第四話 文化祭動乱
久しぶりの温かい食事を求めて群れを成す生徒たちをイラつかせるのには十分な校長の挨拶、教頭による配給のルールの説明が終わった。そこに真紅の外套を翻した仮初の王子が姿を現す。
「ロディニアさん、いつもお世話になっております。こんな美味しい食事を提供して頂き本当に助かっています。生徒教職員を代表して感謝申し上げます。ところで、そちらはどなたですか?」
「ご挨拶が遅れました。私の隣におられる方は我が国の王族の一人で、この地域の副知事を務められ、我らチティス派最大のスポンサーでもあります。ボリュームリヒ殿下であられます」
校長の問いにすらすらとロディニアが返答する。
「紹介にあずかったボリュームリヒだ。今は堅苦しい挨拶は不要だ」
若干萎縮気味の校長の顔を面白がりながら、ショウタは断りもなしに朝礼台に登ろうした。
「一体何を……?」
「貴重な電池を浪費して申し訳ないが、マイクを借りたい」
無言で差し出されたマイクを受け取り、ざわつく群衆を一望した。
「この度は皆さん大変な苦難を経験なさった訳ですが……あっ、自己紹介がまだでした。ボリュームリヒという者です。いちおうこの国の王子ということになっておりますが、皆さんがかしこまる必要はないです。しばらくは校内を見て回るつもりなので、見かけたら声をかけてくれると嬉しいです。今夜は自分も皆さんと食事を共にしつつ、思い出話や悩みを共有出来たらいいなと思っています。そうそう、言語の問題を解決するための結界は学園の敷地内でしか機能しないので……」
恐ろしく退屈な語り口で時間を浪費すること暫し、周囲のげんなりした顔つきを見かねて校長が割って入った。
「えー、ボリュームリヒ殿下におかれましては、日々我々のために献身的な支援を行ってくださっております。またこの度もお忙しい中お越し頂き、誠にありがとうございます。さて、肝心の配給ですが、今回は学年別に……」
校長が話を締め括ろうとした瞬間だった。
「待て!」
「はい?」
「いいかな諸君、こんなことを言っては王子ボリュームリヒとしては大変心苦しいが、オレは毎日これだけの配給をいただいていない! 王族より厚遇されていることを胸に刻み、現場で働く兵士や人足への感謝を忘れないようにしていただきたい! それでは以上だ」
泡を飛ばしてから朝礼台を降りていくショウタの背中に、場違いな拍手が送られた。
威厳の欠片もない演説の中にそれとなく食事を一緒にしたいと訴えることで、どうにか自分もシチューが食べられる機会を作りたい。その意図を察したロディニアの鬼の形相にショウタは屈したのである。
あとは生徒たちのあいだを練り歩く。シチューの匂いと口に運ばれる様子を見るだけで舌が乾いた。
少し目を凝らせば、ショウタと仲の良かったグループがいつものたまり場でたむろしていた。つい懐かしくなってそちらに向かって足が動いた。別に演説の通りに話を聞くぐらいなら問題あるまいと近づくと、
「やあやあ、シチューの味はどうかな? なにぶん文化が違うから味も違和感があるかもしれないが今夜はそれで勘弁してくれ」
意気揚々と話しかけ、内心では立派になった自分をひけらかす。
顔を見合わせる一同は形式的な世辞ばかり述べてショウタをひどく退屈させたが、これもやむを得ない話ではあった。
(あの騒動もこの面と声ならオレの勝ち確だったろうになあ。実に惜しい)
異世界転移の直前に烏洞ユキノとの仲が急速に悪化したことは先に述べた。
王子に変じてもこの男はそれを根に持っていたのである。
文化祭に向けて実行委員を中心に各クラスが準備をする。当然の話だ。三河ショウタも割り振られた仕事を唯々諾々とやるだけだったし、出し物に練習が必要ならば参加にも異存はなかった。
ところが、練習の当日に集まったクラスメイトの中に肝心の実行委員並びに学級委員の姿がない。これはどういうことだと、ただ一人参加していた実行委員の烏洞ユキノを問い詰めると驚愕の事実が発覚した。
文化祭の準備期間なのを良いことに某テーマパークに集団で繰り出しているというではないか。自分たちは練習が必要ないほど心得ているというのが彼らの理屈だった。流石に責任感の強いユキノは居残ったらしく、彼女を中心に練習を行うと説明を受けたものの、これに憤激したのがショウタだった。
なあなあのまま始まろうとしていた練習と準備の一切を放棄しただけでなく、賛同者を募ってストライキを敢行したのである。これは実行委員らが戻って来て謝罪の一言もなかったことで一層活発となった。
その苛烈さたるや、普段なら絶対に敵わないヤンキー集団に喧嘩を吹っ掛けては怒鳴り散らし、どちらが不良なのか傍からは判別できないほどだった。そのあまりの狂気に喧嘩を買われることもなく、半ば一方的に時間だけが過ぎていった。
哀れなのは烏洞ユキノで、僅か数名といえども集団での喧嘩沙汰となれば文化祭の開催自体が危うくなりかねない。オマケに抗議運動の首謀者である三河ショウタは明らかに喧嘩慣れしておらず、引き際や妥協点なんて眼中になく、それでいて無視を決め込むには距離が近すぎる。
彼が一人でいるところを狙って私刑にかける計画まで持ち上がったが、これをユキノが押しとどめるのにどれほど苦労したか知れない。
潮目が変わったのは、SNSで一連の騒動が面白おかしく拡散された事件からだ。しかも、その文章は一言一句に至るまでショウタが吹聴していた内容と一致していたのだ。すぐにアカウントの持ち主が特定され、実行委員たちに取り囲まれる中謝罪に追い込まれた。
この時、ショウタ本人もまとめてとっちめようと主張する者もいたが、これもユキノが阻止した。ショウタがSNSアカウントを持っていない以上、彼個人を責める大義名分に欠けているのに加え、逆に無実のオレまで呼び出して何様のつもりだと食って掛かられては元も子もない。
最終的に事態を察した担任の雲井の個別指導ですべて有耶無耶になったが、納得できないショウタが一人で外をぶらぶらしていたところに、異世界転移という未曾有の大災害に見舞われたのである。
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