12 婚約発表パーティーにて
真っ白な壁に豪華なシャンデリアがさがる王城の広間。
ガラスのごとくピカピカに磨き上げられた組木の床の上では、さまざまに着飾った人々が会話に花を咲かせる。
その中でも第三王子の婚約者の発表ということで、学園で第三王子と同級生だった若い貴族が多く集まっており、話題になっていたのが……
「そういえば婚約破棄されたティリアも来るんですって?」
「まだ田舎に帰ってなかったの? 私なら恥ずかしくてとっくに帰ってるわ」
「さすが、田舎者は図太いな」
「あの田舎者が出席するってことは、その婚約者も来るのか?」
その言葉に嘲りの対象が移る。
「へぇ、それは見物だな。どんな相手なんだ?」
「なんでも一回り以上、年上なんですって」
「おっさんってことか」
「まあ、田舎娘にはお似合いだわ」
クスクスと蔑み混じりの笑い声が響く。
それを聞きながら第三王子であるガフタはクランと連れて悠然と広間の奥へと歩いていた。
広間が見渡せるように作られた檀上に置かれた椅子に王が座っている。招待された貴族たちが順番に挨拶をしていたが、第三王子のガフタが現れたことで人々が道をあける。
スタスタと歩いてきたガフタは自分の父親である王へ声をかけた。
「皆の話を聞きましたか? クランを婚約者にした私の判断は正しかったでしょう? あんな辺境の伯爵の娘など笑い者にされ王族の名に傷がつくだけです」
隣に立つクランの細い腰を抱いて当然のように話すガフタ。学園一の美女というだけあり、これだけの来賓の中でも一際目立つ顔立ちと豊満な体型。しかも、ガフタがこれでもかと財力をかけて飾っている。
その姿に王は深く息を吐いた。
「何度も忠告したが……本当にいいんだな?」
その声は疲労に染まっており顔色も悪かったが、そのことに気づいていないガフタが胸を張って答える。
「何度言っても無駄です。オレの気持ちは変わりません」
息子の説得は無理だと悟った王がクランへ視線を向ける。
「クラン嬢も本当に良いのだな?」
それを王妃になる覚悟ができているのか? という問いに捉えたクランが上品な笑みを浮かべて優雅に頷く。
「はい。ガフタ様とご一緒なら、私はどのような状況でも大丈夫です」
甘えるような媚びを含んだ声だが、王は鋭い視線とともに切った。
「その言葉、忘れるでないぞ」
「はい」
念押しの言葉にクランがしっかりと頷く。
そこに広間の入り口がざわついた。
「やっときたか」
噂にあがっていた本人が登場したことで人々の視線が集まる。
このままいつものように盛大に蔑もうとしたガフタは広間に入場した二人の姿を見てポカンと口をあけたまま固まった。
白銀の髪を複雑に結い上げ、淡い水色のドレスで着飾ったティリア。
卒業パーティーと同じ色合いだが、ドレスのデザインがまったく違う。伝統的な形だが、そこに先進的なデザインを組み込み、繊細なレースで覆っている。
しかも、その身を飾るのは屋敷が買えるほどの金額が必要な装飾品。王都の宝石店で買ったネックレスとイヤリング。そして、髪飾りが輝く。
スラリとしたティリアの全身を優美に魅せており、自然と人の目を惹く美しさに男性陣の目が釘付けとなる。
来賓の人々が唖然とする中でガフタはティリアの隣に立つ男に注目していた。
「あいつは、誰だ?」
ガフタは王城でたまに見かけるボサボサの髪に無精ひげが生えた冴えないおっさんにティリアを押し付けたはずだった。
だが、目の前にいるのは熟練した渋さが漂う精悍な顔の男。
赤茶の長い前髪をオールバックにして、涼しげな目元がハッキリと見える。まっすぐな鼻筋に薄い唇という眉目秀麗な顔立ちに厚い胸板に引き締まった腰。そして、スラリとした長い手足と服の上からでもわかる適度に鍛えられた体躯。
その姿を目にしただけで女性たちの頬が朱に染まる。
女性たちが熱い視線を送り、ガフタの隣にいるクランもうっとりと見つめるほど。
完全に広間の空気をもっていかれたガフタがクランの腰を引き寄せ、注目を集めるように大声を出した。
「よくのこのことやって来たな、ティリア。そんなさえないオヤジに嫁いで……」
「口を慎め!」
ガフタの言葉を止めた人物に人々の視線が一斉に集まる。
王子の発言に割り込むなど不敬罪で即処罰される行為。だが、発言した主を確認した全員が黙った。
「父上、どうかされましたか?」
ガフタの言葉を途中で止めた王が青い顔のままゆっくりと首を横に振る。
その様子に人々が首を傾げていると、イーラスがティリアを隣に連れて前へ進み出てきた。
「やあ、久しぶりだね。ゼフ王」
その発言に王以外の全員が硬直した。
一介の男爵が王へかけてよい言葉ではない。
唖然とした空気が漂う中でガフタがすぐに声を出した。
「おまっ、不敬にも程があるぞ! 誰かこいつを……」
「よい」
再び遮られたガフタが抗議する。
「なぜですか!?」
「口を慎めと言っただろ! おまえは黙っていろ!」
公然で王子を叱咤する王の姿に来賓の人々がいつもと違う雰囲気を感じとる。
さまざまな視線が集まる中、イーラスがにっこりと黄金の瞳を細くした。
「さて、王もいることだし、ここで学園の現状について報告をさせてもらおうかな」
その言葉に若い貴族たちの肩がビクリと跳ねる。
異様な雰囲気を感じつつ王がイーラスに問いかけた。
「……学園の現状とは?」
「貴族の子息を集めた学園のことだよ。本来ならその学園では国の未来のため勉学に励み、また貴族同士で交流をおこない、優秀な人材を育てることが目的……だったはずだよね?」
友人と話すような口調と態度だが、相手は王。そして、イーラスは男爵。
身分差を考えるとあり得ない話し方で、イーラスの隣にいるティリアはずっとハラハラしていた。ただ、持ち前の無表情が見事に仕事をしているため、他の人からは平然としているようにしか見えない。
(隣にいるだけでいいと言われましたが……)
イーラスの逞しい腕に手を添えて静かに隣に立つ。
そんなティリアをガフタが忌々しそうに睨んでいた。クランと婚約をするため、婚約破棄したティリアがいかに無能で王妃としての素質がないを披露する予定だったのに、話が想定外の方向へ進んでいる。
さっさと婚約発表をしたいガフタは王がイーラスの質問に答える前に口を出した。
「そのような当たり前のことを今さら聞くな! 今宵は第三王子であるオレの婚約発表だ! さっさと下が……」
「黙れ、ガフタ!」
王の怒鳴り声が広間に刺さる。
その威圧にガフタを含め、全員が固まる。
「三度、言わすな! 次に許可なく口を開けば追い出すからな!」
初めて見る父親の剣幕にガフタが返事を忘れて黙る。
一方の王ははぁと深いため息を吐いて椅子に座り直した。
「続けてくれ」
王の言葉にイーラスがフッと口元をあげて空いている手を空に掲げてパチンと指を鳴らす。
すると大きく開いた窓から一羽の鷲が飛んできて書類の束を落とした。




