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婚約破棄された氷の令嬢は、嫁がされた枯れおじのもとで花開く  作者:


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1 婚約破棄

 たとえ辺境であろうとも伯爵家の令嬢としての矜持(プライド)を持って生きる。

 それは、伯爵家の領地のため、領民のため。


 そして、何よりも国のため。


 私という個はいらない。この国を維持する駒の一つとして生きる。


 それが課せられた命題でもあった。



 それなのに――――――



「ティリア! おまえとの婚約を破棄する」


 それは貴族が通う学園の卒業式後のパーティーで、この国の第三王子であるガフタが発した言葉だった。


 着飾った卒業生たちが華やかに踊るパーティーホールのど真ん中。

 ガフタの声に応えるように人々がさがり、一人の少女を中心に丸い空白地帯ができる。


 粉雪のように煌めく長い白銀の髪を流し、その下にあるけぶるような睫毛に包まれた澄んだ紫の瞳は大きい。高すぎない鼻に、唇は花弁よりも鮮やかに色付き瑞々しい。

 白い肌は陶磁よりも滑らかで、小さな顔は人形のように整っている。


 質素な淡い水色のドレスで身を包み、装飾品は首元を飾る銀のネックレスだけだが、それを補うだけの美しさが全身から溢れ、可憐な美しさが漂う。


 しかし、その少女を見つめる周囲の目はどこまでも冷めており、嘲りを含んでいた。


 そんな自然の美しさをまとった少女とは対照的に、悪趣味なまでに派手派手しく着飾った一組の男女が立つ。


 ベットリと整髪油を塗りたくった金髪に、険しく吊り上がった青い目。可もなく不可もない平凡な顔立ちに、ひょろっとした体。

 そして、その隣には豊満な体型を見せびらかすようなドレスをまとった、学年一の美女。

 艶やかな黒髪に、気の強そうな黒い瞳。スッとした顔にしっかりと化粧を施し、これでもかと装飾品で飾り立てているが絶妙なセンスで下品にはなっていない。


 財力をこれでもかと見せつける豪華絢爛な衣装。


 そんな二人がニヤニヤと質の悪い笑みを浮かべ、周囲も同調するようにクスクスと少女を嘲笑う。


 孤立無援の状態の中、ティリアと呼ばれた少女は凛と顔をあげたまま訊ねた。


「ガフタ殿下、理由を……」

「おまえの発言など許可しておらん!」


 ガフタの怒声にティリアが詫びの代わりに無表情のまま無言で頭をさげる。

 その様子に周囲から蔑みの声があがる。


「まったく、田舎者は礼儀を知らないのね」

「学園で何を学んだんだか」

「所詮は田舎の伯爵家の娘よ」

「卒業パーティーなのに、あんな貧相なドレスで恥ずかしくないのかしら」


 軽蔑を含んだ笑い混じりの嘲笑。

 そこに甘ったるい声がガフタの隣から響いた。


「殿下、田舎娘の足りない頭では婚約破棄の理由が浮かばないようですので、教えてさしあげてはいかがでしょう?」


 流し目とともに腕に押し当てられた豊満な胸の感触にそれまで怒りに染まっていた顔がだらしなく緩み、鼻の下を伸ばしながら頷いた。


「まったく、そのようだな。なぜ、侯爵家で教養も美貌も兼ね備えたクランが私の婚約者ではなかったのか。こいつを私の婚約者に指名したヤツの目は節穴だな」


 そう言うとガフタは頭をさげたままのティリアに怒鳴った。


「辺境に住む伯爵程度の娘が第三王子であるオレの婚約者というのが、そもそもの間違いなのだ! 王家の婚約者であるなら身分は侯爵家以上であろう! しかも、田舎者ゆえの無作法の連続! 社交界のマナーも知らない上に、それを指摘したクランを逆恨みしての嫌がらせの数々! そのような低能な者が王家に嫁ぐなどあり得ん! 婚約を破棄するには十分な理由だ!」


 その発言の数々にティリアは表情を動かすことなくクッと小さく手を握った。


 たしかに田舎者や、礼儀知らずと笑われたことは数回ではない。

 だが、それはクランがワザと間違ったマナーを教えたり、その取り巻きがティリアを陥れたため。

 それ以外も学園生活中に制服を引き裂かれたり、教科書を捨てられたり、様々な嫌がらせを受けてきたのはティリアの方だった。


 しかも、学校側はそのことに気づいていながらも黙認する始末。


 この国の第三王子というガフタの権力と、学園に多額の出資をしているクランの実家である侯爵家。この両家と揉め事を起こしたくないという学園側の裏事情が透けて見える。


 そして、そんな学園側の空気を敏感に察した生徒たちも追従した。むしろ、王家への忠誠とばかりに積極的にティリアへの嫌がらせに加担した生徒もいるほど。


 その結果、最初は抗議していたティリアだがガフタとクランに買収された教師たちによって訴えは握りつぶされ、学園生活は散々なものになった。


 それでも第三王子の婚約者としてティリアは卒業まで耐え抜いた。


(これも、あと少しの我慢……)


 領地のため、領民のため、貴族として国のために、理不尽な状況でも耐え抜く。

 そのことの必要性、重要性を幼い頃から躾られ、身につけてきたティリアは人並外れた我慢強さを持ち、感情を表に出すことがなかった。


 そのため嫌がらせはエスカレートしていったが、その無反応ぶりと白銀の髪と紫の瞳が相まって、氷の令嬢というあだ名がついたほど。


(この茶番もあと少しで終わる。婚約破棄されたなら家に戻るだけ)


 本来ならこのあと王城へ引っ越して第三王子の王妃としての教育を受ける予定であったが、こうなってしまっては仕方ない。別の方向からこの国の駒として生きる道を模索するのみ。


 辺境では不測の事態にも即座に適応しなければ死へと繋がるため、素早く思考を切り替える教育も受けていたティリアはこれが最後の我慢、とひたすら耐えていた。


 そこにガフタの嫌に優しい声音が響く。


「だが、辺境からわざわざ王都まで学びにやってきたその根性だけは認めてやる。慈悲深いオレが新しい婚約者を見繕ってやった。寮の荷物はそいつの家に送ってやったから、さっさとそこへ行け」


(勝手に婚約者を!?)


 あまりの予想外の展開にティリアは思わず顔をあげた。


「お、お待ちください! 私の両親にそのことを連絡いたしましたでしょうか!?」


 辺境とはいえ伯爵家であり領地もある。

 しかも、婚約は家同士の契約であり、お互いの財力や領地経営など経済面や政治面で関わってくることは多い。

 それゆえ、お互いの家や内情について調べ尽くし、納得して婚約となる。


 勝手に嫁いで終わり、というものではないし、王子といえど勝手に決めることはできない。


 だが、ティリアの心配をよそにガフタは虫を払うように手を振った。


「黙れ! おまえの発言は許可しておらん! さっさと去れ!」


(この様子だと両親には知らされていないだろうし、もしかしたら王も知らないかも……)


 周りを囲む卒業生たちもクスクスと嘲笑う声とともに蔑みを含んだ目で退場を促す。


 発言を許可されなかったティリアは静かに頭をさげると、そのまま会場を後にした。



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