第九話 電子遊戯文化
帰りも来た時と同じく団袋を背負う地獄の強行軍だったせいもあり、その日ショウタは久しぶりに朝寝坊をした。ロディニアも気を遣ったのか目覚まし時計も鳴らなかった。
その代わり妙に軽薄な叫び声でショウタは目を覚ました。
「学園の生徒代表を名乗る方々が是非とも殿下にお目にかかりたいと申しておりますが、いかがなさいますか?」
どこぞの聖女様とは違いノックしてから入室ができる優秀な侍女が尋ねた。
「……よし、通せ」
こと生徒への対応に関してはロディニアの手を借りるには及ばない。下手に関わらせて、万が一にも異世界との文化風習の違いで揉め事になっても面倒だ。
本営入り口に姿を見せた二人組は学園生徒会の新田カズオと立島ノウジロウだ。カズオは制服の上からもわかるほどの筋肉質な身体つきをしており、対照的にノウジロウは痩せ型で眼鏡をかけている。
「おお、殿下。 少しお付き合いいただけませんか?」
驚いたことに生徒会長が持っていたのはゲーム端末だった。しかもショウタが持っていたものとまったく同じモデル。もちろん通信機能は切れているが……
「まさかこれで遊ぼうというのか?」
「その通りです。 我が学園の電子遊戯文化をご堪能いただきたいと思いまして」
ノウジロウが素早くフォローを入れた。
「申し訳ございません殿下! このような場所でお遊びを持ち込むなど失礼千万でございます。どうかお許しを! 会長は陳情のために……」
「副会長みたく堅いこと言うなよ立島。何のために庶務のお前だけ連れて来たと思っているんだ。ちょっとくらい気楽に付き合え」
「しかしですね……」
「お前は俺が王子様と親睦を深めるのを妨害するのか?」
カズオの恫喝にも似た態度にノウジロウは押し黙った。
「オレは別にかまわない。キミたちの世界の娯楽には興味がある」
電子ゲームの概念など知らないであろう王子の承諾を受け、説明を開始しようとするカズオの眼前で信じられない光景が展開された。
慣れた手つきでホーム画面を開き、マルチプレイモードへ。そしてキャラクター選択画面まで辿り着いた。
ゲーム対戦開始。
カズオは最初こそ油断していた。だが試合が始まると瞬時に理解する―――王子は間違いなく上級者クラスだ。動きの一つ一つに無駄がなく、まるで熟練プレイヤーのようだった。それでも生徒会長としてのプライドに賭けて食らいつく。激しい攻防の末、どちらも譲らないまま接戦を繰り広げていった。
「おっと! 危ねえ!」
「させるか! 今だッ!!」
お互いが絶妙なタイミングでカウンターやコンボを決め合う白熱したバトル。
しかしその楽しい時間も永遠には続かない。突如画面表示が赤くなり警告音が鳴り響く。
「あちゃー……充電切れだわ」
カズオが呟くと同時にスイッチが落ちたかのように画面が暗転する。
「立島ぁあ! 気合い入れろやぁああ!」
「うっす」
ノウジロウは懐から小型の装置を取り出し取り付け始めた。回転式のハンドルが付いた簡易的な発電機だ。彼は力を込めてハンドルを回転させる。一定量の電力が蓄積されるとようやく表示された。
「おおっ……またやれるぜ!」
しかし彼らは程なくして現実を突きつけられることになる。短時間で充電可能な電力などたかが知れているためだ。
幸いにもショウタに渡された端末はまだ使えた。彼がメニュー画面から他のタイトル
を探していると、
「あ、他のもありますよ? でもなあ、王子様にはちょっと刺激強すぎるかあ」
カズオが視線を落とすとそこには女性キャラクターが大きく映し出された一枚絵が表示されている。男心をくすぐりそうな甘い恋愛ADVゲームだ。
「へぇ……そういうのが好きなんすか」
「う……まあ」
「お目が高い! でもなんでわざわざ隠してるんです?」
カズオの問いかけに一瞬言葉を詰まらせながらもショウタは正直に答える。
「単純に美女は好きだ」
「なるほど。 確かに新鮮味がありますよね」
会話に花を咲かせている最中に充電切れの音が鳴った。これ以上続けるのは難しいと悟り二人は立ち上がった。
帰り際にノウジロウが恐縮しながら頭を下げた。
「殿下の大切な時間を浪費させてしまい申し訳ございませんでした」
「満足している。次はもっと充電のために鍛えておくように」
ショウタの軽口に対してカズオが不敵な笑みを浮かべながら言った。
「今日の対戦はまた今度決着をつけましょうや」
その言葉を最後に去っていく背中を見送りながらショウタは何とも言えない気持ちになった。
*
体育館を出た直後、生徒会庶務は会長を褒めそやした。
「いやあ、まさか会長があんなに接待がお上手だったとは……正直言って感服しました」
「フン……」
表面上は納得したような態度を取っているものの内心穏やかではない様子でカズオは返した。
「あの野郎、こっちのハメ技を警戒してやがった!」
「まあまあ落ち着いてくださいよ。 相手は王子様なんですし当然でしょう」
「バカ! 奴が単なる金持ち坊ちゃんだと思うか? どっかで修行してきたようなレベルだったんだぞ!」
ボリュームリヒ王子との対戦時に起きた違和感の正体について推察する。ゲーム初心者でありながら明らかに高度な読み合いと反射速度を持っていたことが引っかかったのだ。さらに電子の概念など知らないはずの異世界人が、そのゲームタイトル特有のハメ技まで察知していたとあらば驚嘆以外の何物でもないだろう。つまりは単なる偶然ではなく故意によるものという可能性が高いことを意味している。
「それになにより! 俺が勝ちそうだったところを全部潰してきやがった!」
怒りが再燃した様子で拳を握りしめる姿には嫉妬以上の感情が見え隠れしていた。ノウジロウにとって馴染み深い光景であったはずなのに今回ばかりは何か異質なものを感じ取っていた。
「このまま終わるか!次こそ叩き潰す!! いや殺してやる……!」
怒り狂うような捨て台詞とともに叫びながら出て行った瞬間……
背後に冷たい視線を感じた。振り向くと聖女が壁際で待ち構えていたのだ。その瞳には普段以上に厳しい光が宿っているように見受けられた。
「殿下は面白いご友人をお持ちのようですね……しかし刺客とはこれまた」
低く響く声から滲み出る怒気が伝わってきて鳥肌が立つほどだった。敵意を感じさせる声色であることは、誰でも理解できる。
ここまで目を通してくださりありがとうございます。感想・アドバイスを貰えると作者の励みになります。




