11 招待状
それからしばらくして。
ティリアは朝日とともに起きて動物たちの世話をすることが日課になっていた。
ここの動物たちは警戒心が強く、世話ができる人が限られるため、動物たちが警戒しないティリアの存在は貴重なものだった。動物たちはたまに来る使用人や来客に対しては全身で威嚇をして近づくことを許さない。
だが、不思議なことにティリアの前ではそれがない。平然としているか、むしろ甘えに来るほど。
そのため、ティリア自身も頼られていることが嬉しくて動物たちの世話を積極的にしていた。
「ここが気持ちいいです?」
「わふっ」
ブラシを持ったティリアの前に大人しく座る大型犬。他の使用人だと鼻先にシワを寄せながら歯をむき出しにして威嚇するため、なかなかブラッシングできないという。
だが、ティリアの場合は犬たちが列になってブラッシング待ちをするほど。
「あら、ここも気持ちいいんですね」
「くうん……」
ピンと立った耳の後ろにブラシを通すたびに甘えた声を出して目を細める。はじめは通りが悪かったごわごわとした毛も何度かブラシを通すうちに引っかかりがなくなる。
耳の後ろから首元、胸へとティリアがブラシを動かせば大きな犬がゴロンと芝生の上に転がってお腹をみせる。
「ここもしていいのですか?」
「わふっ」
お腹は急所となるため信頼している相手にしかみせない。
「お腹の毛は柔らかいのですね」
ザッザッとティリアが慣れた手つきで犬のお腹にブラシをかける。
ポカポカな陽気にブラッシングされている気持ち良さもあり犬がウトウトと微睡む。
その姿にティリアは少しだけ目を細めた。
「お昼寝にはちょうどいい天気だし、眠くなりますよね」
穏やかな風にのんびりとした空気。ずっと蔑まれ、嘲笑われていた学園の頃では考えられなかった生活。
癒され、満たされている……はずなのに。
「はぁ……」
少しでもイーラスのことを考えると自然とため息が出る。
(今は何をされているのか……この時間なら書斎でお仕事?)
そんなことを考えていると、脳裏にイーラスの顔が浮かんだ。目尻にシワを浮かべ、柔らかく微笑みながら耳に優しい渋い声で自分の名を呼ぶ……
「だめ、だめ。今はブラッシング中なんだから」
白銀の髪が盛大に横に揺れる。
突然の奇行に順番待ちで並んでいた犬たちが一斉にティリアを囲んだ。
「わう?」
「わふわふ?」
首を傾げて心配そうに見つめる犬たちの目。
自分の体と同じか、それより大きな犬たちに囲まれて普通なら怖くなりそうな状況だが、ティリアは犬たちの頭を順番に撫でながら軽く声をかけた。
「なんでもありませんから」
そう言いながらティリアは違和感を覚えた。
「……あれ、何匹かいない? 茶色の子と黒色の……」
集まった犬たちを確認するティリアにブラッシングをされていた犬がブラシを咥えて差し出した。
「わふ! わふ!」
ブラッシングを止めたことを抗議するような声にティリアはブラシを受け取って謝った。
「あぁ、ごめんなさい。ブラッシングの途中だったのに」
「わん!」
その通りと言わんばかりにブラシを渡した犬が再びお腹をみせて転がる。
その愛らしい動きにティリアの顔が綻びかけたが、それを散らす大きな馬車の音が響いた。
「あれは……王城からの使者?」
王からの伝令が乗る馬車が屋敷の前に停まる。
「ごめんなさい、ブラッシングはまた今度で」
なんとなく嫌な予感がしたティリアがブラシと抜けた毛をまとめて屋敷へと走る。その背中を犬たちは黙って見送り、ティリアが屋敷に入ったところで一斉に姿を消した。
~~
ティリアが屋敷に戻るとメイドのマギーが声をかけてきた。
「ただいま来客がありまして。こちらでお待ちください」
「王城からですか?」
「旦那様は王族の方々とも交流がありますので、こうして使者の方が来られることがあります」
男爵家が王族と交流など通常ではありえない。
「あの、ずっと気になっていたのですがイーラス様は……」
そこに足音が響いた。
「使者は帰ったから応接室の掃除を頼むよ」
近づいてきたイーラスにマギーが笑顔で頷く。
「かしこまりました」
それから黄金の瞳がティリアを映した。
「ちょっと話があるから書斎に来てくれるかな?」
「は、はい」
歩き出したイーラスの後をついていく。
広い背中からふわりとシダーウッドの香りが漂う。いつもならその匂いに安堵するのだが、今日はなぜはざわざわと嫌な感じがする。
書斎に入るとイーラスはティリアにソファーを勧めた。
「とりあえず座って。あ、紅茶を持ってこさせよう」
「いえ、大丈夫です」
「そうかい? じゃあ、先に話をしようか」
そう言うとイーラスは封筒を取り出した。
「今度、王城で第三王子が婚約発表をするから、それに参加しろだって」
ティリアの脳裏にクスクスと笑う同級生たちが浮かぶ。
新しい婚約者との婚約発表に婚約破棄をした相手を呼ぶなんて普通は考えられない。バカにするにも程がある。
無表情のまま静かに紫の瞳を伏せたティリアに対して、イーラスは肩をすくめながら息を吐いた。
「とことん君を笑いものにしたいみたいだねぇ。なかなかに悪趣味だ」
普通なら招待状を破り捨てるところだが、王族からの招待状が届いたのに出席を断ることは相当な理由がなければ不敬罪となってしまう。一代限りの男爵家など簡単に取り潰されてしまう。
「あ、君は心配しないで。私一人で出席するから。招待状に書かれていたのは私の名だけだからね」
「え?」
イーラスの言葉にティリアは反射的に顔をあげていた。
命令で嫁がされ、家からの承諾は得ていないが、現状としてティリアはイーラスの婚約者という立場になる。婚約者がいるのにパーティーに一人で出席するなど、それこそ笑いものになる。
ティリアの脳裏に学園で浴びてきた蔑みと好奇と侮蔑の視線が蘇る。少しでも動けば田舎者の作法と言われ笑われた。何も感じないように心を凍らせて、感情をなくし、耐えてきた。思い出しただけで体が震えそうになる。
そんな生活から離れ、やっと息ができるようになってきた。
でも、王城でおこなわれるパーティーに行くということは、再びその空気の中に戻るということで。
思い出したくもない。二度と見たくない同級生たち。けど、それよりも……
(イーラス様にそんな思いをさせたくない!)
ティリアはしっかりと顔をあげて断言した。
「一緒に出席します」
「……無理はしなくていいよ?」
「いえ、無理ではありません」
その凛と決意した姿にイーラスが目尻に深いシワを寄せて微笑む。
「わかった。一緒に出席しよう」
その笑みにティリアの冷えた心が温もりに包まれた気がした。
「じゃあ、ちょっと本気で準備をしようかな」
そう言って立ち上がったイーラスを追いかけるようにティリアも立ち上がる。
「本気で準備とは、どういうことでしょう?」
その言葉に振り返ったイーラスがニッコリと笑う。
「本気は本気だよ。あ、君もちゃんと協力してね? セバスチャン、仕立て屋を呼んで。マギーはこの前オーナーが持ってきたアクセサリーを……」
次々と指示を出していくイーラス。その途中で聞こえてくる言葉の端々にティリアは高額な金銭が動く気配を感じて背中が震えた。




