6 新たな生活
ティリアが年配のメイドに案内された先は小さくも可愛らしく整えられた部屋だった。
淡いクリーム色の壁に軽やかなレモンイエローのカーテンがさがる大きな窓。ベッドやソファーなどの調度品はアンティークながらも可愛らしさがあるデザイン。
そして少ない荷物はクローゼットに片づけられていた。
「残りの荷物が届きましたら、また片付けましょう」
おっとりとした口調で言われたティリアはゆっくりと頭を横に振った。
「いえ、私の荷物はこれで全部です。ありがとうございます」
伯爵家の令嬢にしては少なすぎる荷物の量。
その驚きを出さずに年配のメイドは柔らかく微笑んだ。
「では、明日の買い物では旦那様にいろいろと買っていただきましょう」
その提案にティリアが無表情のまま慌てる。
「それはできません。突然のことで、こんなに迷惑をおかけしているのに……」
その様子に年配のメイドがふむと頷く。
「では、旦那様が自発的に買い物をするには問題ありませんね?」
「え?」
ティリアがメイドの言葉の意味を測りかねていると、おっとりと微笑まれた。
「旦那様はあまり外出をされないので、明日はしっかりと街を歩いて運動させてください。それと、旦那様が買い物をする時に悩まれた時は助言をお願いいたします」
「助言……ですか? ですが、私は流行などには疎くて……」
「大丈夫です。ティリア様が感じたことをそのままお伝えすればよろしいですから」
「はぁ……」
話が見えないティリアはとりあえず返事をすると、年配のメイドが思い出したように言った。
「私のことはマギーとお呼びください。お夕食をお持ちいたしますので。あ、ご用がございましたら呼び鈴を鳴らしてくださいね」
「あ、ありがとうございます」
「では、後ほど」
年齢より軽やかな動きでマギーが退室する。
その背中はどこかウキウキとしており足取りも軽く見えた。
「……はぁ」
誰もいなくなった部屋でティリアは恐る恐るベッドへ腰かけた。
柔らかな来客用のベッドがゆっくりと沈んで疲れた体を包み込む。さすがに我慢強いティリアでもこの怒濤の展開には疲労困憊になっていた。
ふと顔をあげれば、大きな窓からは月が上り始めた庭が一望できる。
そこで窓の隅に小さな灯りが見えた。
「……あれは?」
立ち上がって窓へと近づく。
視線の先にあるのは木で作られた質素な小屋。だが、その造りにティリアは覚えがあった。
「もしかして、こんなに庭が広い理由は……」
コンコン。
「ティリア様、夕食をお持ちいたしました」
「はい」
振り返ると同時にマギーがドアを開けてワゴンとともに部屋へ入る。
温かな湯気と食欲をそそるスープの香りとパンの香ばしい匂い。他にもサラダや揚げ魚とソース煮込みの肉からデザートまで。
それらをマギーが慣れた手つきでテーブルに置いていく。
「明日の朝からは旦那様とご一緒に食事ができるようにいたしますので」
「……お気遣いありがとうございます」
返事までにあった少しの間に敏感に気が付いたマギーがティリアを畏縮させないようにおっとりと訊ねる。
「何か気になることがございますか?」
「あ、いえ……」
口ごもりながら椅子に座ったティリアにマギーが微笑む。
「旦那様はここでは思ったことを自由に話されるように言われました。些細な事でもかまいませんので、遠慮せずにおっしゃてください」
年配者からのゆったりとした言葉にティリアが温かな食事を見ながら呟く。
「その、ご迷惑をおかけしてばかりですし、その何か私でもできることがないかと……」
「この屋敷は御覧の通り若い人がおりませんので、ティリア様が来てくださったおかげで屋敷が若返って活気が出ております。料理長は趣味のお菓子作りが存分にできると喜んでおりましたし」
思わぬ言葉に顔をあげると、マギーが目尻にシワを寄せて微笑んでいた。
その表情に心の中がほわんと温かくなるものを感じながらも、どうしても疑いが拭い切れなくて。
「そうなのですか?」
「はい。ティリア様はこの屋敷にとって新しい風ですよ。みんな喜んでおります。さあ、料理が冷める前にどうぞ召し上がってください」
「はい、いただきます」
おずおずとスープを口に入れる。
優しい温もりとマギーの言葉がじんわりと体に染み渡っていく。
寮での生活だったため食事も誰かの目があり、常に蔑みの視線を浴びていた。一口食べるだけで嘲笑われ、いつからか食事は作業となり、味も感じなくなっていた。
それが、ここでは普通に食事をしてもいい。温かい食事を味わって食べていい。
それだけでツンと目の奥が痛くなる。でも、ここで泣いては料理がまずかったのでは、など思い違いをされてしまう。
「……おいしい、です」
涙をこらえて出したティリアの言葉にマギーがホッとする。
「お口に合って良かったです。あ、お好きな料理や食材がありましたら教えてください。料理長が知りたがっておりました」
「え?」
思わず顔をあげたティリアにマギーがウインクをする。
「その料理ばかりに並んでしまうかもしれませんが。料理長は良くも悪くも実直一直線ですので」
マギーのお茶目な口調にフッと肩の力が抜ける。
「ありがとうございます。その、思いついたら言いますので」
「はい。楽しみにしております」
こうして穏やかに夕食を食べ終えたティリアは久しぶりに落ち着いて眠ることができた。
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翌朝。
窓から入る朝日で目が覚めたティリアは着替えると、気になっていた庭へ移動した。
綺麗に剪定された木々に囲まれた庭。だが、それよりも広い芝生が目を惹く。
「普通ならもっと木を植えて回廊のようにするのに」
贅沢な土地の使い方に疑問を感じつつ、昨夜部屋から見えた小屋へと近づいていく。
木で作られた質素な小屋から独特の臭いが漂ってきた。それは、ある意味予想通りで懐かしくもあったのだが……
「でも、ここは王都だし、どうしてこんなところに……えっ!?」
複数の視線を感じたティリアが振り返ると、大きな影が一斉に跳びかかってきた。




