15 イーラスの正体と押しかけ妻
女帝から離れたイーラスが床に倒れる前にティリアの体を支えた。
「大丈夫かい?」
言葉とともに逞しい腕を細い腰に絡めて細い体を引き寄せる。
「は、はい……」
何とか返事をしたティリアの顔をイーラスが覗き込む。
「本当かい? 顔色がよくないよ」
大きな手が優しく頬に触れ、白銀の髪を横へ流す。
「あの、大丈夫ですので」
「いろいろあったからね。今日はもう休もう」
イーラスは純粋に心配しているのだが、ティリアは触れたところから伝わる温もりにドキドキしていた。
服越しに感じる逞しい筋肉。全身を預けてもビクともしない厚い胸板。そこに、無骨な太い指に撫でられた頬が熱を持ち、ついさっき意識が飛びそうになっていたが、今は別の意味で意識が飛びそうになっている。
ティリアは白い頬をかすかに染め、体を支える逞しい腕に手を添えて言った。
「いえ、本当に大丈夫ですので」
顔を寄せ、ひそひそと小声で話す二人。傍から見ればイチャイチャしているような光景。
そんな二人から漂う甘い空気にガフタがキレた。
「オレの問いに答えろ! 冴えないおっさんのくせに若い女とイチャイチャしてるんじゃねぇ!」
その叫びに女帝の片眉がピクリと動く。
「ほう? 私の可愛い弟を冴えないおっさんだと?」
不機嫌混りの声音に来賓たちが固まる。
だが、顔を女帝の方へ向けたイーラスは平然と言葉を返した。
「姉上、おじさんに可愛いは余計だと思いますが?」
「なにを言う? いくつになっても弟は可愛いものだ。たとえ、こんな冴えないおっさんでもな。まあ、今日は小奇麗にしている方か」
「……姉上だって冴えないおっさんと言っているじゃないですか」
「私が言うのはいいんだ。だか、他人が言うのは許せん。ほれ、その若造をさっさと連れて行け」
女帝の命令にガフタを押さえていた兵が連行していく。
「やめろ! 兵ごときがオレに触れるな! 引っ張るな! オレは第三王子だぞ!」
ガフタが叫び声とともに広間から出て行った。
その背中を呆然と見送る貴族たち。中にはガタガタと小さく震えている者もいる。おそらく次は自分の番だと自覚しているのだろう。
そんな貴族たちを眺めながらイーラスが肩をすくめて女帝へ視線を戻した。
「姉上の遊び癖もどうにかしていただきたい。今回のことも、わざわざ姉上自ら顔を出す必要はありませんでしたよね?」
「まあ、そう言うな。久しぶりに楽しい余興だったよ。さて、時間だ」
女帝がドレスの裾に空気を孕ませて踵を返す。
「詳しい報告は後日聞く。またな」
そう言い残し、護衛とともに女帝は嵐のように去っていった。
「まったく。自由すぎるのも問題だね」
そう言って肩をすくめたイーラスが腕の中のティリアに視線を落とす。
「さて、私たちも帰ろうか」
「え?」
「あとのことはゼフ王に任せればいい。あ、シィーク伯爵もご一緒にどうぞ。ご令嬢と積もる話もありますでしょうし」
その誘いにケフローグがフッと口角をあげる。
「俺としては娘よりおまえとの話が重要なんだがな。未来の婿殿」
その言葉に黄金の瞳が丸くなり、それからゆったりと細くなった。
「その辺りを含めてお話をしましょう。ひとまず、私の屋敷へ」
こうして大波乱となった婚約発表パーティーは幕を閉じたのであった。
~~
それから、しばらくして。
「静かですね」
老齢の執事が書斎で仕事をしているイーラスに紅茶を淹れたカップを差し出した。
ティリアがいた頃はこの時間になると犬たちを庭で遊ばせる声が響いていた。だが、ティリアが実家に戻ってから犬たちは拗ねたように小屋から出なくなり、世話係の使用人も頭を抱えている。
鷲たちも一見すると変わりはないが、食べる餌の量が減っているとか。
イーラスはカップに口をつけながら言った。
「元に戻っただけだよ」
「さようでございますか」
イーラスは帝国の女帝の弟であった。帝国は代々、女子が継ぐため男子であるイーラスには継承権がない。
そのためイーラスは若い頃から自由に周辺諸国を旅して情報を集めるようになっていた。
そして最近は同盟国の動向を探るためこの国で生活をしていたのだが。
「姉上はティリア嬢をあわよくば私の嫁にって思ったみたいだけど、あんな若くて可愛い子がこんなおじさんに嫁ぐなんてかわいそうだからね」
「それで婚約を破棄されたのですか?」
「婚約もなにも元第三王子が勝手に言ったことだからね。シィーク伯爵とも話をして円満にまとめた結果だよ」
ガフタはゼフ王が宣言した通りクランとともに平民となり国外追放となった。
そして、イーラスのところへ嫁がされたティリアは自由となり実家があるシィーク領へと帰っていった。
ただ、別れ際の顔は無表情だったが紫の瞳は哀愁に染まっており……
「ですが、ご本人様はどうお思いでしょうね」
コン、コン。
聞きなれない軽いノックの音にイーラスが少しだけ眉間にシワを寄せる。
それから警戒混じりに言葉をかけた。
「開けていいよ」
「失礼します」
鈴を転がすような軽やかな声とともに部屋に爽やかな風が吹き抜ける。
白銀の髪が風になびき、整った美しい顔を持つ少女が書斎に入ってきた。
「お久しぶりです」
ぱっちりとした大きな紫の瞳に唖然とするイーラスの顔が映る。
「……どうして?」
思わず訊ねたイーラスに大きなかばんを持ったティリアがハッキリと答えた。
「嫁ぎにきました」
無表情のまま力強く断言したティリアにイーラスが慌てる。
「いや、君は自由なんだよ? それに君ほど若くて可愛い子なら、嫁にしたいって人は沢山いるだろ? こんなおじさんじゃなくても……」
「はい。自由ですので、自分で選んでここに来ました。あ、今度は実家からちゃんと荷物を持ってきましたので、必要な物はぜんぶ揃っていますし、父の許可も得ています」
そこまで一気に言うとティリアはペコリと頭をさげた。
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
そう言ってあげた顔は笑顔に染まっていた。ずっと無表情が当たり前だった少女が初めて表した喜びの顔。
初めて見せる氷が溶けたような満面の笑みにイーラスは何も言えず。
そのまま見惚れていると老齢の執事が嬉しそうに口元を緩めた。
「これは、これは。早急に結婚式の日取りを決めて準備をしなければなりませんね」
「セバスチャン!?」
「さて、忙しくなりますな」
老齢の執事が軽い足取りで書斎から出て行く。
パタンと静かにドアが閉まる音を聞きながらイーラスはティリアに訊ねた。
「……本当に私でいいのかい?」
「イーラス様がいいんです!」
その言葉にイーラスが参ったとばかりに赤茶の髪をくしゃりとかきながらも、その目尻にはシワが浮いていた。
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