9 イーラスの知識
イーラスの存在に気が付いたオーナーがすぐに上品な笑みを浮かべ、早足で近づく。
「これはプリクス様、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。本日はどのようなご用件でしょうか? お声をかけてくだされば、すぐにお屋敷までお伺いいたしましたのに」
その言葉と態度に店員と元同級生たちが目を丸くした。
オーナーの態度は常連というより、上客への接客。しかも屋敷まで出向くということは、そこら辺の貴族でもありえない対応。それはティリアの元同級生たちが店に足を運んでいることが証明している。
店員と元同級生たちから何者だ? という視線を浴びながらも、イーラスはまったく気にすることなく微笑みながら答えた。
「彼がそのネックレスについている宝石がリオン産のサファイアだと説明していたので私の意見を述べたんだが、それが気に障ったらしい。すまないことをした」
「いえ、そんなプリクス様が謝られるような……ん? リオン産のサファイア、ですか?」
訝しみを含んだ声とともにオーナーの視線が店員の手元にあるネックレスへと移る。
「しかも、帝国で人気のデザインだと。私の記憶が正しければ、そのデザインは数年前には帝国で流行遅れと言われていたはずなんだが」
その言葉にオーナーがサッと頭をさげた。
「それはとんだ失礼をいたしました。この商品はすぐに下げますので!」
「いや、いや。別に正しい説明をして売るには十分な価値がある商品だから下げる必要はないよ。あとは、その価値に合った値段なら、ね」
イーラスの念を押すような言い方にオーナーが店員を睨む。
「これはアルディオ産のアクアマリンだ。それをいくらで売ろうとしていた?」
冷え切った声と視線にこれまで横柄な態度だった店員が小さくなる。
「そ、それは、その……」
ごもごもと口ごもる店員。
その姿にオーナーがサッと話を切った。
「今日はもういい。さがりなさい」
「オ、オーナー! 私はワザとではなく……」
「話はあとで聞く」
オーナーが入り口に立っている警備に視線を向ける。それだけで警備員が素早く動き、問題の店員を店の奥へと連れて行った。
そして、話を切り替えるように、オーナーがイーラスへ深々と頭をさげた。
「大変、失礼をいたしました。後日、お詫びに参りますので」
「そこまでしなくていいよ。偶然見かけただけだから」
「いえ。プリクス様にご指摘していただけなければ、この店の評判を地に落とすところでした。そういえば、本日は何をお探しでしょう?」
その問いにイーラスがティリアへ視線を落とす。
「この子に似合うアクセサリーを一式、頼みたい」
その言葉にオーナーが失礼にならない程度にサッとティリアの全身を見て微笑んだ。
「これはお美しいお嬢様で。とっておきの品がありますので、少々お待ちください」
そう言ってさがったオーナーがすぐに店の奥からいくつかの箱を持って出てきた。
「こちらの品はいかがでしょう?」
箱の中にはデザインが統一されたネックレスとイヤリングがあり、一目でここに並ぶ宝石と格が違うと分かる輝きを放っている。
「稀少性の高いパープルダイヤモンドをあしらった逸品でございます。純度も透明度も高く、帝都の有名デザイナーが手がけております」
華美すぎないデザインでティリアの瞳と同じ輝きを持つ紫の宝石。金で作られたチェーンの先で凛とした上品な美しさが際立つ。
「うん、いいね」
まるで夕食の食材を選ぶような気軽さで頷くイーラス。
その様子にティリアが無表情のままイーラスの服を引っ張った。
「待ってください。こんな高級な品を……」
「私は、いいねって言っただけで買うとは言ってないよ」
目尻にシワを寄せて安心させるように言われた言葉にティリアがホッと力を抜く。
一方のイーラスはティリアに気づかれないようにオーナーへ目配せをした。
それだけでオーナーが心得ておりますとばかりに軽く頷きながら他の商品を差し出す。
「他に指輪や髪飾りもございます」
そう言ってオーナーが箱の蓋を外すと、そこには複数の指輪と髪飾りが並んでいた。
「どれか気になるのはあるかな?」
イーラスの問いにティリアが無表情のまま目を彷徨わす。
「どれも綺麗です」
そう言いながらも紫の瞳が箱の端にある髪飾りで止まる。
そのことに気が付いたオーナーが素早く説明をした。
「お嬢様はお目がお高いですね。そちらは最高級のスファレライトです。傷つきやすく、これだけの大きさは珍しい逸品となります」
それは銀細工で作られた髪飾りで、その中央には黄金色に煌めく大きな宝石があった。
イーラスの瞳を想像させる黄金色の宝石をティリアの髪を編み込んだような銀が複雑に絡んでいる繊細な逸品。
「うん、とてもいいね。じゃあ、次の店に行こうか」
「は、はい」
イーラスの思わぬ動きにティリアが呆気にとられながらもついて行く。
そして、二人が店を出る前にオーナーが颯爽とドアを開けた。
「またのお越しをお待ちしております」
「あぁ、またよろしくね」
言葉とともに慇懃に頭をさげるオーナー。
その後ろでは元同級生たちが唖然とした顔のまま二人の背中を見ていた。
ティリアは気が付いていなかったがイーラスはこのやり取りだけでネックレスとイヤリングと髪飾りを購入しており、貴族である元同級生たちも常連にしかできない買い方に気づいていた。
「何者なんだ、あのおっさん……」
思わず呟いた元同級生を振り返ったオーナーが冷えた笑みで黙らせる。
「王都で……いえ、この国で平穏に暮らしたいなら口の利き方に気を付けたほうがよろしいですよ、お若い方」
これ以上、無駄な発言は許さないという威圧に元同級生たちはそそくさと逃げるように店から出て行った。
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ティリアはイーラスの隣を歩きながら訊ねた。
「あの店員の方はどうして偽りの説明をして宝石を売ろうとされていたのでしょう? 本来の説明でも十分、価値のある宝石ですよね?」
「多分だけど、あの店員はリオン産のサファイアといって高値で売って、本来の商品との値段の差額分を自分の懐へ入れようとしていたんじゃないかな? 目利きの相手なら見破れるけど、相手は若かったから騙せると思ったんだろうね」
「そのような方もいるんですね」
淡々と頷くティリアにイーラスが忠告をする。
「そうだよ。最初は手助けをするフリをして優しく近づき、相手の懐まで入り込んでから騙す、って人もいるからね」
「最初は手助けをするフリ……」
そう呟きながら大きな紫の瞳が見上げる。
その目には長い前髪で顔の半分を隠した男が映っており……
「そう。だから、簡単に信じたらいけないよ」
にっこりと微笑んだイーラスに対してティリアがしっかりと頷く。
「はい、気を付けます」
その目はまったくイーラスを疑っておらず、思わず口の端をあげて苦笑した。
「……ちゃんと意味わかってる?」
「はい」
堂々としっかり頷いたティリアにイーラスは心の中でこれは手ごわそうだと呟いた。




