第八話 肝試し(実戦形式)
「なんか嫌な感じだなあ」
と、あえて声を出す。
深夜の宗教施設で寝泊まりするのは薄気味悪くて仕方がない。流石に聖女がついているのに祟りもクソもないとショウタは理屈っぽく考えるが、チティス派の歴史を聞く限りでは、ボリュームリヒの血筋はここに祀られている霊魂にとって不俱戴天の仇である。加えてここは魔法が存在する異世界だ。正直、幽霊の一人や二人出てもまったくおかしくないのである。
ショウタは本営ではまったく無警戒でいた癖に、今頃になって剣を抱えながら横になっている自分を我ながら情けないとは思っても、それを改める気などさらさらない。
ひたすら耳を研ぎ澄ましてしまう。
足音が聞こえる。
(うわあ)
きっとボリュームリヒを守るための警備に違いない。仮に想像を絶する外見であっても味方なのだと、必死に己が心臓に言い聞かせた。
扉が開く。
「殿下、乱心なさいましたか?」
鞘から半ば抜き身となった剣を一瞥したロディニアが言った。
「ええい、うるさい! 無言で部屋に入られて暗殺を警戒しない王子なぞいてたまるか」
「一般的な王子が板についてきましたね」
本物のボリュームリヒなら大胆不敵に笑うところだとでも言いたげに皮肉たっぷりだ。
「何の用だ? まさか夜這いじゃないだろうな?」
「声がうるさかったものですから、胆を練る良い機会と考えたまでです」
食い気味の切り返しは鋭かった。
「興味ありますか? 肝試し」
「興味がないから行かないと言ったら?」
「お一人で眠れぬ夜をお過ごしください」
ショウタの顔色が青ざめた。墓地はすぐ近くにあることは知っている。昼間見学した時でさえ空気が澱んでいるように感じたのに、夜となれば……
「そうですよ。ちょうど良い機会ですから実戦訓練としましょう」
ロディニアの声はいつも以上に冷たく響く。その視線は挑戦的ですらあった。
「いやいやいや! 怖いって!」
「怖ければ尚のこと鍛錬になりますね」
有無を言わせぬ口調で言い放ちながらロディニアは灯りも持たずに歩き出した。仕方なくショウタも後を追う。夜の村は静寂に包まれており、遠くで犬の遠吠えが聞こえる程度だった。墓地へ続く小道に入ると、草木がざわめく音さえも不吉に感じる。
「おい……本当にやるのか?」
「はい。ボリュームリヒ王子としての責務です」
「責務って……こんな訓練があるなんて聞いてないぞ!」
ショウタの抗議も虚しく、ついに墓地の入り口に到着した。古びた石碑が立ち並ぶ薄暗い空間は昼間以上に不気味さを増している。月明かりだけが頼りという状況に恐怖心が募る。
「では始めましょう。来るものをすべて撃退するのです」
「来るものって何が来るんだよ!」
その時だった。風が止み、突然の静寂が訪れる。周囲から小さな唸り声のようなものが聞こえ始めた。
「まさか……」
ショウタの予感は的中した。地面から白い靄のような存在が立ち上がり始める。明らかに人間の幽霊ではないものも混じっている。歪な四肢を持つ者や角のある髑髏など、悪夢のような形相をした幻影が次々と現れた。
「うわぁっ!」
剣を握る手が震える。どうにか勇気を振り絞って攻撃を試みるものの、
「ぎゃー! 当たらない!」
振り下ろした剣は空を切るだけで効果はない。一方で幻影たちは嘲笑するかのように彼を取り囲み始めた。
「殿下、集中してください」
ロディニアの冷静な声が背後から響く。
「何に集中しろっていうんだよ!?」
「敵を舐める感覚で!」
「はぁ!? 舐めるとはどっちの意味だ? 見下すのか、舌で舐めるのか?」
ショウタはそれこそ彼女の太腿を舐め回すように見てやろうかと思った。
「両方ですよ」
理解できない指示に戸惑う暇もなく新たなゴーストが迫ってくる。思わず目を閉じそうになるが、
(舐めるって……)
唐突に閃いた。剣を通じて何かを吸い取るイメージ。そう考えた途端、剣が不思議な輝きを帯び始めた。刃先から淡い光が溢れ出している。
「これなら……」
再び剣を振るうと今度は手応えがあった。ゴーストが霧散していく。驚きながらも同じ要領で次々と敵を屠っていく。
「殿下……」
ロディニアの声には驚愕が含まれていた。
「どうした?」
振り返ると彼女はじっと剣を見つめている。
「もしかすると……本当に本物のボリュームリヒ殿下ではないでしょうか?」
「いやいや違うって!」
慌てて否定するもロディニアの疑念は深まるばかりだ。
「王子本人でなければ到底不可能な技です。やはり……」
「ははは! バレてしまっては仕方がない」
咄嗟に平伏しようとするロディニアに向かってショウタは言った。
「だから違うって言ってるだろ! ……からかって悪かった」
ショウタの叫びと同時に最後のゴーストが消滅した。墓地に再び静寂が訪れる。
「とにかく帰るぞ」
緊張の糸が切れ疲労困憊のショウタは踵を返すがロディニアの眼差しは依然として疑わしげだった。
「明日も鍛錬を続けましょう。殿下の真価を確かめる必要があります」
「勘弁してくれよぉ……」
異世界での夜はまだ長い。ショウタは疲労と不安を抱えながらも逃げ出す術を持たずにいた。
(これで本当に王子だったらお気楽に生きてけるのになあ)
そんな思いが頭をよぎる中で宿に戻る道すがらもロディニアの探るような視線が背中に刺さり続けていた。
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