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婚約破棄された氷の令嬢は、嫁がされた枯れおじのもとで花開く  作者:


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8 初めての宝石店

「ちょっといいかな。この店に寄りたいんだけど」


 イーラスに声をかけられたティリアは足をとめて顔をあげた。

 太い指が指した先は歴史がある佇まいの店。出入口には屈強な警備員が立ち、これまでの店と明らかに雰囲気が違う。


「は、はい」


 内心ではドキドキしているティリアだが表情には一切出ず平然と頷く。

 その様子にイーラスがフッと笑った。


「大丈夫、お店に入るだけだよ」

「はい」


 返事はしたが声も体も固い。

 そんなティリアの頭に大きな手が触れた。


「え?」


 見上げると長い前髪の下にある黄金の瞳が細くなっていて。


「私たちは商品を見に来た客だ。誰も取って食ったりしないよ。まあ、もし食べられそうになったら私を置いてすぐに逃げたらいい。君が逃げるぐらいの時間稼ぎはできると思うから」


 どこか冗談交じりの口調がだが、ティリアは掴んでいるイーラスの腕をグッと握った。


「そうなったら、私もともに戦います。最低限の武術は嗜んでおりますので」


 まっすぐ見上げる紫の瞳にその強さを感じたイーラスは思わず苦笑した。


「君の父上はどのような教育をしたんだろうね。こんな可愛らしい女の子に武術を教えるなんて」

「領地と領民を守るため、と言われました」


 敵国に攻められた時、盾となり戦えるように学んだ。そのことに疑問を感じたことはない。

 そんなティリアの様子にイーラスがふむと頷く。


「たしかに、シィーク領の位置を考えると当然のことか。うん、君の父上は立派に教育をしていたんだね。すまなかった」


 素直に謝罪されたことが初めてのティリアは驚きながらもそれを出さずに顔を伏せた。


「いえ、よく言われますので。田舎者の教育だと」


 社交界のマナーやダンスより戦術や武術を率先して教える野蛮な田舎者の伯爵家。

 そう学園で言われ、何度も嘲笑われた。


 だが、イーラスが軽く首を横に振って残念そうに言った。


「そんなことを言うヤツらは君の家の重要性をまったく分かっていない。そんなヤツらの方が無知な田舎者だ」

「ですが、王都に住む方々ですよ?」


 ティリアの素直な問いにイーラスが笑う。


「王都だって帝国の帝都に比べれば田舎だよ」

「ここが田舎、ですか?」


 ティリアからすれば王都は目を見張るほど大きくて栄えた街なのだが。

 信じられないという声音にイーラスが優しく説明をする。


「帝国はこの国よりずっと大きくて、その帝都には様々な国からいろんな物や人が集まっている。その規模はここの王都とは比べ物にもならないよ。この国は帝国の同盟国になってからやっと政治が安定してここまで繁栄したから、まだまだ発展途中だよね」

「それは授業で習いました」

「それなら良かった。腐った学園でも最低限の教育はしていたんだね」


 皮肉がこもった言葉に紫の瞳が丸くなる。

 その顔を見ながらイーラスがにっこりと声をかけた。


「ここで立ち話ばかりしていても邪魔になるし、そろそろ店へ入ろうか」

「あ、はい」


 雑談で最初の緊張も忘れたティリアはイーラスに誘導されるまま店内へと足を踏み入れた。


「ふぁ……」


 無表情のまま無意識に声が漏れた先。そこにはキラキラと輝く宝石があった。


 指輪やネックレス、イヤリングにブローチなど様々な装飾品が並ぶ。


 ティリアが初めての世界に目を奪われていると、店員の媚びを売るような声が耳に入ってきた。


「えぇ。そちらは帝国でも人気のデザインでして、流行の最先端の品でございます。しかも、帝国内でも貴重なリオン産のサファイアをあしらった逸品となっておりまして、これだけの大きさは滅多にありません。これはお客様だからこそ、お出しした品です」


 カウンターに置いた商品をスラスラと説明する店員。

 その反対側にいる若い男女が上機嫌に話す。


「さすが、王都一の宝石店だ。品揃えが違う」

「これだけの大きさのサファイアは見たことないわ」


 きゃあきゃあと楽しそうに騒ぐ若い男女。

 その二人を見た瞬間、ティリアはキュッとイーラスの腕を掴んでいた。


「どうかしたかい?」


 微かな変化に気が付いたイーラスが視線を落とす。

 そこにティリアの存在に気が付いた男女が声をかけてきた。


「あら、ガフタ様に捨てられた田舎娘じゃない」

「ここはおまえのような田舎者が来る店じゃないぞ」


 クスクスと笑う元同級生の二人。

 その言葉と態度に上機嫌で商品の説明をしていた店員の視線も笑顔のまま冷たくなる。一瞬で低ランクの客と判断したらしい。


 だがイーラスは気にすることなくティリアへ声をかけた。


「この中で気になるものはあるかな? あ、アレは偽物だから見なくていいけどね」


 そう言って店員が元同級生たちへ勧めているネックレスを指さす。


「え?」


 ティリアは思わずイーラスとネックレスを見比べた。

 だが、その言葉に元同級生たちが嘲笑う。


「この店で偽物なんてあるわけないでしょう?」

「さすが田舎者が連れているだけあって世間知らずのおっさんだ。これ以上、恥をかく前にさっさと田舎に帰った方がいいんじゃないか?」


 その言葉にティリアが抗議しようと踏み出す。

 だが、それを素早くイーラスが止めると、ネックレスを指さしたまま説明を始めた。


「たしかにそのネックレスは帝国でも人気のデザインだったけど、それは数年前のことで今はもう廃れてきているよね? あとリオン産のサファイアって言ってたけど、あそこのサファイヤは鮮やかで紫かかった深い青が特徴だ。だが、そのサファイアはリオン産にしては青みが薄すぎる。むしろ、サファイアというよりアクアマリンじゃないかな? たしかアルディオ辺りで採掘されるアクアマリンは青くて大きかったはずだ」


 スラスラと解説していく内容にネックレスを勧めていた店員の顔がみるみる真っ赤になり、最後には大声でカウンターを叩きながら怒鳴った。


「適当なことを言うな、田舎者が! 店から出て行け!」


 バン! とカウンターが揺れ、ティリアの肩が小さく跳ねる。

 無表情のまま硬直していると、大きな手が守るように肩を引き寄せた。ポスンと体が逞しい胸に収まり、触れたところから伝わるぬくもりと、鼻をくすぐるシダーウッドの香りに不思議と力が抜けていく。


 ティリアが顔をあげると長い前髪の下で黄金の瞳が柔らかく見つめており、目尻にシワが浮いている。『大丈夫だよ』と言っているような表情に胸の奥がキュッとなり、嬉しいような恥ずかしいような気持ちから逃げるように俯く。


 そこに店の奥から壮年の男が転がるように現れた。


「大声を出してどうした?」


 その姿に店員がカウンターを殴った手を隠すようにさげる。


「オ、オーナー!? 今日は不在なはずでは……」

「急用ができて来たのだが、それより何があった?」

「あ、いえ。オーナーが気になさるようなことでは……その、無礼な田舎者が」


 オーナーと呼ばれた男がわたわたと説明する店員からイーラスへ視線を移した。



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