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第五話 強行軍

 目覚まし時計が鳴ったのは別に問題ない。問題なのは時計が読めないことだった。文明が異なる以上、こういう事態はある程度想定しておくべきだったが、ショウタはそれを怠っていた。

 部屋に窓が存在しないのも難点の一つ。なんとなく明るさから時刻を判断することもできない。しかしロディニアに起床時間を誤魔化そうとすれば確実にバレる。彼女は時折鋭い眼光でこちらの挙動を監視しており、特に嘘については一切の容赦がなかった。


「殿下、お目覚めですか」


ノックもなく入ってきたロディニアに冷たい声で呼ばれ、飛び起きるようにベッドから転げ落ちる。


「えっ、まだ起きる時間では……」

「すでに陽は昇っています。朝食は既に準備しておりますので、すぐにいらしてください」

「待ってくれ! まだ着替えをしていない!」

「五分以内に食堂へ」


 バタンと扉を閉められると同時に舌打ちが出る。こんな生活がこれからも続くのかと思うと気が滅入る。学園の生徒たちの様子を見に行っても彼らの方がよっぽど自由に振る舞っているのが腹立たしい。


「畜生……」


 悪態をつきながら用意された服を引っ掴むと廊下へ飛び出した。その頃には既にロディニアの姿はなく、侍女たちが申し訳なさそうに佇んでいた。


「あの……朝食をお持ちしますか?」

「ああ頼む」

「本日のご予定ですが……」


 侍女の報告によれば今日は『実地訓練』があるとのこと。訓練とは名ばかりの過酷な強行軍に他ならない。


「了解した。食事が終わったら集合場所へ案内してくれ」

「承知しました」


 朝食は相変わらず簡素なものだったが腹に入れなければ体力が持たない。黙々と口に運ぶ間も頭の中は今日の行程でいっぱいだった。


(団袋に詰める物資を考えないと)


 訓練では常に携帯する団袋が必要となる。武器や防具はもちろんのこと水筒や非常食などが詰め込まれている。しかも重さは人間離れした負荷がかかる。肉体強化の魔法とやらが施されているとはいえ元の体格や体力の差は埋められない。


(あいつらは平然と走り続けていたが俺には無理だ)


 ロディニア直属の精鋭たちは異次元レベルでタフだった。自分より小柄な少女たちですら余裕綽々で駆けている光景を目にする度に劣等感が増幅されていく。


「殿下?」


 食器を下げにきた侍女に声をかけられて我に返る。


「すまない。少しぼんやりしてしまったようだ」

「お疲れの様子でしたが……」

「問題ない。それより集合場所へ案内してくれ」


 食堂を後にしグラウンドへ向かうと既に多くの兵士たちが整列していた。皆一様に無表情で殺伐とした空気が漂う中で自分の姿を見つけたのかざわめきが起こる。ロディニアが視線で促すようにこちらを見たので急いで隊列に加わる。


「全員揃いましたね?」


 低い声で確認するとロディニアはゆっくりと歩き出す。続いて動き出した兵士たちが巻き上げる土埃を浴びながら必死についていくものの、既に息が上がっている。


(肩に紐が食い込んで痛い)


 荷物の重さだけでなく団袋の固定ベルトも辛い。何度も位置を調整しているうちに擦れて血が滲む。それでも弱音を吐ける状況ではない。後ろから聞こえるロディニアの足音がプレッシャーとなって全身を苛む。


「速度を落としますか?」


 時折なされるロディニアの問いかけには頑なに首を横に振る。情けない姿をさらすよりも痛みに耐える方がまだマシだ。


 学園の敷地を抜けると一層厳しい環境が待ち受けていた。起伏の激しい地形に加えて道なき道を進む羽目になる。他の者に見られるのもよろしくないという配慮なのか目的地はかなり奥深い森の中とのこと。迷いそうになる度に木々の間に見える城壁を目指して踏みしめる地面は湿っていて滑りやすい。


 どれだけ走ったかもわからない頃だった。突如前方から異様な気配を感じて足を止める。


(なんだ?)


 霧の中に浮かぶ影。蠢くような動きと共に微かに粘液質な音が耳に届く。思わず腰の剣に手をかけるが次の瞬間背後からロディニアの声が飛ぶ。


「殿下、お気になさらず」

「だが……」

「あれは私の古い知り合いです」


 躊躇いがちに指差された方向に視線を戻すと確かにそこにいたのは巨大な触手モンスター。紫色の肢体をうねらせながら周囲を探るように動いている。本能的な恐怖が背筋を這い上がる。


「彼はこの地域の守護者ですから危害はありません」


 ロディニアの説明とは裏腹に触手は警戒するように先端をこちらに向けている。まるで獲物を選ぶようにねっとりとした眼差しを注いでくる。そしておもむろにロディニアの方へ一本伸びる。彼女は臆せず受け入れると服の隙間に入り込ませた。


「っ……!」


 思わず息を飲む。太腿あたりへ触手が忍び入り肌の感触を確かめるように蠢いている。白い太腿に吸い付くように絡みつく異形。その光景に目を奪われる自分を叱咤しながらも視線を逸らせない。


「さあ行きましょう」


 涼しい顔で歩き出すロディニアの後ろ姿と絡み合う触手を交互に見比べながら一行は再び前進を始めた。


(これも訓練か……)


 心臓が早鐘を打つのを感じつつ必死に平静を保とうとするが触手の不気味な動きが目に焼き付いて離れない。服の下をまさぐられるロディニアの姿に妙な感情が湧き上がる自分自身に嫌悪感さえ覚える。


 しばらく進むと背後から何かが迫る気配を感じて咄嗟に振り返る。触手の群れが凄まじい勢いで追尾してきており先程とは比較にならない威圧感だ。牙のような器官を剥き出しにして威嚇するような動作を見せる触手たちに思わず後ずさる。


「殿下!」


 ロディニアの怒号と共に小石が飛んできた。反射的にかわしたものの顔面寸前を掠め通過する衝撃波に肝を潰す。


「気を散らさないでください。集中して進めば追ってきませんから」


 呆れ果てた口調で諭されると同時に先へ進むよう促される。背後の触手も既に見えなくなっていた。


(一体なんなんだ……)


 釈然としない思いを抱えつつも足を動かすことしかできない。この異世界で生き延びる術を身につける為の特訓はまだまだ続くらしい。


 ロディニアの指示に従わなければ触手の怪物に絞殺されていたかもしれない。しかし彼女があんな奇行に出る理由も理解できないままであった。彼女の行動には常に謎が多い。


(どこへ向かっているんだ?)


 疑念と恐怖が渦巻く中でショウタは更なる試練に立ち向かうことになるのだった。


ここまで目を通してくださりありがとうございます。感想・アドバイスを貰えると作者の励みになります。

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