の翼、虹色の薔薇、虹色の指輪。どれも小さなクリスタルの形をしていると聞いた。それを揃えれば呪いは解ける。
「レン、そろそろ帰ろうか。仲間達が待っている」
若者はレンという名の少年に言った。
「あぁ。早く皆に会いたい」
レンは、懐かしさを込めた口調で言った。
それに対して若者は、苦笑をまじえて答える。
「そうだな。俺には会いたくない奴もいるんだがな。まぁ、あいつが今何をしてるのかって事は知らないけど。じゃ、行こう!」
二人は朝の光を浴びながら、街道へ続く道へと歩き出した。
残る魔法の宝物はあと二つ。
それを手に入れるのは至難の業だが、あきらめるわけにはいかない。
そんな二人を遠くから見つめる人物がいた。
だが、その人物が二人の前に姿をあらわすのは、もう少し先のことだった。
「ねぇ、僕のお宝買っていかない?」
山道を下り、町外れの平坦な道を歩く二人の前に、突然小さな男の子が走り寄ってきた。クルクルとカールした巻き毛、そばかすのほっぺに笑みを浮かべて、男の子は両手を差し上げる。その手の中にはクリスタルのガラス細工の品々が乗っていた。
二人は子供の手の上にある品物を注意深く見つめた。
「まさか……」
レンが半ば呆けたような顔で若者を見る。
「まさか、な……」
少年もレンの顔を見た。
「きれいでしょ? 買ってよ」
小さな男の子は腕を伸ばしたまま、レンと若者の顔を代わる代わる見つめる。ガラス細工は猫や馬や林檎の形をしていた。
「薔薇の形のクリスタルはある?」
男の子の手の平に乗っているガラス細工を眺めながら、レンは聞いてみた。
「薔薇の? ここにはないけど……あ、そうだ!」
何かを思い出したのか、男の子が持っていたガラス細工を地面に置いて指を指した。
「ここから向こうへずーっと行くと、廃墟になった神殿みたいな所があるんだ。このガラス細工はそこから持ってきたんだけど……確か、そこに薔薇の形のがあったと思うよ」
北東を見据えながら、男の子は言った。
「そう。ありがとう」
レンはそう言ってさっさと歩き出す。置いてけぼりを被った若者はすぐに追いついて、
「おい、行くのか?」
「当然」
若者は溜め息をついた。
(どこまで自由奔放なんだ……?)
なだらかな丘の上に、廃墟となった神殿は建っていた。古代ギリシャの神殿跡のような、大きな白い柱が並んだ廃墟だった。柱の何本かは崩れ、半分になった柱がむき出しになっていた。
「ここのどこにガラス細工が?」
レンは神殿の前に立ち、辺りを見回した。
「あの子供を信じるのか?」
レンの後ろで、若者は尋ねた。
「……信じるほかないよ。他に手掛かりはないんだし」
レンは、神殿の中に足を踏み入れながら応えた。
若者は、「お前らしいな」と言いながら、レンの後に続く。
足元には、崩れた柱や石壁の残骸が散らばっている。
「おい、気を付けろよ」
若者が言い終わらないうちに、レンは残骸に足をとられる。
「わっ!」
大きな音とともに、レンはその場に転んだ。
「ったく、慌て者だな。もう少し状況を判断──」
レンを助け起こそうとした若者も、バランスを崩しかける。
と、どこかからクスクスという笑い声が聞こえてきた。
二人はその笑い声がする方向を見た。
「あ! おまえ」
若者はそこに、先ほどの子供の姿を見た。
「あーおかしい! こんなに面白いこと、やめられないよー」
子供は二人を見てまたクスクスと笑いだした。
「騙される大人を見るのって楽しいー」
「大人ねぇ……」
若者は呟いて脇で未だ立ち上がらないレンを見る。
「なに?」
「いや、別に」
「ここにガラス細工があるって嘘だったのかい?」
マントに付いた汚れを叩きながら、レンは立ち上がる。
「ウソに決まってるよ。こんな所にガラス細工なんかあるわけないじゃん。ガラス細工はボクの家で作ってるんだよ」
子供はケラケラ笑いながら答える。
「家で? ……まぁわかりきったことだったが、ハズレだったな」
若者が皮肉を込めてレンに言った。
「そんな簡単に見つかるはずないだろ。藁にも縋りたい気持ちはわかるけどな」
「どっちにしろ、確かめなきゃいけないじゃないか」
レンの投げやりな言葉に、若者が真顔で答えた。
「お前、あと……いや、今まで何回騙された?」
「…………にじゅうななかい」
「二十七回って……数えていたのか?」
「おじさん達面白い! ボク、ニノって言うんだ。家に遊びにおいでよ。もっとたくさんガラス細工見せてあげる。父ちゃんと姉ちゃんも紹介するから」
ニノはまだ笑い転げながら言った。
「俺はアレスで、こいつがレン。オイ、おじさんはないだろ。俺はまだ二十三歳だ」
「ウソだ〜」
そう言ってニノはいたずらっ子のように舌を出したかと思うと、またクスクス笑いだした。
「あ・の・なぁ〜!」
「まあまあ、そう興奮しないで……プッ」
レンはアレスをなだめようとしたが、思わず吹き出してしまった。
「レ・ンッ〜!」
「ごめんごめん、そう言うわけじゃないんだけれど、なんだかこんなほのぼのとした雰囲気、久しぶりだから……」
そう言ってレンは柔らかな微笑を浮かべた。
「そうだな」
アレスもフッと笑う。思えば敵との戦い続きで、こんなにリラックスした時を過ごす機会はほとんどなかった。ほんの少しの間でも、平和で温かな時間の中に身を委ねていたいと思う。
「ねぇ、レンは何歳?」
ニノがレンを見上げて聞く。
「十四歳」
「へぇ〜じゃ、ミーナ姉ちゃんと同い年だね」
「いい友達ができたな」
アレスはレンに笑いかけた。
「うん……」
レンははにかむように微笑する。
「腹減ったぜ!」
「じゃあ、おいでよー」
ニノはぴょんぴょん跳ねるように二人を先導した。
「おう!飯食わせてくれよ」
アレスは豪快に笑いながらニノのあとについて歩き出した。
今回は、春野天使、零崎出織、三竹和沙、斎藤京享、菫、カタリヤの六名の執筆でした♪