13 学園の腐敗と女帝の登場
「おっと」
イーラスは書類の束が床に落ちる前に掴み、そのまま王へ差し出した。
「これに学園が生徒や生徒の家から受け取った賄賂や不正の証拠がある。国の未来を築く生徒を育てるはずの学園がこんなことになっているとはねぇ。まぁ、上手な賄賂の渡し方や買収の方法はしっかりと学んだかもしれないけど」
そう言うとイーラスは来賓の中の一人に視線を移した。
恰幅のよい壮年の男がビクリと肩を震わせる。
「責任者を含めて、全員になんだかの処罰が必要だと思うんだけど、どうかな?」
その言葉に壮年の男が声を出した。
「陛下、僭越ながら発言をお許しいただけますでしょうか?」
「学園長か。よい、発言を許す」
いつもと変わらぬ王の雰囲気に壮年の男はホッとしながら前に出た。
「私どもはこの国の未来を担う優秀な人材を育てるため日々身を粉にして励んでおります。ゆえに、そのようなでっち上げの書類など何の価値がございましょう。すべては事実無根でございます」
その言葉にティリアは考えるより先に声を出していた。
「私が受けてきた仕打ちはすべてなかったというのですか!? 私の嘆願もすべて握りつぶしてきた教師のおこないも! それどころか、他の生徒と一緒になり何度も私を陥れたことも!」
どのようなことがあっても感情を出すことがなかったティリアの叫びに元生徒たちが目を丸くする。
いつも平然としており、その美貌と相まって人形のようだと陰口をたたかれていた。それが、今は普通の少女のように怒りを口にしている。……顔は無表情のまま。
だが、学園長は素知らぬ顔で首を横に振った。
「そのようなことがあったなら、あなたの親から抗議の手紙なり訴えがあるはずだ。それがないということは、その事実がなかったということではないのか?」
その言い分にティリアがクッと手に力を入れる。
たしかに実家へ学園での現状を訴えた手紙を送ったこともある。だが、返事はなかった。
「それは……」
そこにバタバタと大きな足音が響かせながら人々を押しのけて一人の男が転がり出てきた。
「ティリア!」
懐かしい声に紫の瞳が大きくなる。
「お父様!?」
頭に撫でつけた銀髪を振り乱した男にティリアが駆け寄る。
普通の男の倍はある背丈と体躯。礼服の上からでも分かる筋肉は武人の雰囲気をまとい、貴族の中では異質な迫力を持つ。
そんな父親を見上げながらティリアが訊ねた。
「どうして、ここに?」
「いろいろとすまなかった。まさか、このようなことになっていたとは、まったく知らなかったのだ」
「それは……」
学園でのことなのか、婚約破棄されたことのなのか。どこまでの話を言っているのか分からないティリアが首を傾げる。
そんな娘にティリアの父であるケフローグがフッと口角をあげた。
「あとは私たちに任せろ」
「……私たち?」
まったく話が見えないティリアを置いてケフローグが学園長を睨む。
「我が娘は学園での生活について手紙を出しているが、我が家には一通も届かなかった。そのことについて、何か申し開きをすることはあるか?」
「それは貴公の地が辺境だからであろう? その途中で紛失したものを学園のせいにされても困る」
そこにイーラスが言葉を挟んだ。
「へぇ? 月に一回、多い時は三回ほど出している手紙……つまり、全部で五十通を超えるんだけど、その手紙がぜんぶ途中で紛失って普通はありえないよね?」
具体的な数字に学園長がウッと息を呑む。
そこにイーラスが王へ渡した書類を指さしながら言った。
「あ、学園から出した手紙以外にも街の郵便を使って出した手紙も届いていなかったよね。そっちからも手紙が届くのを邪魔した人物がいるんだけど、それについてもちゃんと証拠をあげてここに書いてあるから」
その言葉に集まった人々の一部の顔が青くなる。
その様子を見ながらケフローグが学園長にキッパリと言った。
「この件に関してはシィーク家から正式に学園へ抗議する。あと、この件に関わった家々もだ」
この発言に一部の者は顔を青くしたが伯爵位より上の貴族たちは平然としたまま。所詮は田舎の伯爵家に何ができるのか、という雰囲気。
そして、その意見を代表するようにガフタが口を開いた。
「ハッ、どんなに粋がろうと辺境にある田舎の伯爵に何ができる?」
明らかに見下した口調に王が椅子から立ち上がる。
「ガフタ、おまえは余計なことを言うな!」
必死に止める王にガフタが眉をひそめて怪訝な顔になった。
「なにをそんなに……」
そこに新たなざわめきが生まれた。
広間の入り口から王の前まで人々が自然とさがり、一本の道ができる。
そして、その先にいたのは……
「帝国の女帝が、なぜここに?」
静寂の中、誰かの声がポツリと落ちる。
この国の隣にあり古い歴史と広大な国土を持つ帝国。
そのすべてを治める女帝、ロース・イムバラハト・デ・アルガリータが登場した。
燃えるような真っ赤な髪をまとめ、金色の瞳で広間を見渡す。
薔薇の花びらを編み込んだような赤色のドレスの裾は空気を孕み、歩くごとに満開の薔薇が咲き誇ったような甘い香りが漂う。ドレスに縫い付けられたダイヤモンドが夜空のように輝き、文字通り目も眩む眩しさを放つ。
そして、なによりも王と同じような年齢だがまとう威圧が違う。一歩踏み出すごとに人々が自然と下がり頭を垂れる。
ゆったりとした足取りで移動する女帝に対して、王は急いで檀上からおりた。
「まさか、ローサ陛下自らお越しになられるとは……」
王の言葉に女帝が悠々と微笑む。
「私が来るとは思っていなかったか? だから、お主は甘いのだ。辺境伯が治める地は敵国との戦いでの重要な拠点となる。その重要性は何度も説いたはずだが、その地を治める者の娘をないがしろにしたそうだな?」
柔らかい口調だが、その目は今にも襲い掛かりそうなほど鋭い。その気配と話の内容に人々がヒッと小さく息を呑む。
言葉が返せない王に女帝が話を続けた。
「敵国は表だって戦争をしかけてはおらんが、あらゆる策を使い、周辺諸国を内部から崩しておる。もし、辺境伯が敵国に懐柔された場合、この国と帝国がどうなるか……わかっておろう?」
目に見えない重圧に王が黙ったまま耐える。
「辺境伯の地はこの国だけでなく帝国からも敵国の侵攻を防ぐための重要な拠点。だからこそ、丁重に扱い王族へ取り入れよと伝えたはずだが?」
「……おっしゃる通りです」
ようやく出た王の声は今にも消えそうなほど小さい。
「で、その計画を台無しにした貴殿の息子はこの国だけでなく帝国まで危険にさらした。この件に関わった者については、どのように処罰する? 決められないのであれば、帝国が動くだけだが」
王がイーラスから渡された書類を握りしめる。
「早急に対処いたしますゆえ、今回のことは私に任せていただきたい」
「では、どのように動く? まずは、己の息子の処罰をこの場で示せ」
女帝の容赦ない言葉に成り行きを見守っていた人々が顔を青くしたまま硬直する。
ティリアも想定外の連続に思わず父親を見上げた。すると、水色の瞳が柔らかくなり安心させるように頷く。
その表情にティリアは先程言われた言葉を思い出した。
「まさか、私たちとは……」
その言葉に重ねるように王が宣言した。




