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第七話 弟妹らの前で……

 ショウタはこの異世界で初めて見る普通の人々の生活を前に、改めて自らの置かれた立場を実感していた。


 学園全体を何らかの交渉材料にできないかと考えていたが、村を一巡りした結果は無惨なものだった。農業技術も建築も工芸品も、改良の余地があるほど未発達のようには見えない。少なくとも研究者や熟練の経験者でなければ太刀打ちできないと、ショウタは思った。現代日本の知識に活路を見出すつもりがかえって足元がぐらつくばかりだ。


(オレたちって……本当に何も持ってないんだな)


 無力感が胸に広がる。学園という組織が唯一価値を持つのは、単純に数百人という人間の集団であることだけだった。これが専門学校の類いなら技術の売り込みもできたかもしれないが、普通科ではなかなかに難しい。これは教職員でも同じことで、要するに現状はボリュームリヒの持つ権威とのバーターで学園を生かしてもらっているに過ぎない。有り体に言ってしまえば、人質同然だった。


「殿下、そろそろ戻りますか?」

「いや、それより」


 ショウタはロディニアの提案を断り、積み上げられた木箱の陰からチラチラとこちらを伺う子どもたちのほうに目を向けた。村に入った時にロディニアに駆け寄った一群だ。おそらくは好奇心旺盛なのだろうが、同時にどこか怯えたような眼差しも感じられる。


「どうかお気になさらず。よそ者が珍しいのです」

「こっちに呼んでやれ。オレは別に気にしない」


 ロディニアの忠告にも関わらずショウタは声をかけた。子どもたちは一瞬躊躇したが、好奇心が勝ったのか一人の少年がすぐに飛び出してきた。どちらかというとショウタよりロディニアを心配している感じだ。


(姉ちゃんが怒られないように気を遣ってるんだろうな)


 とショウタは推測する。


「この人はお客様ですよ。失礼があってはいけません」

「だって姉ちゃんと長いこと会えなかったんだもん」

「お前たちのためを思って聖女としての務めを果たしているのです」

「でも前はもっと早く帰って来たじゃん!」


 子どもたちとロディニアの間で議論が始まった。弟妹らは純粋に不満をぶつけているだけだが、ロディニアにしてもは事情を説明する訳にもいかない。ショウタは彼らの間に割って入った。


「それは悪いことをした。キミの姉上はお返しする」と述べる。

「殿下それでは躾に……」


 ロディニアが言い終える前にショウタが続ける。


「だったらオレが同道しよう。なに、見学の一環だ」


 ロディニアは渋々ながら承諾した。ショウタは内心ホッとしながらも、自分の判断が正しかったかどうか不安だった。王子らしく振る舞うために子どもたちと一緒にいるのは悪くないアイデアかもしれない。


「よーし!みんな一緒に行こう!」


 少年少女たちは歓声をあげて一斉に駆け出した。ショウタも彼らについて行くと、小さな庭の中央に円陣を作るように子どもたちが集まってきた。一人一人順番にお話をする習慣があるようで、みんな並んで待っている。抱っこしてもらったり、絵を渡したり、歌を披露したりと忙しい。


「ねえこれ読んで!」


順番が回って来ずにあぶれた幼い女の子がショウタに絵本を差し出してきた。


「ああ、いいよ」


 気軽に開いたが、すぐに困惑する。ページいっぱいに描かれた精緻な挿絵の上に小さな文字が並んでおり、象形文字のような複雑な記号だ。魔法のおかげで言葉は通じるようになったが、文字の解読は全くできなかった。こんなところで現代日本出身者の弱点が露呈するとは思わなかった。


「あれぇ? お兄ちゃん読めないの?」


 仕方がないのでショウタは勝手にストーリーを即興で語った。天馬を駆る少年の冒険物語。たぶん絵の主題からはそこまで離れてはいない。最初はしどろもどろだったが、勢いが出てしまえばどうということはなかった。


 子どもたちの期待に応えようと奮闘するうち、気づけば小さいながらも感動的な物語ができあがっていた。


(絵本か……図書室には置いてないよなあ。美術部に作らせるとか……)


 芸術路線が頭をよぎるが、すぐにそれを打消す。美術学校ではないのだ。


(そういえば、美大や音大志望がいたっけ)


あくまで個人単位ではあるが、試しに一仕事注文するという方法もあるかもしれない。


「赤ちゃんの頃ね、お船に乗ってここまで来たの!」


 海が描かれたページをピックアップしながら膝の上で娘が自慢した。


「引っ越してまでこんな山奥にか」


 これも信仰のなせる業なのか。ショウタにはちょっと理解しかねる世界だ。その頭目のロディニアの執念が如何ほどのものか想像すらできない。


 その彼女はようやく列を捌き終えこちらに向かって手招きしていた。


「ほら、次はあなたの番ですよ」


 小さな手を引かれながら絵本の娘が嬉しそうに走り去る姿を見送りつつ、自分もあんな風に慕われたいものだとショウタは思った。


 怒涛の日々とは無縁の空間で歌を口ずさむ余裕さえある。歌詞は忘れてしまったが、スマホにダウンロードしてある曲なら後日改めて聴けば思い出せるはずだ。でも今ここで必要なのは正確な詩ではなくリズムと楽しさだけなのかもしれない。


 異世界における数少ない安らぎの時間が過ぎていく。その刹那だけはボリュームリヒという仮面の重さを忘れることができた。


(ん? スマホってどこやったっけ?)


 鞄に入ったままの「充電の切れたスマートフォン」が最後に脳裏に浮かび、ほんの一瞬だけ憂鬱な気分に浸るのだった。


ここまで目を通してくださりありがとうございます。感想・アドバイスお待ちしております。

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